無音の女傑
夏の日が差すレフテオエル領軍演習場。
訓練と訓練の合間。各々が休憩にぞろぞろと退散する中、ミオレフは今日もまた、昨日の木陰でへばっていた。
「やあレフレフ」
ミオレフが昨日と同じく木陰で休んでいたように、ミノーもまた昨日と同じくひょっこりと現れる。
「こんにちは」
ミノーの後に続くルヨもまた、昨日と同じようにバスケットを持って訪れた。
「お昼にしよう」
昨日と同じように笹で包まれた塊を受け取り、三人で昼食とした。
「今日は鶏ガラチャーハンおにぎりよ」
米食文化はレフテオエルで受け入れられつつあった。
「ミノーはなぜ、ここに来ているんだ?」
三人でおにぎりを摂っていると、徐にミオレフがミノーに切り出す。
ミノーは取り敢えず目だけ向け、おにぎりを咀嚼して飲み下してから口を開いた。
「というと?」
「いや、その……超級冒険者だろう?忙しかったりはしないのかと」
要は『お前は暇なのか?』という事だ。
「んー、冒険者には三種類居てね。
【早起きな奴】と【早起きできない奴】と、【早起きしなくていい奴】ってのが居るの」
「早起き……?それどういう?」
「冒険者は自分で受ける依頼を選べる。これは分かるよね。
でも冒険者同士で選びたい依頼が被った場合、それって早い者勝ちなの。
だから冒険者は朝早く起きて、ギルドが開いたら直ぐに美味しい依頼を勝ち取りに行くんだよ。
だから昼間にギルドに行っても美味しい依頼ってあんまり残ってないんだ。
だからマトモな依頼にありつけるのは大体、【早起きな奴】。
【早起きできない奴】は美味しい依頼は取れないし、そもそもそれが出来ないようなのは冒険者として大成しないっぽいよ」
「なるほど、しかしもう一つは?」
「【早起きしなくていい奴】ね。これ、あたしとルヨちゃんの事」
「【早起きできない奴】は大成しないのではないのか?」
「それは『しない』と『できない』は違うよ。
昼間に残ってるような依頼の中にはね、危険な依頼とかもあるんだ。でもそういうのの報酬は凄く高額いの。
そういうのをこなしてご飯食べれる人の事よ。【早起きしなくていい奴】は」
そう言ってミノーは小さな口で小さなおにぎりにかぶりつく。
「あたしゃしばらく依頼受けなくても大丈夫なのよね」
しばらく依頼を受けなくても良いだけの報酬。勘のいいミオレフではないが、当たりはつく。
今手に持っているのは、ミノーが魔獣を倒して手に入れた金で買った米なのだろうか。
ミオレフは手に持った食べかけのおにぎりに目を落とした。
「誰が作ってもおにぎりはおにぎりだよ、レフレフ」
ミオレフが考えている事を察してか、ミノーは笑いながら声をかける。
「美味しい?」
「おいし〜」
答えたのはルヨだった。
しかし黄金色に色づいた米は鶏肉の旨味が染み渡り、程良い塩気と胡椒の刺激が食欲をそそる。それはミオレフも同意だった。
「……おいしい」
「なら、それで良いんじゃないかな」
小さなおにぎりを一つ食べ切ったミノーは満足げに息をつく。
かと思えばバスケットの中を探って銀色の水筒を取り出し、蓋を開けていつの間にか手に持っていたカップに中身を注ぐ。
透き通る涼しげな茶色。麦茶だ。
「魔獣を倒して手に入れた金貨500枚の内の銀貨一枚で買ったお米でも、そうでなくて安全で美味しい依頼で稼いだ銀貨一枚で買ったとしても、おにぎりの味は変わりやしないよ」
「でも……危険な依頼なんだろう?」
ミオレフの問いかけに、ミノーはカップを呷った。
「ぷふぅー……レフレフ、あたしやっぱりここはやめといた方が良いと思う」
「どうしてそうなるんだ」
「他人事じゃないもの。
ジア・ニーラスで、若い領軍の人が魔獣に殺されそうになってたのを見たよ。
偵察に来てたんだと思う。その時は偶然助けられたけど、あたしが居なかったら彼は死んでた。
君はその人と同じ事をする気があるの?」
「……」
「彼らが何のために命をかけたのか、あたしは知らない。
知らないけど、分からないでもないんだよ。
君は命かけるだけの価値を、今やろうとしてる事に感じてる?
