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空の魔法使い  作者: テルヒコ
空龍の炎
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魔人が生まれる意味

 ミノーは無表情。

 ルヨはこの異様に静かなミノーの様子を知っている。自分が倒れたあの時と一緒だと。

 思うに、この子はとてもあたまがいい。けれどもそればっかり考えてしまうから、自分でも無理をしていると気付かない事がある。

 きっと今の難しい話からも何かを察して、嫌な気持ちになっているのかもしれない。


「ミノーちゃん?」

「大丈夫だよ」


 頑張り屋さんで聞かん坊さんなこの子だ。


「無理しちゃダメだよ」


 自分が守ってあげないとと、ルヨは気持ちを新たにする。……ちょっと話には飽きてきたが。


「すまない……不愉快な話かも知れんが、もう少し付き合って欲しい」

「いえ、お気になさらず」


 ミノーはと言えば、けろりと愛想笑いを浮かべていた。

 考えてみれば今更だった。魔素が……自分がある日突然消えてしまうというのなら、それは恐ろしい。だが、自分がまともではない。そんな事はもうずっと前から受け入れていた事実だ。

 そう考えると、今更タンパク質が魔素になった事を気にするのも変な話に思えた。


「……では続けよう。

魔素の発見により、魔人を実現するための目標は至極単純である事が分かった。

人体を構成する物質を魔素に置き換える事だ。

だがそれは言うは易しというもの。

故に我々は別の手段をとった」

「……魔獣ですか」

「左様。

魔獣を構成する魔素は魔法そのもの。そして魔法は人間にも潜在する力。何処かに必ず繋がりがある。

故に、魔獣の魔素をそのまま人に繋げる事で魔人を実現しようとした。

……我々には、人と魔獣を繋げる力があったのだ」


 それでか。

 この場には四人。ここまで沈黙を続けたその人が、口を開いた。


「……お察しの通り、境界魔法よ」


 リーサーは伏し目に言う。

 思わず目を向けたミノーへの、短い肯定の言葉だった。


「だがそれでも問題があった。

魔素という力の塊を人に繋げたとして、人にとってそれは異物。人体にどのような影響が出るかは謎だったのだ」

「……それじゃあ」

「不安要素が残る以上、その方針を続ける訳にはいかなかった……危険性が謎の人体実験なぞ以ての外だ。……そのような事に人命をつぎ込むなど許された事ではない。

……だがその時、帝国には排除したい人間が居たのだ」


 ヴィンデルトはその人へ視線を移した。


「ルヨとライは滅んだ王家の生き残りだ」

「……にゃっ」


 話に飽きてウトウトとしていたルヨが間の抜けた声を上げた。

 ミノーはヴィンデルトの言に驚いたが、ルヨの様子に説得力を感じなかった。


「当時の帝国は早期に王国を打倒したとは言え、決して安定した内情ではなかった。それに乗じた他の王国の生き残りが幼い二人を旗印に内乱を企てていた。

……帝国の首脳部は、それならいっそ殺してしまえと……いやもっと有効活用してしまえと二人を……」

「くー……くー……」


 ヴィンデルトが深刻な話をしている横でとうとう気持ち良さそうに寝てしまったルヨ。……最早空気感は混沌としてくる。


「そして我々もいよいよ狂っていた。

己が知識への渇望を止められなかった……計画が後戻りする可能性が出て来たその時に実験体が提供されると聞き、本気で喜んですらいたのだ……。

そして帝国軍が最後の実験体を確保した。二人の魔剣持ちを動員し、数多の犠牲を出して嵐獣が捕らえられた」

「嵐獣って……あの二十年前にジア・ニーラスに現れたという奴ですよね?

