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空の魔法使い  作者: テルヒコ
空龍の炎
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空龍の炎

 何故怖いかと言えば、それは死ぬのが怖いからだろう。

 魔人に死はない。

 ミノーには一つ解せないことがあった。それは、死にもしないのに死の恐怖を感じている事ではない。

 こいつ(・・・)に喰い殺されたが最期、今までのように元に戻ることもなく、本当に死を迎える。何故それが分かってしまうのかということが、ミノーには解せないのだ。


「ミノーちゃん!」


 ルヨがミノーを抱え、急加速して飛び退く。

 直後に巨大な鉤爪が振るわれる。二人が居た崖道の一部は一瞬で粉砕された。

 咄嗟にミノーはルヨの腕から黒い影を見る。

 黒い視線が交差する。空龍は獲物を見逃しはしなかった。


『- --- --』


 また分かってしまった。今度は空龍の意思が、より明確に。

 空龍は大きく翼を羽ばたかせては崖から離れ、八の字に旋回する。


「……ってやるって……」

「え?」

「聞こえないの?あいつ『喰ってやる』ってそう言ってる!」


 ミノーは恐怖のあまりに声を荒らげる。しかし、ルヨの反応は芳しくなかった。


「……ボクは聞こえないよ」


 遥かに聴覚に優れている筈のルヨは油断なく空龍を睨みながら、ただそう告げた。

 そんな筈はというミノーを御構い無しに空龍は再び距離を詰め、鉤爪で崖道を破壊する。


『-- - -』

「跳んで!」


 持ち前の機動力でミノーを抱えたままに空龍の一撃を躱して遁走の体勢に入ったルヨだったが、咄嗟にミノーの言葉に従う。


ボゴォッ!