その辺を君がどう思おうと、命を差し出さなきゃならない状況はやって来るよ?」
「その通りですよ、ミオレフ」
三人しか居ない筈のその場に、良く通る女性の声が加わった。
三人の視線が声の方を向く。
そこに居たのは一人の麗人。
その人は少し短めの金髪を風に揺らし、口元には柔らかな笑みを浮かべていた。
しかし決して笑ってはいないその目に、ミノーは見覚えがある。
目つきの問題ではない。その目にあるのは傑物の意志。ベンソンと同じ目だ。
(へえ、意外と若いんだね……見た目は)
予想通りとは言わないまでも最初からこのつもりだったミノーは面の皮を動かさずに目を向ける。
他方、ルヨはポカンとした様子で、ミオレフは更に唖然とした様子でそちらを見ている。
「は、母上!?」
「面白そうなお話をしていますね。わたくしも仲間に入れてくださいな」
ミオレフの母親。レフテオエル伯爵家当主にして、レフテオエル領主。
そして、元一級冒険者【無音】。
三人の前に現れたのは公国一の女傑。ウェイナリア・テナン・レフテオエル、その人だ。
『元、腕利きの冒険者だ。あそこの領主はな』
一つ前の街に居た時の事だ。ミノーがベンソンからその事を聞いたのは。
だからこそ、二人はウェイナリアを警戒すべき人物としていた。
ウェイナリアのその経歴は、二人の敵との関与が十分に疑われるものだった。
片や本部が戦争屋との結託を匂わせる冒険者ギルドの出身。同時に潤沢な資金力を持ち、戦争屋との絶好の取引相手となり得るレフテオエル領の領主。疑うなと言う方が無理である。
無理であるのだが……。
さわさわ
「あら」
ぷにぷに
「まあ」
もふもふ
「まあまあ」
ミノーは面の皮の下に困惑を浮かべながらされるがままにされる。
触感にいちいちリアクションを上げながらミノーをまさぐるのはウェイナリアだ。
そして存分にその感触を堪能した後は……。
「ぷにぷにの、もふもふね」
これである。
『この人、中身は案外ルヨちゃん並みなんじゃなかろうか』と、ミノーは公国一の女傑を前に思う。
しかし当の本人は瞳の奥の光を曲げずにルヨへと視線を上げる。
もみもみ
「にゃっ?」
「……凄いわ」
うん、凄いよね、それ。
一体何食ったらそんなに育つんだろうね?
「初めまして。【黒鉄】さんに【烈風】さん。
わたくしはウェイナリア・テナン・レフテオエル。ここの領主をしていますわ」
と思っていれば、ウェイナリアの方から挨拶をしてきた。
しかしベンソンに並ぶ風格を持ち合わせつつも、穏やかに浮かべた笑みに他意は感じられない。
「近くで見てみると二人共、とても可愛らしいのね」
疑いが晴れた訳では無い。
無いが、ミノーはこの時、ウェイナリアこそそこまで警戒すべき人物では無いと感じ始めていた。
それを確かめる為に自分の頭の中から無邪気さを探し出して、笑顔を作って見せた。
「初めまして領主様。冒険者のミノーです」
「まあ」
ミノーの笑顔にウェイナリアは頬に手を当てて首を傾げ、笑い返す。
「まるでお人形さんみたいね。作った笑顔ほど可愛らしいものですわ」
(……あっ駄目だこれ)
瞬殺だった。
ウェイナリアにはミノーの如何にも自然な作り笑いなど通用していなかった。言う所、意訳すれば『餓鬼が何を腹芸ごっこしてんだ舐めてんのか?』である。
事ここに至り、ミノーはまたしても自らの見通しの甘さを実感する。ベンソンとの時と同じだった。
ベンソンが戦闘に於いて卓越した技量と思考と経験を有していた様に、ウェイナリアもまた方向は違えど同類だったのだ。
ミノーはまたしてもそれに気付けなかった。
(ああ、全く駄目だ)
ミノーはこれまでもそうして来た様に、またしても自分に辟易としていた。
思えばベンソンに指摘されたばかりだった。考えも見通しも甘いのだと。
ただ便利な魔法が使える。ただ死なない体を持っている。だから自分で全て片付けてしまおうとした。
自他に苦痛を伴うという考えに辿り着かぬまま。
今回もそうだ。
便利な魔法。便利な立場。それで状況証拠を集めて見せただけで、物事が全て上手く行くと心のどこかで思い込んでいた。
そして今、ミノーはウェイナリアの鋭さに二の句を継げずに居る。
気付けば顔から表情は剥がれ落ちていた。
「まあ、怖い顔」
ただ鋭い光だけがウェイナリアに向く。
しかし、ウェイナリアは余裕の笑みを崩さずに告げる。
「けれども、大変よろしくてよ。なにせ、魔獣だって退けられるのですもの」
「……」
「貴女も分かっているのでしょう?
