存在しない物質
身を震わせて遺恨の念を口にするヴィンデルト。
リーサーに目を移すと、こちらも沈痛な面持ち。『我々』というのには、彼も含まれているであろう事が分かった。
そんな彼らにこれ以上を語らせる事にミノーは幾分の抵抗を覚えたが、それでも聞いておかねばならなかった。
「あたしは、元々魔人ではありませんでした。
多分この世界に来てからか、来る過程で魔人になったんだと思います」
「この世界……?」
「はい、あたしの故郷はこの世界にはありません。何者かに連れられて来たんです」
「なんと、いやまさか……その様な事が……」
魔人について、より詳しく話を聞かねばならない。しかしそれらは語部にとり、恐らくは忌々しい記憶なのだろう。
そんな彼らから話を引き出すのに、自分だけが秘密を守ろうというのはミノーも許せなかった。
「本当の話です。魔人どころか魔獣も居ない……魔法だっておとぎ話の別世界。七十億の人が生きる世界の、小さな島国があたしの故郷です」
「魔獣も魔法もない世界……七十億の人々……」
「はい、信じられないかもしれませんけど、本当の事です。
だから魔人がどうやって生まれるのか、魔獣との関係だって分からないんです……教えてもらえませんか?」
ミノーは真っ直ぐにヴィンデルトに訴えかけた。彼はミノーの言葉を即座に飲み込んだのか、意外にも早く答えは返ってくる。
「その世界の真偽は定かでは無いが、これは信ずるか否かの問題だな。……信じよう。
そして魔人については安心してほしい。元より全て話すつもりだった」
そしてヴィンデルトは魔人の真実を語り始めた。
我々……今この地に住む者は皆、東方の地に居を構える一つの氏族だった。
彼の地には魔獣の住処が数多くあり、今なお人間と住まう領域を同じくしておる。
我々もまた人族とは住まう領域を違えつつも、魔獣と共に在った。他の人々がそうであったように、時には魔獣が襲い来る事も間々あった。
我々氏族は長い時間を利用し、謎めいた彼らが一体何であるのかを解き明かそうとしていた。
「研究は牛歩の如くも、我々には時間があった。観察と検証を進め、着実に情報を蓄積していった。
だがある時、人族に動きがあったのだ」
我々の住まうすぐ側の王国と帝国で戦争が起こった。両国共に正当性を主張したが、帝国の西方へ向けた進出の意図は明らかだった。
そしてその時はまだ、我々も自らに関わりのある事とは思っていなかったのだ。
結果、戦争はものの2年と待たずに集結した。
王国は地上からその名を消され、土地と民は帝国に呑まれた。
「そして王国を廃した帝国から我々に接触があった。
使者から告げられたのは帝国への帰属と協力だった」
「帰属?」
「我々に限らず、エルフの多くは所属を持たない。それらは知識や技術を持ち合わせるが、無理な引き込みも少ない。時間を始めとした感覚の違いもれば、他の種族に対する貢献の実績があるからだ」
「もし害してしまう事があれば、今後の貢献を享受できない……他から見れば機嫌を損ねて良い相手でないということですね」
「然り。種として少数でありながら生き永らえたのは理由がある……話を戻そう」
で、あるにも関わらず帝国が我々を引き込もうとした理由は、フォーネン公国という超大国に対抗する力を欲したからだった。
例えば結界塔。今でこそ安全の為に広く利用される技術だが、発祥は戦争における防御手段だった。そして、これを最初に作り上げたのはエルフだった。
我々もまた、このような力を望まれたのだ。
そして我々は……帝国からの提案を受け入れた。
「今にして思えば、なんと軽率であった事か……。
あの時、我々の研究も行き詰まっていた。
知識があれども、人も物も足りない……協力を受け入れれば、対価に人材物資共に潤う。
人族以外に対する差別意識のあった東の地で、帰属を受け入れれば公式に対等の立場を約束される。
