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空の魔法使い  作者: テルヒコ
音の魔法使い
43/61

領軍の動向

 自分には何も出来ない。

 『もっと良いこと考えよう』なんて言われてもどうして良いのかなんて分からなかった。

 それでも、今自分は自分のすべき事を探さなければならないと思っている。

 しかし自分は何も出来ないのだと、この一週間で何かを試してみる度にその事実を突きつけられるだけだった。

 今だって、母に頼み込んで参加させてもらった領軍の訓練にまともについて行けず、こうしてへばっている所だ。

 そこはレフテオエル領軍演習場の一角。

 ミオレフは植え込みの木陰を仰いでいた。


「あちらに」

「あ、分かりました。ありがとうございます〜」


 そんな演習場(端的に言えば大きなグラウンド)の端に場違いな高い声が鳴る。

 ミオレフは何事かと起き上がり、そちらに顔を向けた。


「あれ、レフレフなんか痩せたね?」


『いや、お前程じゃない!』


 と、思わず口に出しそうになったミオレフを責める事はできない。

 ここしばらくの自分の在り方を変えるきっかけ(というか原因)となった人物。その人であろう事は確かだ。

 風に靡く黒い髪も、睨まれて竦み上がったあの黒い瞳も、鉄傘の魔剣も、他にそんな人物は居ない。

 のだが、記憶にある姿とは随分と違う。


「何が……あったんだ」


 彼はそう呟くしかなかった。

 領軍の過酷な訓練に参加して痩せた位ならまだ可愛い。

 だが、ものの数日で少女が幼女に変身しているのは一体どういう事なのか。


「寝て起きたらなんか縮んでた」


 彼の呟きを拾ったらしい幼女はしれっとした様子で答える。


「そんな事よりご飯にしよう」


 知人の変貌の衝撃のあまりミオレフは気がつかなかったが、演習場を訪れたミノーの後ろには黒狼獣人の女性がバスケットを持って佇んでいた。




「どう?調子」


 ミノーは木陰に「よっこいせ」と腰を下ろす。見た目に反して幼女らしい溌剌さなどカケラもない。

 ルヨはそのすぐ後ろにぴたりと陣取り、ミノーを撫で回し始める。

 ミノーはされるがままにしつつも、真っ直ぐに視線をミオレフに向けていた。


「随分頑張ってるみたいだけど」


 ミオレフは先日の一件でミノーから(面白半分で)本気の説教を食らって以来、どうやら改心して活動をも改めたらしい。

今こうして領軍の演習場に居るのも自分を律しようと、その訓練に参加していたからだ。

 しかし、彼は現状に不安を感じていた。


「いや……頑張っても人並みにすら出来ない事ばかりだ。

僕は何も出来ないまま……この先も……」

「そうかな?」

「そうさ。訓練には全くついて行けないし、部隊長にも向いてないとはっきり言われたよ。『やめておいた方が良い』とね」

「あたしも、やめといた方が良いと思うよ」


 ミオレフはミノーのはっきりとした物言いに奥歯を噛み締める。

 自分で言っておいて、更に言われて分かっていた筈だが、それでも悔しかった。


「ねえレフレフ、君あたしが言った事分かっちゃいないでしょ?」

「なっ、そんな事は……!」

「分かってないよ。考えてないもの。考えれば分かる事をさ」


 ミノーはふてぶてしくルヨに体を預けつつも、優しげに笑う。

 今は追い詰める時じゃない。


「レフテオエル領軍。ブルーニカ領軍と大公領軍に並ぶ、この国最強の軍隊。そこの訓練について行けないからって人並みの事が出来ないっていうのは、ちょっと違うと思うよ?」

