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空の魔法使い  作者: テルヒコ
音の魔法使い
49/61

暴走する魔法

毎度、大変お待たせして申し訳ありません。

今週こそはもう1話上げたいと思っています。

 自分ならなんだって出来るだろう。


 『貴方一人で出来る事などたかが知れています』などと言われても、彼は自らの才覚を信じて疑わなかった。

 大公領の都に居た時だって同年代の誰にも負けた事など無い。ウェイナリアに引き取られ、都よりも大きいのではというレフテオエルに来てからも、それは変わらなかった。

 不出来な義理の弟に代わり、自分がこのレフテオエルの領主として君臨する。


 当たり前だ。あいつは何に秀でている訳でも無い。どころかそれ以前の問題もある。

 対して私は何にだって負けた事は無いのだ。

 ウェイナリアのやり方は、はっきり言って無駄ばかりだ。

 それも仕方あるまい。あれは単に腕が立ち、便利な魔法が使える……それ自体は有能なのだろうが、それだけの人間だ。

 だから自らの権能を分散して運営させている節もあるだろう。そこはまあ良い。立ち行かなくなるよりはマシだろう。

 ……いや、だからこそ今に立ち行かなくなる。

 魔獣のほぼ居ない【安息の地】と呼ばれる公国の領土に対する、帝国の侵略の意図は明白だ。

 それに対する備えも、其処彼処で行われている。

 そんな時に大公領から持ちかけられた画期的な魔法陣。

 あれさえあれば帝国など敵ではない。当然だ。

 それに、公国の各領主は挙って買えるだけ買い求めるだろう。

 公国とて一枚岩ではない。これに乗じなければ帝国を斃した後にレフテオエルは取り残され、衰退の一途を辿るだろう。

 それなのに、だ。

 ウェイナリアは新兵器の購入を、持ちかけられたその場で決めなかったばかりか、あろう事に拒否した。

 それを知った時から、私はウェイナリアを領主の器と認めなかった。

 潤沢にある筈の財を出し渋ったのか。或いは他領の力をプライドが許さなかったのか。

 何れにせよ、決断力も無ければ先見の明も無い。

 私ならば簡単に為し得る事を為さぬ義理の母を歯痒く思う。そして歯痒さは不信感へと姿を変えて行った。

 このままではレフテオエルは……公国の先は危うい。


『仰る通りです。だからこそ領主を排し、貴方が領主となるのです』


 そして協力者に出会った。

 連中は魔法陣の提供者だった。


 連中は私に接触しては『公国の明日の為』だの『逆賊撃つべし』だのと宣ったが、随分と下手な口車だ。実際は大公領の者が、ウェイナリアを排した後に私を通じてレフテオエルに食い込もうというだけだろう。

