越境
圧倒的暴力が青い光を放ち、大地を引き裂きながらが迫りくる。
いくら魔人の脚が速くとも、道に沿うように横なぎに振るわれる光線は数拍の内に迫りくる。
横に走っても逃げられない。ミノーは魔法を使い、自らを抱えるルヨを崖に突き飛ばす。
「――!」
耳元でルヨが大声を上げるが、大地を引き裂く轟音にかき消されては届かない。
「大丈夫!」
ミノーの言葉は爆音の中でも耳の良いルヨに伝わったかもしれない。
ミノーは背に携えた魔剣を促す。
直後、落下する二人の上を光線が迸った。物質が蒸発する勢いで崖が弾け飛ぶ。
四散する岩々が二人に襲い掛かるが、すんでのところで砂鉄の壁に阻まれる。ミノーの手から銀色の鉄傘がきらりと光を反射した。
魔人としての力は限定的にしか発揮できずとも、魔剣の力は健在だった。
「(あいつは……)」
真っ逆さまで重力に身を任せながら、ミノーは眼下を確認する。黒い影は二人を見失ったのか、どこか遠くへと飛び去っていった。
「化け物、あたしなんてかわいいもんだよ……」
「そうだね~」
「……」
多分そういう事ではない。
落下に身を任せていたミノーは地面が近づくと、空に抵抗を持たせる。予想の通り空龍の力は崖下には及んでいないらしく、思い描いた通りの魔法を行使できた。
二人そろって水に投げ込んだ石の様に空中を沈み、危なげなく林間に降り立つ。
「ああ、死ぬかと思った……あんな危険生物の居るとこによく住めるよね」
「ううん、空龍に襲われたのは初めてだよ」
「そうなの?」
「うん、いつも飛んでるだけで何もしてこないもん」
「……そっか」
最早疑うべくもなかった。
「(あいつは……あたしだけを狙ったんだ……)」
何故かと言えば未だよく分からない。しかし、思い当たる節はある。
魔人という、魔獣の力を持つ人間がミノーだ。空を操る強力無比な魔法。その力は空龍の力に酷似している――いや、同じものだった。
ミノーが空龍の領域で魔法が使えなかったのがその証左だった。魔獣の力を持っているらしいルヨと、魔獣から生み出された魔剣の力が使えたにも関わらず、ミノーの魔法だけが使えなかった。
その理由も同じ空に、同じ力で、異なる命令を下せないというなら説明がつく。
そして、ミノーにだけ聞こえた空龍の言葉も……。
だから狙われたというのは乱暴なこじつけにも思えたが、無関係とは尚更思えなかった。
「どうしようかしら……」
自分の事にも関わらず、知らない事が多すぎる。
ミノーは知りたかったが、魔人としての自分のヒントは緑の高台の上にあるのだ。
しかし、もう一度そこに挑もうとすればまたしても空龍に襲われる可能性がある。そのときにもう一度逃げ切れる保証はない。
「道、こわれちゃったもんね……」
それもある。
もう戻ろうかとミノーが溜息を空に溶かした時、ルヨの耳がかの人の接近を感知した。
ルヨが振り向く方に人が現れる。
「あらっ!よかったわ~!二人とも大丈夫だった?」
「リーサーさん」
現れたのは若い見た目をしたエルフの男性(?)。
この世界に来たばかりで言葉の通じなかったミノーと、初めて下界に下りる兄妹をブルーニカまで引率したリーサーだった。
「ご苦労さまルヨちゃん。偉いわ~」
「えへへ」
「リーサーさんはなんでここに?」
「まあミノーちゃん可愛くなって!もう食べちゃいたいくらい」
「にゃっ!食べちゃだめだよ」
リーサーのおふざけを本気にしたルヨは慌ててミノーを抱き上げる。つい先ほどまで空龍に食われかけていたので洒落になっていない。
「いやねえ、冗談よ。二人が無事か確かめて、迎えにきたの」
「無事か確かめてって……」
リーサーはウィンクをしながら事もなげに言うが、そうなるとつい先ほどの騒ぎを聞きつけてからこちらに向かって来たことになる。