一体どうやって……」

「……魔獣の行動には謎が多いが、住処については二つのパターンがある。

空龍のように住処を持つものと、嵐獣のように住処を持たず徘徊するものだ。

嵐獣は奇しくも、帝国領内に足を踏み入れていた。

更に嵐獣は弱体化の可能性があった」

「弱体化?」

「左様」


 ヴィンデルトは指差す。その先には机に立てかけた、銀色に輝く鋼獣の鉄傘があった。


「魔獣に関する研究の一環として、帝国に存在した魔剣を解析した事があった。結果、魔剣もまた魔素の集合体である事が分かった。

魔獣が自身の魔素を割いて魔剣を作り出したと仮定するならば、力を割いた魔獣は多少なりとも弱体化していると考えられる。

故にジア・ニーラスで魔剣を生み出して間もない嵐獣が狙われたのだ」

「そうだったんですか……」

「捕らえられた嵐獣を目の当たりにして心が踊った。捕獲によって出た犠牲は十や二十の数では無かったが、気にはならなかった……そして……」


 席を立つヴィンデルトは窓辺に寄り、背を向けるように空を眺めた。

 最早面と向かって口を開くのも烏滸がましいというのか。


「実験体は齢六つの少年と、三つの少女だった。二人は幼かったが、美しい金髪を持つ高貴な血筋の者だった。

妹は怯えた様子で、兄は妹を庇うように……。

ここまで来て尚、我々は自身が何をしようとしているのか気付けなかった。

そして薬物で眠らせた二人に……境界魔法が発動した」


 不意にヴィンデルトは向き直り、完全に寝てしまったルヨに歩み寄ってはその頭を優しく撫でる。

 後悔のにじむような顔の険しさは和らいでいたが、その代わりにどこか悲しげだった。


「ルヨは今年で十五になった。君はこの子と過ごし、奇妙に思った事は無いかね。

……歳の割には実に幼い……そう感じた事は無いだろうか」


 言われてみれば、ミノーには心当たりがあった。

 朗らかで元気。ミノーに対してはべたべたとしたスキンシップが多いのは、そういう性格なのだと思っていた。

 だがその反面、ルヨは何かと人見知りを起こす事も多い。彼女の兄を始めとしたここの住人やミノー以外では、初対面の人に対して話しかけていた記憶が無い。

 思えば仕草や語彙も、自分が十五の頃にはああ(・・)だっただろうか。


「被験者と嵐獣との融合実験は成功した。

嵐獣は消え、二人には獣人のように、魔素で出来た嵐獣の耳があった。

だが……先に兄が目覚めた時に融合の副作用が明らかになった……。

兄は記憶の殆どを失っていた。自分が人族であった事も知らぬ程に。原因は全くの不明。そして妹が目覚め……我々はようやく気付いたが、遅過ぎた!」


 声を荒げたヴィンデルトの目の端には涙が浮いていた。

 そのまま自らへの憤りに震える彼に変わり、リーサーが続ける。


「妹は人格の全てを失っていたのよ……体に異常は無かったけど、空っぽだったの……」

「それじゃあルヨちゃんの心は……」

「今年で十二歳よ……それでも、自分の本当の生い立ちは覚えていないけど……」


 十五歳としては驚くべき発育と合わさってアンバランスな印象のルヨの人格は、幼げに思えるのではない。

 彼女は実際、幼かったのだ。


「程なく我々は二人を連れて帝国から逃げ出し、この他に流れ着いた。

あの時、人が死んだ……いや、我々が殺した……。

例え体が無事であろうと、イルヨールという名の少女は確かにあの時……死んだのだ。

事実に打ちひしがれ、初めて先の事を考えた。

魔人がこの世に生まれた事は帝国の首脳部に伝わった。副作用を抜きにしても兵器としての資質は申し分なかった以上、次の魔人が望まれるのは明白だった。

だが空虚のままに息づくイルヨールを見て……怖くなった」


 最早涙を流す事を憚らず、ヴィンデルトは続ける。


「帝国の、【安息の地】へと向けた意思は止めようも無い。

大国を打倒するため、この先も人格を殺された魔人が、生霊が何人も生まれてくるのかと……その何人もの人格を殺された生霊が更に数多の生命を奪ってゆくのかと……。

最早罪と呼ぶも烏滸がましい……悍ましい未来が垣間見えた……故に……」


 もうそれ以上の言葉を、彼は紡げなかった。

 リーサーに目を移せばその人また、微動だにせず静かに涙を流し、固まっていた。


「……じゃあルヨちゃんはどうなるんですか」


 二人ははっとして視線を戻す。

 ミノーの声色にはただならぬ怒気が含まれていた。そして、黒い瞳にも。

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