 が、何ら悪い考えではあるまい。私も奴らを利用するだけしてやろうと考えたのだから。

 そしていよいよ行動を起こすための戦力も届こうという時だった。

 やはりあの女狐も頭は回るらしい。

 計画を悟られまいとウェイナリアを避けていたその行動からか、ウェイナリアは私の、自身に対する敵性を察知した。

 そして私は領軍によって捕らえられ、領内に留置された。

 しかし、甘い。奴は私を殺しはしなかった。

 義理であろうとも、息子に手をかけるのを躊躇ったのか。或いは私が改心するとでも思ったのか。

 馬鹿な。改心するとすれば奴の方だ。

 私は正しい!これまでも、これからもだ。

 今に見ているが良い。私は一度ここから退こう。しかし必ず此処に戻って来る。

 私は奴とは違う。

 領主であるならば、人の一人や二人の命など些細な問題だ。

邪魔する者は殺してでも、私は……私がレフテオエルを守るのだ。




 牢獄の見張り番の男が異音を耳にし、職責の為に様子を見に行った時だった。

 そこで目にしたのは堅牢な檻の中に閉じ込めて居たはずの男。


「な、き、貴様どうやっーー」


 言葉を紡ぎきる前に、その顔面に手が掛かった。

 その手の主は一拍前には廊下の彼方に居たはずの、その男。


「邪魔だ」


 リガティはそう吐き捨て、爆発的な腕力で掴んだ頭を横壁に叩きつけた。

 湿った破裂音が生々しく響く。見張りの頭は赤い壁のシミとなり、躰はその場に崩れ落ちた。

 リガティは自らが巻き起こした惨状に見向きもせず、再び出口を目指し進み始めた。

 牢獄の周りは脱獄者を逃すまいと、高い塀に囲まれている。ただ一つ、これまた堅牢な造りの門が牢獄の出口だ。

 リガティは信じられない程に強化された俊足で以って素早く出口を目指した。

 しかし、出口には待ち構えていたとばかりに横一列に門を固める領軍。


「貴様ら……!」


 対峙したリガティは最早、正気では無かった。

 邪魔立てするならば殺す。そう覚悟して突き進んだリガティは、既に数人を殺めた。

 本人は気が付いては居ないが、正気を保つべく体が頭に血を登らせていたのだ。

 その結果、正気では無くなろうともどうしようもない。強化された肉体が精神を超えつつあった。


「殺す……殺す殺す殺す殺してやる!」


 故に、対峙する領軍の半数が持つ獲物の異常に、リガティは気づけなかった。


撃て(・・)!」


 領軍の一人の合図で、引き金が引かれた。

 乾いた破裂音が連続して鳴る。


「ぐ、がっは……!?」


 火が鉄を吹き、鉄が風を裂き、強化された感覚をさえすり抜けて肉体に刺さった。

 リガティは衝撃のあまりたたらを踏む。

 訳が、分からなかった。


「ぐ、が、あ、あああああああああ!」


 が、精神が追いつくその前に肉体が先へと進んだ。


「銃士隊!下がれ!」


 それを領軍の前衛が迎え撃つ。

 しかし、本来人間が持つ力を遥かに超えた存在に、一人また一人と捩じ伏せられ、領軍側は多数の死傷者を出す事になる。

 そして、手負いの獣はレフテオエルの街へと繰り出した。




 本来の目的であるはずの逃亡すら忘れ、リガティは街を徘徊していた。

 夜の街に人が居ないのは人々が眠りについているからばかりではない。街での戦闘が予想された為に、既に手が回されていたのだ。

 無論それは領主の指示によるものであったが、手を回したのはデフェイルの方だった。

 デフェイルが率いる【海蛇の鱗】とは『裏ギルド』という風に、非合法でならず者の集まりと一括りにされがちではある。しかしその実、【海蛇の鱗】はレフテオエルにおける漁師達の集まりから発祥した自治組織をルーツとしている(それでも荒くれ者が多い事に変わりはないのだが)。

 よって歴史も長く、街との結びつきも強い。

 レフテオエルにおける顔の広さで言うならば、そこにあるその他ギルド全てを足しても及ばない。加えてフットワークも軽い。

 そこに目を付ければこそ、ウェイナリアは裏ギルドとさえ手を組んだ。

 リガティは既に正気ではない。

 その人が敵が味方か、或いは兵か一般市民か、それさえ判別できるだろうか。

 本人にすら分からないそれは、敢えて言うなれば魔獣の様な危うさを持っていた。

 無論、牙を向けられた際の危険性は新兵器を手にして監獄に赴いた領軍部隊の末路からも明白である。

 そんな危険生物に遭遇した不幸な一般市民は未だない。

 領主と裏ギルドの協力関係が功を奏していた。

 しかし、リガティは敵以外に興味を示していないだけだ。その敵意が何時暴発しようものか……それを放置しておく領主ではなかった。


「ア、アァア……!」


 リガティは足を止めた。

 自らが巻き起こした惨状を顧みた訳でも、正気に戻った訳でもない。瞳孔が開き血走った眼がその姿を捉えた。


「ウ……」


 薄暗い月夜の中でも、強化された感覚が正確に情報を神経へと伝える。

 反射的に、肉体は戦闘準備を始めた。

 脳内には麻薬が流れ、肺はよりエネルギーを燃焼すべく酸素を取り込む。

 そしてレフテオエルの幅の広い路地を、爆発的な脚力で一気に駆けた。

 そして、その先に……。


「ウェ イ ナ リ アァアアァアアァア!!!」


 最後に残った彼の記憶(こころ)

 自分を陥れた憎き女が居た。














何-- - -憎いのだ- う。


何故だ---か - -ない -


- - ---- - -い- - - -か?


わた- -る-- - - -- --- ----?


も---い、お--- てな-- - - --












それが、彼の最後の記憶(こころ)となった。













「アァアアァアアァァアアァアァアアァアアァァアアァ!!!!!」


 声帯から意味の無い叫びを上げながら向かって来る息子を見ても尚、ウェイナリアは動じる事なく覚悟に満ちた瞳をただ真っ直ぐに向けていた。


「素養無き者の末路ですか」


 そして、ウェイナリアは瞳を閉じる。

 周囲を感じ取るのに、最早光は必要無い。


「【伝えなさい】」


 リガティがウェイナリアに飛びかかる。

 最早何を考えている訳でも無く、作戦も無ければ身のこなしというものもあったものではない。

 それでも、常人を遥かに超越したその腕力だけですら人一人殺害するのは容易い。


「【強く、振るえなさい】」


ガァン!


「グガァッ!」


 瞬間、リガティは凄まじい衝撃を以って弾き返され、石畳の道を転げ回った。


「知らないから、身体強化魔法(それ)を使ってしまったのでしょうね。

ならば、最期に教えてあげますわ」


 ウェイナリアは右手を突き出す。

 すると手のひらの大気が震え、揺らいだ。


「魔法使いには素養が必要であるという事を」


 瞳を閉じながら、ウェイナリアは起き上がるリガティを聞き据える。

 その手には一冊の魔法書が顕現していた。

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