結局の所、大きな力は何も生みはしない。それでも、力は振るってこそ意味を持つものですわ」
「……本当にそうでしょうか?」
「もちろん。振るう先が無いならば、わたくしが教えてあげますわよ?」
そう言って、ウェイナリアは手を差し伸べる。
(そうか、甘かったもんねえ……)
ミノーは手を伸ばした。
「父にも同じ事を言って勧誘したんですか?」
そう言って手のひらに乗せられた笹の塊に目を落とし、ウェイナリアは肩を竦める。
「やはり、そう上手くは行きませんわね」
これもまたベンソンから聞き及んでいた事だ。
ベンソンが嵐獣を撃退して間も無く、魔剣持ちが一人として居なかった公国にてベンソンを抱え込もうという動きが広がった。
だが公国には大公という形式上のトップは居るものの、大きな力を持つ各領から形成されるこの国は、とても一枚岩とは言えない。
結果、ベンソンの取り合いには各領の政治的な思惑の飛び交うドロドロとしたものとなった訳で……そこには当然、有力領であるレフテオエルも居たのだ。
「あなたのお父上には地位と女で釣ろうとして、にべもなく断られたそうですわ」
「えぇ……」
地位は分かるけど妻帯者相手に女て。
「ところで、これは何ですの?」
取り敢えずと、ウェイナリアにはおにぎりを食べてもらうのだった。
「……お米ですか。アドベアスからの輸入品ですが、調理次第でここまで美味しくなるのですね」
レフテオエル領主からのお墨付きもいただいた所で、本題を聞いてみる事にした。
「おにぎりも良いですけど」
ミノーはバスケットの中から丸まった一枚の羊皮紙を取り出し、ウェイナリアに向かって広げて見せた。
「こういうのも、どうですか?」
次の瞬間、目の前の地面に小さなナイフが突き立ち、ルヨが直剣を抜き放っていた。
ルヨの反応は凄まじく素早かった。
ルヨは今回、ほとんどミノーについて回るだけだった。
ミノーは仕事と言ったが、ルヨには細かい事はわからない。詳しい事を聞いてもそれで自分に出来る事はほとんど無いだろうから、ただミノーについて行くだけだった。
しかし、それで十分とも感じていた。
細かい事はわからないが、なんとなくミノーにはまた身の危険があると感じていた。
実の所、その点は兄に言い含められてもいたのだ。ミノーに無理はさせまいと、ライは海を渡った。しかし、野放しにする事こそ逆に危うくもあると考えていたライは、妹にミノーの見張りを頼んだのだ。
そして、その時は来た。
何故かその『お姉さん』の動きには音を感じなかった。しかし、それよりも早くに感じていた。
自分の故郷で魔獣や獲物がこちらを見る時に感じるから、分かった。彼らがこちらに飛び掛かってくる直前に感じる圧迫感だ。
優れた耳にも感じられぬ音に違和感を感じつつも、視覚と第六感を頼りに剣を振るった。
金属同士がぶつかり合い、夏空の下に火花が散る。
それなりの衝撃があったにも関わらず、その空間は静寂だった。
(……やっべマジでびっくりした)
「えっ、母上!?」
ミオレフが突然の状況に動揺する一方、ぴくりともしない面の皮の下で緊張感なく驚くミノーはウェイナリアを見やる。
「なるほど、彼らもギルドを通じて相応以上のものを送ってくださったようね」
その場に座しつつ、ミノーを睨みながらウェイナリアは言う。
鑑みるに、ミノーの予想通りだ。
ミノーがウェイナリアに見せつけたのは、港から一枚持ち出した敵の魔法陣だ。
(敵では無いっぽいなあ)
「この分では【紫電】と、あなたのお父上もわたくしの敵なのかしら?」
ミノーの安堵とは裏腹に、ウェイナリアはそうでは無い様子だが。
それを見てミノーは魔法陣の描かれた羊皮紙を丸め、バスケットにしまった。
「ルヨちゃん、大丈夫だよ。この人敵じゃないみたい」
「でも今ナイフ投げてきたよ?」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと話せば襲って来ないよ」
「……むう」
渋々と言った様子でルヨは腰を下ろす。
「きゃ」
……ミノーを膝の上に抱き寄せて。
「良くもそんな事が言えますわね。わたくしは立ち上がる事すら出来ないと言うのに」
「話してないから襲って来たじゃないですか」
ウェイナリアは座ったままに、音も無くミノーにナイフを投擲して来た。
しかし、座したままなのは人一人仕留めるには座ったままで十分だからという理由では無い。
脚が見えない何かに押さえつけられ、立ち上がる事が出来ないのだ。
「それに味方とも決まっていませんし。
……改めまして【嵐獣狩り】の娘、超級冒険者のミノーです。こちらは【紫電】の妹、【烈風】のルヨ」
淡々と口上を述べるミノーだが、その内心はそこまで穏やかではない。
相手は大人だ。決して自分も子供という年齢でも無いが、こう言った駆け引きの経験などある訳も無い。
自分が本当にベンソンの娘で、強い意志か、あるいは明晰な頭脳か、人と話す才能でもあれば自信も持てただろうか。
上手くいくかどうかでは無い。一領主に向けてここまでやっておいて、後戻りは既に出来ないのだ。
怖い。
しかしだからこそ、ミノーは自分の中で最も説得力のある顔を出来た。
「あなたの敵の敵ですよ」
意味を持たない表情に、眼光だけが一段と映える。
ミノーの言葉に、レフテオエルの領主は息を呑んだ。




