三角の耳
「@/#〜!$○〒>%!」
「*☆°#+<々〆、<=♪::…-!」
うるさい……揺すらないでよ……静かに……いや、誰かが私を心配してるのかな?悪いし、起きなきゃ……。
指に力……入る。腕も……動く。お腹に力入れて……お腹が減って力が出ない……。
「んっ、うう……」
……だめだ……自分二度寝良いっすか……。
「\°€!」
やわらかい。女の人?おっぱいでかい……。
「¥÷|^/☆、_#/&f+>」
「€°%!」
これは……お姫様抱っこ……いや、ていうかさ……。
「言葉……通じるんじゃなかったの?」
◇◇◇
おはようございます。無事に朝(?)を迎える事ができました。生きているとは素晴らしい事だと思います。思うんですけど、ちょっと整理させてほしい。
起きたら絶世の美女のお顔が目の前にあったんだ。そしてあたしはその人と添い寝していたらしい。……あっ、起きた。
「→*:/〜」
「……おっおはよう、ございます」
やっぱ何言ってるか分からない……どうしよ。
そう思うが早いか、目前にお姉さんの手が伸びてきた。
「へっ、いやっ、ちょ、そこは……」
さわさわ
むにむに
もみもみ
なんか耳たぶをこねくり回された。うん。気持ちは分からんでも無いよ。だってあなた、お耳が頭の上に付いてるもんね!?
目覚めと同時に目に付いた端麗な容姿にも驚いたけど、それ以上に驚いたのは所々に金糸の混じる黒髪と、その中で存在感を主張する三角に尖った犬耳だった。
「〆〒!〆〒!>○%☆♪|w#!」
そして本人は無邪気な可愛らしい笑みを浮かべながら澄の丸耳を触っていた。……時間にして三分程。
「あの、そろそろ良いかな?」
そんなに霊長類な耳が珍しいのか、まさかあたしの耳を開発するつもりじゃ無いだろうけれど……。
とりあえず、名残惜しむ両手から抜け出して体を起こす。そしてなんとか空腹である旨をを身振り手振り腹の音で訴えると、犬耳美女は一言、部屋を出て行った。
ちなみに身振り手振りは全く通じていなかったよ……。
(って、あの人背高っ!(耳を除いても)180cmくらいあったぞ!?お目目は青いし……外人さんっていうのはみんなああなのかな……ちょっと羨ましい)
しばらくして部屋に入ってきたのはさっきの姉さんじゃなくて、同じく黒色に金糸の混じった髪に尖った犬耳の少年だった。
小学生の高学年位の年頃に見えた。両手に持つ盆の上には木の器と木のスプーン。
「:<>・→°」
何言ってるか分かんない。分かんないけど……かわいい!目も髪も同じだし、さっきのお姉さんの弟くんかな?十歳くらいかな?
「あ、ありがとう。いただきます」
さておき、スープを受け取った。透き通った色のスープは塩味で、具は骨つきの何かの肉、シメジっぽいキノコと深緑の葉。
流石に世界が違えば慣れない味もあったけれど、暖かい食事は身も心も温まるものだった。
◇◇◇
おはようございます。今日も無事に朝を迎える事ができました。いやね、昨日もまた件の犬耳お姉さんと一緒にお寝んねだった訳です。
ご飯をいただいた後、何やら寝てろ的な事を言われた(何言ってるか分かんなかったけど)私は、昼間にお腹いっぱい寝たせいでなかなか夜寝付けない訳です。対して夜、朝と同じくお布団に入ってきたお姉さんは即落ち。そして私を抱き枕にする訳ですよ。
「おっぱいで溺れるかと思いましたはい」
抜け出そうにもなんか凄い力でかっちりホールドされたあたしは、やがて意識を失った。無事に陽の目を拝めて本当に良かったよ。
「この世は危険がいっぱいだあ……」
「→*:/〜」
あっ、起きた。
むにむにむにむにむに
なぜあたしの耳たぶをこねる。
朝ご飯のスープをいただいてまたお部屋で待機。
うん、寝食させて貰っておいて図々しいかもしれないけど、そろそろ体を洗ってサッパリしたいところ。服も着た切り雀なんです。後で身振り手振りの本格的肉体言語で聞いてみようかしら。
さて、昨日から割と気になっていたことがいくつかある。
一つ。この家にはお姉さんと弟君以外は居ないのかもしれない。いや、私も昨日起きてからこの家から出てないんだけどね。なんか静かな感じがするんだ。
