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空の魔法使い  作者: テルヒコ
音の魔法使い
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導火線

「危険……?」

「お嬢さん方には少々難しいかもしれんが」


 魔法陣の値段。それは非常に高額だった。

 それこそ、レフテオエルでも無ければまともな数を揃えられない程に。

 ならば何故そこまで値段が嵩むのか。大公領側は答えなかった。

 否、答えられなかった。


「購入を打診すれども、魔法陣を作っていたのは大公領では無かったのですよ」

「では、何者なんですか?あんな危ないの作っているのは」


 ミノーにとって最も重要な事だ。


「それも大公領側は答えませんでした。ですが、何も知らない相手から重要物資を買い付ける様な愚かを、大公領がしでかす筈はありませんわ」


 それはそうだ。ミノーだって知らないおじさんにお菓子をあげようと言われてついて行く訳が無い。


(……それはちょっと違う気もするけど)


「……お嬢、大公領がよっぽど馬鹿ならそれも無い訳じゃあ無い。

ウチからも大公領に何人か送り出してますがね、向こうの人間はまるで何も知らないかの様に噂が出ないらしい」


 どうやら裏ギルド独自の情報網にもかかわらないらしい。連中の正体は結局謎のままだった。


「……話が逸れましたけど、危険っていうのは?」

「貴女は彼らが味方になると思いますか?」

「……当面は心強い武器を卸してくださる味方になりますけど、その後ですか?」


 ウェイナリアは首肯する。


「それはどうでしょう。彼らは確実に隣国にも同じものを売り付けてーー」

「その、更に後ですよ」

「……え」

「我々が戦に勝ったその後……彼らの手元には大国から吸い上げた利益と魔法陣。

目の前には疲弊した国が2つ。さぞかし、やり易い事でしょうね」

「そりゃあ、そうなるって断定できる訳じゃあ無いがね。

ただ金が欲しいのか、治癒院でも建てようってのかも知らん」

「ですが我々の存亡の危機となる敵の可能性。それを看過する事は出来ますまい」

「然り、脅威は脅威。敵になり得る者らに、みすみす力を与えてやる理由は無い」


(なるほど。レフテオエルは、連中が敵になる事を見越して……あれ?)


 レフテオエル側の言いたい事には理解を示したミノーだが、一つ引っかかるものがあった。

 昨日の出来事だ。


「なるほど。そちら側のお考えはよく分かりました。

でも昨日の様子だと、もう既に敵対しているみたいですけど……」


 そう、『敵対する』ではなく『敵対している』なのだ。

 それも『敵だ殺せ』というレベルで敵対しているのは、昨日の出来事からも明白だった。


(だって魔法陣チラッ、でナイフ投げてくるんだよ?ジャカツ(・・・・)か親の仇かっての)


「ええ、先の話には続きがありましてね」


 兵器購入の危険性を察知したレフテオエル側は大公領の命令を拒否したのだった。

 その結果、大公領側は激怒。

 財力の潤沢なレフテオエルならばと持ちかけた話である。それも、ものが画期的で有効なものだけに断られるとは思っても居なかったのだ。

 そして両者の雰囲気は一気に険悪な仲に。


「そんで奴さん、裏で戦争屋と手を組んでお嬢を引きずり降ろそうと画策しやがったのよ。全く馬鹿やりやがる」

「危険性を、大公領側には言わなかったんですか?」

「言いましたわ。『このまま行けば食い物にされるだけ』とね。

しかし大公領やその他の領にはそれ以前の問題があったのですよ」

「大公領の軍事顧問は当主様の忠告に対し『国体が無ければ餌にも成れぬ』と、そう言った」

「……それって」

「そう、魔法陣を持たない公国は、魔法陣を持った帝国に勝てぬのだ」


 レフテオエルの決定に対する大公領側の反発もあながち愚かとは言えない。

 公国は確かに、帝国を相手取って最終的に勝ちを得るだけの国力を持っている。帝国は魔剣を三つ保有しているが、そもそも国としての地力が違う。大領地ならばそれこそ一国に匹敵する力を持つ。公国はそれが幾つも連なった連邦国家である。