あの時には良い事づくめにしか思えなかったのだ」
間も無く、望んだものは手に入った。
我々はただ耳が長いだけの帝国臣民。資源の不足による研究のボトルネックも解消。我々は多くを手に入れ、魔獣の秘密を暴いていった。
「そして、その成果を帝国に返す時がやってきた。愚かにも私はこの時、研究の成果を試したくて仕方がなかった……その後の事など何も無かったのだ」
当時から帝国には三振りの魔剣が存在した。加えて魔獣と領域を争い続けた兵達は精強であったが、それでも超大国に抗するには不足とされていた。
そんな帝国に我々が返そうとしたのは新たな兵器。
帝国の戦力の中核は三振りの魔剣。魔剣は魔獣から得られる力の顕現だ。魔剣持ちは正に、魔獣の力を持った人間である……そう考えたのだ。
「そして我々は研究の中、魔獣の力を持った兵を生み出す計画を打ち立てた」
「それが【魔人】ですか……」
「左様」
ヴィンデルトは少々冷めてしまったお茶を口に含み、一呼吸置く。
「魔獣の研究を続ける中で、魔人を実現できるという目処は早期から立っていた。鍵となるのは【魔素】という物質だ」
「魔素……ですか」
当然、ミノーの知らないものだ。
魔獣に魔人と来て、今度は魔素かとミノーは内心で独り言ちる。
「知らぬも無理はない、我々が名付けたものだ。
魔素とは魔獣の全てにして、存在それ自体が魔法の塊という物質を指す」
それは一体どういう事か。ミノーには全くの意味不明だった。魔法の塊……特にここが理解できない。
無言で眉と首を捻るミノーの様子を察し、ヴィンデルトは続ける。
「すまない、君は魔法のないところから来たのであったな。
魔法とはこの世界に存在しない現象を指すのだよ」
益々意味がわからない。
「言ってしまえば『あり得ない事』という意味だ。
詠唱や魔法陣には未だ謎が多いところだが、魔法の効果そのものは尽くが『あり得ない事』なのだ」
「……???」
「……例えば火の魔法を発動させるとしよう。詠唱と共に魔法陣を呼び、発動すれば火が出る。
このとき火が出るだけで、燃焼する物質はどこにも存在していない。この様な事は『あり得ない事』だというのは理解できるだろうか」
「つまり……その場にただ火だけが出現するって事ですか?」
「然り。これは他の魔法も同じ事。魔弾魔法ならば物質が存在しないにもかかわらず質量弾が放たれ、消音の魔法ならばなんの脈絡もなく突然音が止まる。
その魔法が形を成すまでの過程の一切が存在しないのだ」
「だから、存在しない現象ですか……」
ミノーはようやく理解する。これら理解しがたい現象が魔法という事なのだろうと。
しかし、それならば魔法と魔素はどう繋がるというのか。
「太古より魔獣とはその名の通り、魔法の力を宿す獣と言われていた。
その通り、魔獣の力はまさしく超常たる魔法の力だったのだ。
通常、生物はあらゆる物質の集合で生命を形作る。だが魔獣は違う。彼らを形作る物質の全ては、魔法によって具現化した、存在しない物質なのだ。
彼らの力の源は人間のように潜在したものではない、彼ら自身が力そのもの。
力の塊が獣の形をとり、何らかの意思を持ったもの。それが魔獣の正体だ」
「その物質が魔素……魔獣の全て……」
ミノーは視線を落とした。
しばらく前に縮んでしまった、小さな手だった。
「(あり得ないもの……存在しない物質……)」
この身体の全ても魔素で出来ているのだろうか。そう考えると背筋に冷たいものを感じた。
元より、自分はこの世界には居ないはずの、異物だ。この世界に存在する事は、本来許されているのだろうか。
途端に怖くなった。全部嘘だったのだろうか。この世界に来てから見たもの、触れたもの、感じたもの全てが。
ミノーは表情も動かさずに、そんな事を考えていた。
話長いな…
できるだけ読みやすくしたいところですけど、なかなか難しいですねえ_(:3 」∠)_