偶々近くに居たというなら分かるが、彼らの住まう緑の高台の里から出てきたというなら早すぎる。
「どうやって……」
「んふ、こうやってネ。【-- - - -- -、-- - - --- -- -】零歩」
ミノーは突然眩しくなって目を細める。
目が慣れると鬱蒼として薄暗い木々の姿はなく、そこは日の照る道端だった。
きれいな直線状に伸びる道や整然と並ぶ家屋や水路には見覚えがある。
「おかえりなさい、二人とも」
リーサーの言う通り、二人は帰ってきたのだ。一瞬にして緑の高台に。
「転移魔法……?」
ミノーは疑問をこぼすが、それは他ならぬリーサーによって否定される。
「んふ、ちょっと違うわね。転移は自分を動かす魔法だけど、アタシたちは一歩も動いていないのよ?」
「動いてない……動いたのは場所の方?」
「あら!賢い子ね!でも惜しいわ。ここがアタシたちを迎えにきたわけでもないの」
「……」
「ギブアップみたいね。正解はね、ココとアソコが文字通り零距離になっただけなのよ」
「距離が縮まったんですか……?」
「縮まったんじゃないわよ。無くなったの……境界線がね」
「……!」
0.99999……
無限に9の連なるこの数字は1ではないにもかかわらず、1に等しいという。
ミノーもその魔法はガセかおとぎ話の類ではないかと思っていた口だ。何せ四つの究極の一つに数えられるその魔法は使い手がエルフである事以外の一切が謎に包まれ、その力すらも謎だったのだ。
しかし今、その力の一端が明らかになった。
「女同士のヒミツよ♡」
使い手は茶目っ気たっぷりにウィンクする。
境界魔法の使い手は案外近くに居た。
リーサーに連れられたミノーはルヨと二人、集落中央に佇む石造りの建物に通された。
この世界の常識を何一つ知らなかった頃には分からなかったが、これは結界塔だ。
さして危険でもない下界でも当たり前のように建てられていたそれがここにあるのは、当然と言えば当然だ。
「二人とも疲れたでしょ~?お茶出すからちょっと待っててネ」
「いえ、大丈夫です。……それより」
ミノーがここに向かえと促され、応じたのには理由がある。
今はそれが何よりも大事なことなのだ。……些か急ぎすぎている節もあるが。
「不安なのね」
「……」
茶を飲んでる間も惜しいとばかりのミノーに、リーサーは苦笑いを隠さない。
しかしリーサーもまた、この小っちゃくてかわいい女の子がどれだけ重大な存在かを知る一人なのだ。そしてそれは、本人が一番に知る所であろうとも。
だからそんな不安そうな顔をするのも仕方がないだろうと、彼女は母の様に優しげに諭す。
「大丈夫、お茶を飲んで落ち着くくらいの余裕はあるわよ」
そしてリーサーはお茶と共に、もう一人を連れてきた。
「おじいちゃん」
「ルヨ、よく帰ったね」
「うん、ただいま」
エルフの老人、ヴィンデルトだ。
ミノーの記憶にもある。以前ミノーがここに来るなりガン見されたこと。今はここに居ない、ライと何かを言い合っていたこと。
そんなヴィンデルトはルヨを一通り労うと、不意にミノーに目を向けた。それもあの時と同じ、じっと観察するような目で。
「……どういうことだ……?」
視線にデジャヴを感じていたミノーだったが、ヴィンデルトの呟くような困惑の声が不意に耳に入った。
互いにじっと見つめあって互いに困惑する二人の間で奇妙な空気が流れる。
見かねたルヨとリーサーはそれぞれミノーを抱き寄せ、ヴィンデルトの肩をたたいて正気に戻す。
「きゃ、ルヨちゃん」
「むっ、おお、すまん」
気がそれた二人は奇妙な雰囲気を霧散させる。
「できもしない念話で話そうとしないで、ちゃんと喋ってちょうだい!」