 実の所、まともにぶつかり合って公国が負ける道理は無いのだ。

 それも、公平な条件ならの話ではあるが。


「……あんまり()が言うことじゃないですけど、まずいですよね?それ」

「大丈夫ですよ。……さて」


 ウェイナリアが纏う空気が変わる。

 どこか和やかに進んでいた空間が、ピリと張り詰めた。


「簡単な話はここまでよ。この先の話は重要な機密がありますの。敵の敵という間柄には、話せない様な……ねえ?」


 ウェイナリアは暗に選択を迫った。


『選べ。味方になるか。引き下がるか。』


 穏やかな貴婦人の姿は既に無い。傑物特有の、本気の眼差しがミノーを射抜く。


「意地悪などとは思わないでくださいね。

貴女達の置かれた立場があればこそ此度はこうして集まりましたが、子供が遊びで関わる事では無いわ……どうしたのかしら?」


 真面目な話をしていたウェイナリアは困惑した。

 おかしい。自分は目の前の少女に脅しにも似た発言をしていた筈なのだが、当の少女は小さな口元を緩め笑っていた。


「あっ、すみません。なんかマ……父が似たような事を言っていたので」

「……」

「父はあたし(・・・)を仕事には連れて行ってくれませんでした。

最初から、あたしが関わるべき事では無いとか……言ってる事は、よく分かるんですけどね」

「……でしょうね」

「でもあたしも同じことを考えているんですよ。

どうして父や、この子のお兄さんがあんな事に挑まないといけないのかって」

「……そうですか」

「意地悪だなんて思いませんよ。父と同じだからあたしも信用できます。

だからお願いできませんか?超級冒険者並みにはお役に立ちますよ?」

「良いでしょう。よろしくお願いしますわ。ミノーさん(・・・・・)?」


 利害の一致ではない。

 信頼できる味方として、二人は笑顔を以って認め合った。


「ちゃんと笑えばとても可愛いわ」


 ウェイナリアの指摘にミノーはすっと真顔に戻る。

 赤い耳を眺めながら、ウェイナリアは穏やかに笑った。


「では我々の秘策を教えましょう」




「……へえ、凄いです」


 ミノーは素直に驚いていた。

 日本に居た頃ですら実物を見た事が無かったそれ(・・)を、まさかここに来て目にすることがあろうとは思って居なかった。


「惜しかったのは完成が少々遅れた事ですな。

大公領の使者が訪れた頃にこれら(・・・)を見せる事が出来ていたならば……」

「いえ、見せつける機会なら黙っていても巡って来ますわ。

これを以ってして魔法陣を破って見せれば、大公領も考えを改めるでしょう」


(なるほどねえ)


「街にある魔法陣にももう気づいて居たんですか?」


 レフテオエルは戦いの時を待っていたのだ。

 その新兵器が、敵の新兵器を真正面から破る時を。

 故に、街に隠蔽して運び込まれた魔法陣も、泳がせるという形で放置していたのだろうと、ミノーは当たりをつける。


「街にある魔法陣……ですと?」


 しかし、ミノーの質問に対するレフテオエルの四人の反応は予想と違っていた。


「マジか?ミノーの嬢ちゃん」


(……んん?)


「そうですよ?だって……」


 ミノーはポケットから折りたたんだ魔法陣を広げて出して見せた。


「これも、沢山置いてある中から一枚くすね(・・・)て来たんですもん」

「「「「……」」」」


(あちゃー気付いてなかったか……)


「それは……何処にあるのかしら?」

「流石に街中で暴れられては我々もやり辛いのだが……」


 請われてミノーは手帳を取り出す。

 自分の魔法は本来人に見せたいものでは無いが、そうも言ってはいられないだろう。


(それに、味方だしね)


 ミノーはページを破りとる。霧散したページが大きな地図を模った。


「ほお……」

「なんと正確な地図か……」


 ミノーが上空から測量して作成したレフテオエルの地図に感嘆の声を上げる面々。

 それを他所に、ミノーはもう1ページを破りとる。煙が複数の×印の形をとり、地図に向かって宙を漂った。


「魔法陣はここに……ん?」


 ミノーは眉を捻った。

 先程確認した魔法陣の位置を示す×印は港の隅に一箇所に固まったままだった。

 それがどうか。×印は今、地図の上には居ない。

 三日月型の湾が描かれた地図。北を上として描き、湾口は左を向いている。

 ×印は湾口が向く左を遥かに逸れ、地図の外に居た。

 ミノーは卓の上の地図をずりずりと動かしてみる。

 すると×印はずりずりと、地図と寸分違わぬ動きをした。


「この×印のある所に魔法陣があるのかしら?」

「はい、そのはずなんですけど……」

「モロ海ん中だな」


 デフェイルの言う通り、×印のある地図から外れた場所は海洋の只中だ。


「いえ、一つだけ街中にある様子ですが……ここは!」


 一つだけ外れた印を見つけたウォーラスが声を上げる。

 そこに何かあるのだろうか。


「お嬢様」

「ええ、分かっています。申し訳ありません、一度話は後にしましょう。……ジーガ!」

「はっ」

「魔法陣が相手では衛兵の手に余ります。部隊を向かわせなさい。編成は任せます」

「了解しました」

「それとラーゲン提督に取り次ぎ、艦隊を出航させなさい」

「出撃で?」

「ええ、あれ(・・)は湾内で使用するには危険だわ」

「了解しました」


 そしてジーガは素早くその場を辞した。




 茜色の太陽が対岸に沈み、格子窓から覗く光が途切れる。

 リガティは夜の闇に染まり始めた牢獄の鉄格子の先に、女を見つけた。


「やっと来たか」

「感謝くらいはして欲しいわね。しくじって牢屋に入れられたお間抜けさんに手を貸しにきてあげたんだから」

「ふん、煩い女だ、どいつもこいつも。まあ良い、さっさとここから出せ」

「ここからは自分で出て頂戴。じきに船も来るわ」


 そう言って女は魔法陣の描かれた鉄板を鉄格子の向こうに放る。

 そしてやるだけやったといった雰囲気で背を向けた。


「貴様……!」

「まだ誰も使った事の無い特別製よ。【最強】の力、それで十分でしょう?」


 程なくして、女の姿は消える。

 男は陣の描かれた鉄板を手に取る。

 その目に宿る炎。決意と憎しみを乗せ、魔法陣に魔力を注ぐ。

 息を吸い込み、発動の合図を唱えた。


「身体強化!」


 男の声の後、鉄格子が破壊される音が牢獄から響いた。

ルヨちゃん……空気!

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