「確かに……」

「世の中の大概の人はさ、無理な事やって生きてる訳じゃないの」


 そう言ってミノーはルヨが持ってきたバスケットを開ける。

中には緑の葉で包まれた塊が詰まっていた。


「それっ」


 ミノーは掛け声と共にそれをミオレフに放り投げる。

 ミオレフは咄嗟に手を出して受け止めた。


「はい、ルヨちゃん」

「ありがとう」


 ミノーはルヨにもそれを手渡し、自分の分もバスケットから取り出す。


「……これは?」

「おにぎり。具はツナマヨしか無いけど」


 そう言ってミノーは包んでいた笹を剥ぎ取り、自分用に拵えた小さめのおにぎりにかぶりつく。

 ルヨとミオレフもそれに倣い、食べ始めた。

 ツナマヨおにぎりは異世界でも受け入れられた様だった。


「そういえば君達は何故ここに?」


 今更ながらミオレフが問う。

 昼食を摂った三人は相変わらず木陰で食休みだ。

 ……ただ一人ルヨだけはミノーを愛でるのに忙しい様子だが。


「そりゃあ、お友達とお弁当食べに」

「……」

「ここでは仲良し同士でご飯食べたりしないの?」

「い、いや、そんな事はないが……」

「ないが?」

「……いや、何でもない」


 段々と訳が分からなくなってきたミオレフに対し、ミノーは穏やかな笑みを顔に貼り付けるばかりだった。




 しばらくして、二人は演習場を後にした。

 道行くミノーは人目も憚らず、黒い長髪と鉄傘を輝かせながらマイペースな歩幅で進む。


 仕方ないじゃん、元から長くない足が余計に短くなっちゃったんだから。


「……ミノーちゃん、これ本当にお仕事なの?」


 後ろからルヨが不満を口にする。

 それも尤もなもので、そもそも二人はミノーが仕事をすると言うから未だにレフテオエルに滞在しているのだ。

 しかし今しがたやってきた事と言えばルヨからすれば見知らぬ男と昼食を摂っただけ。

 会話の内容もそれらしいものがあった様には思えなかった。

しかし、ミノーはあっけからんと答えて見せる。

 

「もちろん」


(彼のお母さんなら、あたしに興味深々だと思うよ。それに領軍の様子も、興味深い)


 ミノーはルヨに背を向けたまま、口だけを歪めて見せた。




「ふああ……」


 ルヨが今宵幾度目かのあくびを上げる。

 その日の太陽はとっくのとうに沈み、街全体が眠りについている。

 元いた集落では兄と共に早寝早起きの、実に規則正しい生活を送っていた少女だ。

 照明器具と夜更かしに慣れないルヨはこれまた幾度目かの言葉を上げる。


「ミノーちゃん、もう寝ようよ〜」


 対してそこにいる幼女は現代日本人並みの不摂生には慣れきった人物。

 ミノーは胡座をかいた膝に両の肘を突いて手の上に顎を乗せ、床に広げた紙面に視線を落としていた。

 一拍の後、その視線だけはルヨを向く。


「先、寝てて良いよ?」


 そう言うとミノーは再び床に目を落とす。

 床に広げられた大きな紙。それは簡易なものだが、ミノー自作のレフテオエルの地図だ。

 ミノーはそこで、地図の上から意中の人物達を見張っていた。




 今更だが、ベンソンとライが赴いている例の件。それは戦争屋による究極魔法の模倣の阻止だ。

 連中が扱う誰でも魔法が使えるようになる魔法陣。それは非常に危険なものだ。

 手加減と油断があったとは言え、ブルーニカでは魔人であるミノーが一度殺されている。

 尤も、あの時は他に魔道士が居たり不意打ちをされたりもしたのだが。

 しかし危険に変わりはない。そして今尚、模倣された魔法陣は増え続けているのだろう。

 戦争屋としてはその名の通り、戦争で利益を上げたいに違いない。

 そしてその市場として望まれているのが、ここフォーネン公国と隣のエディンフェル帝国だ。

 二国は未だ衝突には至って居ないが、悲しい事に最早時間の問題といった様子だ。

 そしてその時になれば、究極魔法の需要は必ず発生する。

というのが現ブルーニカ冒険者ギルドマスター、ガルソーの見立てだ。

 連中が狙うであろう陽灼魔法と流星魔法は、一撃で結界諸共街一つ吹き飛ばす様な魔法だ。

 そんなものを易々と模倣させてはならない。

 究極魔法の模倣の阻止はミノーも賛成するところだ。

 が、それは良いとしても問題がある。

 その仕事はいつ終わるのか。

 依頼に赴いたのはあの(・・)ベンソンとライだ。実力的には申し分ないだろう。

 彼らならば戦争屋の暴走を止められる。それはミノーも信じていない訳では無い。

 しかし一度阻止できたとして、それで終われるだろうか?