「そうだよ」
ヴィンデルトをよく知るリーサーだが、はっきり言ってミノーとその人はどこか似ている。
ものをよく考える質だが、考察の結果が外には出てこないのだ。そのくせ考えながら何か他の事をするのが苦手で、その折には今の様に独り言を垂れ流すか、奇妙な雰囲気を作り出す様なことしかしない。
何が言いたいか。リーサーはルヨの膝の上でぬいぐるみの様に愛でられるミノーを見る。
リーサーはその人から、他ならぬ変人の気質を感じ取っていた。
四人そろってリーサーが淹れたお茶に舌鼓をうつ。下界では緑か紅のもの……それから自作の麦茶しか見たことがないミノーだったが、これはそのどちらでもない。
薄い黄緑色をしたそれは癖のある独特な香りを放つ。口に含んでみればそれほど苦くなく、香りが清涼感を伴って鼻に抜けた。
「これってなんのお茶ですか?」
「名前のない野草よ。ここにしか生えない種類だから。……お口に合わなかったかしら?」
「いえ、おいしいです。それに……」
「あら、良かったわ~。ちょっとした薬効もあるのよ?」
ミノーはなるほどと、もう一口飲んだ。
思えば頭がすっきりしている気がした。最近気付いたのだが、焦っている時ほど無駄に頭が回っている気がする。それが本当に無駄なもので、どうもその結果が良かった試しがない。
大抵が邪推や深読みの空回りで、おまけに疲れて頭が痛くなるのだから尚悪い。
(あたしって結構落ち着きないのかもなあ……元気がないだけで)
今更ながらに直した方が良いかと、もう一口お茶を飲んで心を落ち着けるのだった。
これから話を聞くにしてもその方が良い。
「さて、何から話したものか」
ミノーが十分に落ち着いたころ、ヴィンデルトは口を開いた。
そしてまたすぐに考え込むが、今度はリーサーに指摘されるほどではなかった。
「【魔人】とは一体何かという事だが、どのように認識しておるかね?」
「あたしやルヨちゃんみたいに魔獣の力を持つ人間。……そのままですけどこんな所です」
「そうか……」
そしてヴィンデルトは再び考えるような間をおき、ミノーは次を待った。
「もしも君が君の言う通りの【魔人】ならば、ルヨとは全く異なる存在であろうな」
「その理由は?」
「ふむ、君はルヨの種族を何だと思うかね?」
見ればわかる。そんな当たり前の質問は何かのひっかけなのだろうが、だからこそ素直な答えが求められるのだろう。
「獣人族ですよね」
「ルヨは人族だ」
ひっかけと分かっていても、耳を疑わずには居られなかった。
思わずルヨを見るが、彼女の頭の上に三角形で存在を主張する狼の耳。それは獣人の特徴だった。
「ルヨ、見せてあげなさい」
「うん」
そしてミノーは耳の次に、目を疑った。
「人の耳……」
長い髪に覆われた側頭部。ルヨが金の混じる黒髪を除けると、そこには本来無いはずのミノーと同じ丸い耳。
狼と人の耳がそれぞれ一対。ルヨは四つの耳を持っていたのだ。
「自前のがあるのになんであたしの耳こねるの」
「やわらかそうだったから」
「あっ、ふーん……じゃなくて、これがあたしとの違いですか」
「左様」
「……耳が違うとなんで全くの別物になるんですか?」
「ルヨは『魔獣の力を持つ人間』というものでは無いからだ。黒い髪も狼の耳も、本来この子のものではない」
ミノーもようやく理解した。
なるほど確かに、ミノーにはそういうものが無い。黒い鱗も大きな翼もその身には見られなかった。
「半人にして『半魔獣』……それが私達の知る【魔人】……我々が犯した過ちだ」
ヴィンデルトはしわがれた手が白くなる程にぎりしめ、自責の念をにじませた。
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