 空龍の尾が横薙ぎに振るわれ、崖面を破壊した。


「にゃっ!危ない」


 その質量もさることながら、岩を砕く程の打撃にもかかわらず空龍の尾には傷一つ見られない。直撃を受ければ二人揃って挽肉になっていたところだ。

 空龍の追撃に気を配りつつ、ルヨは今度こそ緑の高台目指して遁走する。減圧機動も全力で行い、かなりの速度で崖道を駆けた。


「ミノーちゃんなんで尻尾が分かったの?」

「『潰れろ』って……あいつが言った」


 空龍は羽ばたき、尚も二人を追う。


『- ---』


 未だ諦めはしない。ミノーには聞こえていた。

 しかし、空龍にもルヨが素早い事は分かった。飛行の姿勢が単なる追撃から、追跡へと変わった。


「あいつ、何を……」


 ただ運ばれているだけのミノーには、恐怖はあれども敵を観察するだけの余裕はあった。臆病でも、そこそこの窮地はくぐり抜けている方だ。

 そこそこであれば、だが。


『- -- -』

「えっ」


 空龍が空に命令を下す。

 空から分子が分解され、空龍の目前へと集積される。


『- - -- - --- -』


 凄まじい力だった。ミノーが鋼獣を破壊するために行使した以上の命令がいとも簡単に、次々と実行されて行く。


「な……んで……」


 だが、空龍のそれはミノーのそれとは違う。それは規模も大きく、そして原理も更に強力だ。


「なんで――どうしてそれを知っているの!」

『-- - - --』


 ミノーの叫びも虚しく、空龍の魔法は完成した。




 ブルーニカ冒険者ギルドは昼間。厨房ではこの後の戦いへの備えが続いている横で受付カウンターは峠を越え、一息というところだった。


「ふう〜、やっとひと段落つける」


 そこで働く受付嬢のアネットは勤務中にもかかわらず、既に疲れ気味といった様子だが。


「こら、まだ仕事中でしょ。だらけないの」


 アネットに注意をするのは共に働く、同じく受付嬢のコノンだ。赤色の髪を後ろでまとめる、垂れ目の優しげな女性だ。

 アネットの態度を見咎めつつも、口調もまたどこか穏やかさを感じる。


「う〜……なんか今日はすぐ疲れるっていうか……」


 アネットは体をカウンターに突っ伏したままに、首だけ回してコノンを向く。


「あなたいつも疲れた顔してたわよ」

「え?うそ?」

「してたわよ。疲れを感じ取れるだけマシじゃないの?」


 心ここに在らずで疲れすらも感じ取れない。そんな同僚を眺めるのは、コノンも心が痛んだものだ。

 だが、昨日になってミノーが帰って来れたのだ。アネットは疲労に参った様子だが、心が戻ってきただけでも十分だろう。


「良かったわねアネット」


 アネットは起き上がって首をひねる。コノンは優しく笑うだけだった。

 しかし、そんな和やかな雰囲気は一瞬で消えた。

 ギルドに激震が走る。

 あちこちから悲鳴が上がる。グラグラと揺れる地面に、アネットは椅子から転げ落ちた。

 ギルドに限らず大地に揺られたブルーニカの喧騒が、外から聞こえていた。

 やがて地震は収まる。ギルドの内外からは未だに騒がしさが伝わってきていた。


「アネット!大丈夫!?」

「なんとか……」

「ギルドマスターのところへーー」


 揺れが収まったのも束の間、今度は雷鳴にも似た轟音が伝わる。

 コノンは言いかけた言葉を遮られ、身もすくむような気持ちで轟音が止むのを待った。


「なに、これ……」

「……分からないわ」


 少なくとも先程の地震と無関係でない事は分かるが、それ以上は何もだ。


「怖い……」

「大丈夫、大丈夫よアネット」


 震えるアネットを宥め、二人はカウンターの奥の扉をくぐっては階段を登り、ギルドマスターを訪ねた。


「失礼します、ギルドマスター……」


 コノンが誰も居ない机から視線を動かすと、開け放った窓の側に一人のエルフの姿。

 紫色の長髪は窓から流れる風に揺れる。しかしその身を微動だにせず、ガルソーは窓の外を見つめて居た。


「……ギルドマスター」


 尚もコノンは語りかけるが、ガルソーは反応を返さない。無言のままに外を見つめる。

 一体何を見ているのか。

 コノンはガルソーに歩み寄り、後ろから外を見る。

 そしてコノンもまた、言葉を失った。




『分解せよ』


 湿度が急速に下がった。

 大気中に水蒸気として存在していた分子の殆どが分解され、一点に集積されていった。


『集まれ』


 集められたのは水素原子だった。しかしそれは原子であり、水素や水などの分子の形を取ることは無い。


『繋がれ』


 その命令で半数の原子の情報が書き換えられる。それは水素であり、水素ではない。


「なんで――どうしてそれを知っているの!」


 空龍は答えない。

 ただ獲物を仕留めるため、ただ無情に次の命令を下す。


『二つ、繋がれ』


 そして全ての水素が変質し、二対一組の球が顕現する。

 空龍は鋭い牙で、二つをまとめて噛み砕く。そして反応した。

 それは地球ではD-T反応と呼ばれる。

 中性子を一つ持つ重水素と、二つ持つ三重水素が融合してヘリウムを形作る。

 しかし、これだけでは計算が合わない。この反応を成立させるには、一つの反応につき一つ弾き出される中性子を考慮する必要がある。

 一つの、小さなエネルギーを持つ中性子だ。それが数える気にもならない程、連鎖的に発生する。

 そして、莫大なエネルギーが空龍の口の中で指向性を持って放たれた。

 エネルギーに晒された大気中の分子が破壊され、青い光を放つ。

 空龍の口から指向性を持って放たれたエネルギーにより、空に青色の直線が描かれた。

 エネルギーはせり上がった大地に直撃し、破壊の激震と共に大地を大きく引き裂いて行く。

 大地を形作っていた物質が灼熱を帯びて蒸発し、誘爆するように弾け飛んだ。

 緑の高台の崖面が弾け飛ぶ様は、矮小な人間が作り出した城塞からもはっきりと見えていた。


「最強の魔獣……空龍の炎か……」


 ガルソーは初めて口を開く。それでも、視線はブルーニカの壁越しに見える破壊の痕に釘付けだった。


「空龍が?一体なぜ……」

「分からん。だが、攻撃かもな」

「攻撃ですか?」

「魔獣の行動原理は殆どが謎だ。だがな。一つ分かっている事がある。

……奴らは人間やその他の生物に対し、敵対行動をとる事がある」

「……えっ」


 入り口に控えていたアネットが覚束ない足取りで窓梁に取り付く。

 そして遠くに映る惨状を見つけ、みるみる顔を青くした。


「あ、あぁ……嘘……」

「アネット」


 先程送り出した二人。その行き先は……。


「落ち着きなさい、あの子達が巻き込まれたと決まった訳じゃない!」


 コノンの励ましも虚しく、アネットはその場に泣き崩れた。


「(だが、誰かが襲われたにしたって妙だ……有史以来、人間どころか他の生物に対してだって空龍が暴れたなんて記録は無い)」


 アネットの嗚咽と街の喧騒を耳にしつつ、ガルソーはただ考えていた。


「何が起きている……」


 呟きは誰に拾われるでもなく、空に溶けた。

ゴ◯ラかな?(震え声)

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