連中が究極魔法を、超が付く凄腕の冒険者を相手にするのでは割に合わないとでも思っているならそれで良い。


(でも究極魔法なんだよね……)


 だがこの世にたった四つしか存在しない戦略レベルの魔法だ。

 それが手の届く所にあって諦めるものだろうか。


(諦める訳が無い。採算なら幾らでも取れる)


 大きな代金(犠牲)を支払ったとしても、魔法陣を模倣できたならその分買い手に吹っかければ良い。何せ、それさえあれば戦争に勝てる。消費者は言い値で買うだけだ。

 いや、販売価格など些細な問題だ。

 戦争屋が究極魔法を手に入れる。それ自体が彼らに利益をもたらす。

 彼らが究極魔法を手に入れて、最終的にどうするつもりか。

 それ自体は置いておく。どうせ阻止するのだ。

 ミノーにとっての問題は、依頼を受けたベンソンとライが彼らを阻止し続けなければならないという事だ。

 それは一体いつまでなのか。戦争が勝手に終わり、究極魔法の需要が無くなるまでか?

 いや、そうでなくとも連中が究極魔法を欲さないとは限らない。その先もずっと続くかもしれないのだ。

 いつまでも危険に身を置き続ける二人も、その間家族と引き離されたままのルヨも、ミノーにとっては看過できない。


(まったく、だからあたしだけ行っとけばよかったんだよ)


 だからミノーは未練たらたらだ。

 しかしそれは過ぎたこと。それに、別の方向から現状を打破する方法も無いでは無い。




 ミノーは地図上の幾多の▽印と、その上に浮かび上がった名前を眺める。


フェガイ・ラーゲン(第一艦隊司令)

アルマイダ(第二海兵部隊長)

ビットニオ・ウォルカ(艦長)

