伝わる音
「ミノーちゃん!」
ウェイナリアに詰め寄ろうとしたミノーだったが、突然暴風を纏って現れたルヨに視界を塞がれる。
バギィッ!
「けふっ……!」
金属が叩き割られる音。痛みを訴える小さな声。
ズドォッ!
ルヨは咄嗟に襲撃者の背から気圧を抜き取り、地面に叩きつけた。
「く……はあっ……はあっ……」
呆気に取られて声も上げられずにいたミノーは、ここまで来てようやく何が起きたのかを理解する。
何かが、自分に襲いかかって来た。それをルヨが身を挺して庇ったのだと。
ミノーは目を剥いた。ルヨが片手に持つ直剣は半ばから折れ、右の手は左の脇腹をおさえていた。
「うぐ……」
痛みに耐えかねてか、ルヨはその場に片膝をつく。
「ルヨちゃん!」
ミノー思わずルヨに駆け寄ろうとする。しかしその時、右の手を引かれた。
またウェイナリアが小言でも垂れるのかと、ミノーは掴まれた手首を振り払ってルヨの元に急ごうとする。が、掴んだ手の力は予想外に強く、バランスを崩して手の主に向き合う事になる。
「ヴゥ……」
ウェイナリアではなかった。手の主人はリガティだった、その躰。リガティは既に死んでいた。しかし、身体強化魔法が生きていた。ウェイナリアに止められた筈の息の音を吹き返す、その蘇生力すら強化されていたのだ。
細腕が軋みを上げ、ミノーが息を飲んだその時、乾いた破裂音が響く。リガティの躰がビクンと痙攣した。
そしてミノーは目にした。虹彩が限界まで引き絞られ、本来青かった筈の瞳に宿るドス黒い闇を。
人としてはとっくに死んでいるのに、その躰が崩れ落ちる本当の最期の時まで生命に縋り付き、纏わり付かんとする瞳が見ていた。
「ヒッ……」
ミノーは短い悲鳴を上げてへたり込み、震える。右の手首には未だ骸がしがみついていた。
突然どうしようもなく息が上がり、胸が苦しさを訴える。ミノーは息が出来ず、やがて溺れかかった。
「【息をなさい】」
「うぐっ、げはっ!はあっ、はあっ……」
声を受け、ミノーの肺は正気に戻る。吸い込むばかりで溜まりに溜まった息はリセットされ、なんとか正常の範疇に持っていかれた。
ミノーは声の主を見上げる。
「ウェイナリアさーー」
パシッ!
「今はすべき事がありますから、これくらいにしておきます。
治癒師は待機させてあります。急ぎなさい」
「ッ……はい」
ミノーは我に返り、既に意識のないルヨを魔法で搬送した。そこからは迅速に進み、ルヨは無事に一命をとりとめる。
領館の医務室に搬送したルヨを治癒師に任せてミノーとウェイナリアは二人、領館の一室にて話していた。
「ありがとうございます、ウェイナリアさん」
「無様ね」
ウェイナリアの吐く毒に、ミノーは言葉を返せない。むしろ毒というより、紛れもない事実だ。
「……今回の事は、甘かったです」
「あら、あの娘が死んでいても甘かったで済ましたのかしら?」
「ッ……」
「それに甘いどころの話では無いわ。
気付いていたかしら?あの場をこちら側ではない誰かが監視していたのを。
その気なら矢を射るくらいはできたでしょうね」
「……」
「分かったかしら?準備も無ければ覚悟もない貴女が、そもそも関わっていい事では無いのよ」
「……すみませんでした。次は……ちゃんとやります」
「いえ結構。次はありません」
「ーーなんで、どうしてですか!」
「ええ、この際はっきりと言っておきましょう。
貴女達は足手まとい……我々の邪魔です。勝手な行動を取った挙句に深手を負ってこちらの人員を割き、いざ人の死の前に立てば情けなくも怯えて何もできない……!
『なんで』『どうして』……?
我々は存続と滅びを賭けて戦争をしているのですよ!それでいて何故貴女達の様な者と共に行動できますか!」
この事実にも、ミノーは言葉を返せない。ウェイナリアの言う事は領主として一から十まで正しい。
だがそれでも、ミノーは逃げ出せない。臆病さ故に。ウェイナリアに頭を下げる。
「お願いします」
「……はあ、もういいわ」
ミノーは顔を上げるが、ウェイナリアはミノーの方を見ない。興味を失ったとばかりに。
「あの娘の傷が癒えたら、この領から出て行きなさい。これで話は終わりです」
「ウェイナリアさん!」
「出て行きなさい!……これ以上は……敵と見做します」
最後にウェイナリアの眼光がミノーを睨む。
ミノーは顔を歪め、勢いよく席を立って扉へ駆けた。
「ミノーさん」
ドアに手をかけた所で声がかかる。ミノーは振り返らず、次の言葉を背中で受け止めた。
「【勇気を持ちなさい】」
その言葉の意味を知り、目に溜まった涙が零れる。ミノーはそのまま部屋を辞した。
「……似ていませんね」
一人だけになった部屋の中、ウェイナリアはポツリとこぼす。
「貴方は何時でも強く……いえ、優しさと不器用さは親譲りなのかしら?」
ウェイナリアは思い出していた。一人の剣士の姿だ。かつて自ら繰り出した旅路の途中で出会った、一人の冒険者。
それは誰とも結ばれない公国一の女傑がたった一人、愛した男。
「あの娘は弱い。それでも、わたくしは貴方とあの娘を信じております」
最低限のきっかけと、それから身の安全は与えてやれたと、ウェイナリアは思う。
彼女は音の魔法使い、ウェイナリア・テナン・レフテオエル。音を知る者。
音を知ればこそ音を消し、音を聞き、音を生み、そして、音を伝える事ができる。
次回、音の魔法使い編最終話
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