そもそも、姉弟というのが違っていて、めっっっちゃ若作りしたお母さんと息子さんなのかもしれない。で、お父さんは顔を出していないだけ、とか?あり得るよねえ。ま、じきに分かるでしょ、その辺は。
で、二つ目。私、無傷。あの畜生から逃げる時、私ってば勢い余って木々にダイナミックアクロバティックエントリーした訳。
そりゃいろんな所打って痛かったし、けっこう木に引っかけて擦りむいた。で、乗ってた木諸共叩き落とされて超痛い。
で、あの畜生を殺そうとしてなんか袖が破けた辺りまでは覚えてる。まあ、あたしが生きてるって事はあの畜生は死んだはず。多分ね。
まあ、そんな感じであたしはいろいろボロボロだったはずなんだけど。それがなんという事でしょう。どこも痛くないし、傷の痕すらない。服もぜんぜんなんともないんだよ。
まあ、この世に来てからの一張羅が無事で喜ばしくはあるけれど。じゃなくて、なんでなんともないのか。魔法で直したとか?いくら魔法でもビリビリに破けた服を元どおりなんて、それは無いでしょ?魔法とか自分の以外見た事無いけど。
で、最後にさ、言葉だよね。あのとき、確かに『向こうの言葉が分かるようにしてあげる』と言ってたはずなんだよ。それがどうだ、まるで通じない。
言葉もわからないけど、なぜ言葉が通じないのかもわからない。謎だ……って、ん?これはもしかして……。
「言葉が分かる魔法でもあるのかしら」
もしあるならそれが使えたら良いんだけど……。
「空魔法だもんねえ……風をおこすくらいしかできないんじゃない?」
使えるのは空魔法というものであるらしく、その枠の内に言語が習得できるものがあるとは考えにくい。けど、それ以外の魔法を扱えないとも限らない。諦めるのは尚早だ。
「言葉が分かるようになるの術!」
既に魔法なのか怪しい?うっさい!
なんとか言語理解の魔法が使えないか頭を捻っていると、寝室に例の姉弟(母子?)が入ってきた。どうやら外に行こうと誘っているらしい。姉の方が手を取り外に連れ出した。
ちなみに言葉は分からなかった。残念。
◇◇◇
外に出るとそこは小綺麗な集落。森を切り拓いた場所を柵で囲み、中には木造の家屋が所々に建ち並ぶ。外界へと繋がる一本の通りと、それに交差するように流れる数本の水路。通路の中程ーー集落の中心に当たる場所には、木造家屋の中にあって風変わりな三階建て石造りの塔型の建造物がある。
大きくない集落でありながらすっきりとした機能美を感じさせる風景であるーーのだが、澄の視線と思考は外に出て三歩で別のものに移った。
「あっ、ああ…はあ…そういう事か」
犬耳姉弟の姉の方に事あるごとに耳たぶを弄られていた澄。
犬の様に頭の上に付いた三角に尖った耳をもつ彼らからすれば自分の丸耳は珍しいもので、同時に気になるものだろう。
現に澄もまた彼らの犬耳を触ってみたいと思っていた。遠慮していただけで。
さて、家屋から外に出たそこは集落の只中。無論、表を歩く住人は居る。そして彼らの耳もまた尖っていた。尖っては居るのだが……。
「エルフのしょしかおらねねっか!(エルフの人しか居ないじゃない!)」
澄は思わず訛り全開で叫んだ。
そう、彼らの耳は澄と同じ頭の横に付いている。だがその耳輪は横に向かって尖るように伸びており、澄のような耳たぶは無い。珍しがって弄りだすはずである。
「@&&w→¥!?」
「☆○〆^\<<%°、//$#/$¥€::→>・」
つい叫んでしまった事で、心配されたようだ。犬耳の女性の方は心配そうだが、少年の方はと言えば意外にも落ち着いていた。
「ごめん、大丈夫大丈夫」
(それより、エルフさんたちだ。彼らは(多分)知的な人が多いはず。だったら……)
澄は道行くエルフの男性に歩み寄る。金髪に碧眼の男性の体格はやはり見慣れた日本人のそれとは違う。それだけで緊張を覚えたが、敢えて思い切って……。
「こ、こんにちは〜?」
「……」
「……」
「→*:/」
(やっぱり言葉は通じなかったよ。もう!)
儚い希望を粉砕された澄を連れ、姉弟が向かった先は集落の中心に佇む塔型の建物だった。