etc…


 そこにあるのはどれもこれも、領軍の重要人物ばかりだ。

そして、地図上のある一点には×印が幾多にも重なっていた。

 それをじっと眺めるミノーは困惑の表情を隠しもせず、首を傾げる。


「おかしい。どういう事?陣はもう来てる(・・・・・・・)のに」


 そもそもミノーは何故ここで戦争屋の手掛かりを探す為に留まっているのか。

 それは『ここは必ず連中と繋がっている』というベンソンの触れ込みからなどではない。

 ミノーはこのレフテオエルには既に魔法陣が運び込まれている事を知っていた。


この前(・・・)見つけた魔法陣に付けたマーカーは動いてない」


 ミノーの言う『この前』とは、ライとルヨの兄妹がレフテオエルを訪れた日、その真夜中の事だ。

 意図的に領主の息子であるミオレフに接近したミノーはあの後、ミオレフから手掛かりになりそうな情報を聞き出した。

 少々前……ミノーがこの世界に来たか来ないか位の頃だが、レフテオエル領主の元に客人があったらしい。

 その客人は数人居て、中には大公領からの使者も居たという。しかしその他が何者か分からなかった。

 怪しい。

 その後の事をミオレフはあまり知らなかった。

 しかし、客人の対応には領軍の関係者も幾人か携わったという。

 怪しい。

 話を聞き、ミノーは確信した。


『ああ……これ絶対戦争屋(あいつら)来てるわ……』


 そしてそれと同時に、自らが終わりの見えない依頼に挑みつつあるという問題にも薄々気がついていた。

 というより、だからこそ手掛かりを求めて探りを入れてみたりしたのだ。

 しかしそれ以上の情報は無い。

 ミオレフに好みの女性のタイプを聞いてみたり、領主である彼の母の事など差し障りの無い話をして別れた後、早速現物(・・)を探してみる事にした。


 で、案外簡単に見つかってしまった。


 魔法陣は中身をくり抜いた木材の中にぎっしりと詰め込んで偽装され、海伝いにレフテオエル領へと運び込まれていたのだ。

 ミノーは運び込まれた鋼板型やら紙型やらの魔法陣のいくつかにマーカーを取り付け、行方を見守る事にした。

 その場でそこにある魔法陣の全てを破壊して海の藻屑にしてしまうのは簡単だったが、自分がレフテオエルを去った後にもう一度運び込まれて終わりだろう。

 加えて、それでは連中の尻尾を掴めない。

 欲しいのは魔法陣が繋がる先だ。

 そしてそれから一週間。

 魔法陣に付けたマーカーに動きは無い。

 ×印は地図上の港の一箇所に固まったまま、海に浮いている。

 だが動きが無いのは魔法陣だけでは無かった。


(昼間、何処の部隊も魔法陣なんて使って訓練してなかった。

魔法陣の秘匿の為に人目を避けて夜中にでも訓練するかと思えば、マーカーを付けた限りでは何処の部隊も動いてない)


 地図上では人物を示す▽印が疎らに点在している。昼間は活発に動き回っていた筈の▽印は、先程から殆ど動かない。

 大体が自宅或いはそれに準ずる寝床に就いているのだろう。


(まさか、いくらなんでも訓練無しでいきなり実践で使うなんてのは……そこら辺素人のあたしでもバカだって分かる。流石にその線は無いでしょ)


 魔法陣は確かに強力な武器になる。

 だが、元から魔法を使える者は少ない。

 ぶっつけ本番で魔法を使ってみるとしても、そう上手くいくものだろうか。普通に考えて上手くいく訳が無い。

 そんなバカを、かのレフテオエル領軍がやる訳が無い。

 ならば、また別の理由かとミノーは考える。


(もしかして魔法陣が使い捨てとか、領軍に引き渡されてないだけとか……いやだとしても、あんなとこに一週間も放置しておく訳が無い)


 また別の理由があるのだろう。

 しかし何かおかしい。何処か引っかかりを覚える。

 ミノーは視線を×印に戻す。


「……そっか、おかしい」


 ミノーは地図上から▽印を全て霧散させる。

 そこには幾多にも重なった×印だけが残った。


「あんな方法で、運んでくる意味が無い」


 今になってミノーが引っかかりを覚えたのはそこだ。

 魔法陣とてミノーが確認したものでは、そこまで大きなものは無い。運搬方法ならいくらでもある筈だ。

 わざわざ運搬の面倒な木材と同じ扱いをしなくとも、馬車にだって簡単に積めるものだ。

 海運も確かに利点はある。一度にたくさん積めるし、大きなものだって運べる。

 だがそれなら、普通に貨物船に積めば良いだろう。

 それなのにわざわざ、木材に……そう、偽装して運び込もうというのか。

 このレフテオエルにいる誰にも(・・・)見られたく無いかの様に。


「魔法陣は……レフテオエルが気付かない内に運び込まれいる……?」


 何故、レフテオエルに気付かれない様に魔法陣を運び込むのか。

 ミノーは一つの可能性に至る。


(まさか……)


 ミノーは昼間の光景を思い出していた。

 ミオレフが参加していた部隊は、それはもう随分と気合の入った訓練だった。

 地図を確認して見れば、マーカーを付けた部隊長やら指揮官やらはせわしなく動き回っていた。

 ここの領軍は何時でもこんなに活発なのだろうか。……もしそうでないなら……。


「レフテオエルと戦争屋(あいつら)は敵対しているの……?」


 疑問の残る独り言。

 しかし、ミノーは心中でほぼ確信に近いものを感じていた。


「『やめておいた方が良い』、か……」


 ミノーは昼間の友人の話を反芻した。




「ひょやぁっ!?」


 驚きの声と共に、ミノーはひょいと持ち上げられる。


(わわわわ脇は弱いんだ!)


「寝よう?」


 ミノーを軽々と持ち上げる声の主は言わずもがな、ルヨだ。


「お、おろしてぇ〜」

「うん」


 降ろされた。ベッドの上に。


「おやすみ〜」


 かと思えば、同じベッドでルヨが寝始める。

 ……ミノーの顔を豊満な母性に包んで。


「……」


(セミダブルの部屋に替えてもらおうかしら?)


 シングルベッドが一つ寂しげに鎮座する部屋の中、ミノーもルヨに続いて眠りについた。

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