納得の行くまで
「えっ、帰らないの?」
ルヨの言にミノーは目だけ向けて「うん」と首肯する。
「なんで」と当然の疑問を口にするルヨから視線を前に戻し、屋台の主から魚のフライを挟んだサンドを両手に受け取る。代金の銅貨は支払い済みだ。
「ありがとーおじさーん」
「おう、また来な嬢ちゃん!」
とりあえず万遍の笑顔を貼り付けて屋台を後にする。
この分厚い面の皮を自在に動かせるのだから、我ながら器用なものだと幼女は頭の中で独り言ちる。
「はい、ルヨちゃんの分よ」
数日眠った上で起きてそのまま飛び出してきた帰りで空腹とは言え、流石に両手に持ったサンドは縮んだ腹には収まらない。
「わっ、ありがとう。……ねえ、誤魔化してない?」
「後で話すよ。人の居るところでは駄目。
……とりあえず座ろう?立って食べるのはお行儀悪いよ」
(あたしはお腹が減ったのだ。……と、思っていた時期があたしにもありました)
「……お腹いっぱい」
そう言うミノーの手にはまだサンドが半分以上残っている。
(思い出した。あたし小さい頃少食だったわ。
回転寿司なら3皿で満足するような子だったね。今……もとい、この前までならなんとか6皿はいけた。……はず)
育っても結局少食だった。が、退行した姿のミノーはそれに輪を掛けて少食だ。
「大丈夫?具合悪いの?お腹とか痛い?」
ミノーが未だ食べきれないそれと同じものをぺろりと平らげたルヨが食の細さよりも体調不良を疑う程だ。
「普通にお腹いっぱいなの」
「ちゃんと食べないと大きくなれないよ?」
「いやあ、普通になれないと思うなあ……」
(一九歳、幼女です。成長期は終わりました。残念残念。……ん?いやもしかして)
「ルヨちゃんは魔人になってからも成長したの?」
「うん。ずっと昔、小さい頃になったみたいだから」
「へえ」
ミノーは手元に目を戻し、少しずつ食べ進めていった。
元の体も別に悪くは無かったが、もう少しすらっと背が高くても良かったと思っている。
少しくらいの希望は抱いても良いかもしれないと、なんとか栄養源を腹に詰め込んだ。
「うぶっ……ごくん」
食育とは厳しいものである。
「幼女一日目、128cmと……」
ミノーは手帳にコリコリと記録をつける。
宿の部屋の中、ミノーの横には身長計がそびえ立っていた。
どうせなら以前よりも高身長を目指そうと、その足がかりとして成長の記録をとる事にしたのだ。
ルヨが面白がってミノーの真似をし、身長計に乗って頭の上に目盛を合わせる。
「読めない……」
身長計の目盛はこちらの世界のものではなくアラビア数学だった。
「183.5cmだって」
ミノーが読んで見れば、かなりの高身長だ。それもルヨの場合、ただ単に背が高いのではなくスタイルすら完璧なのだ。
「良いね、背が高いってかっこいい」
「うーん、ミノーちゃんもボクと同じくらいあったよ?」
「ん?160cmも無かったよ?」
「覚えてない?魔剣飲みこんだときのミノーちゃん、背が伸びてたんだよ?」
「……へえ」
手に持った鉄傘の魔剣をじっと見つめていると、しなやかな長い腕が横からするりと鉄傘を攫っていった。
「食べちゃだめ」
「先っちょだけ」
「だめ」
「ちゃんと食べないと大きくなれないんだよルヨちゃん」
「今のままでもぷにぷにもふもふしててかわいいよ?」
「……えっ?」
今までライの事を愛らしい見た目とふわふわとした犬(実際には狼)耳から『もふもふ』などと言って程々に愛でていたミノーだったが、ルヨから見たミノーもまた大体同じなのだ。
そして背が縮んだにも関わらず、元から腰程まであった長髪はどういうわけか全く短くならなかった。
これが本人からすれば『もさもさ』として邪魔なものなのだが、どうにもルヨからしたら『もふもふ』の範疇らしい。
「……うん、まあ、うん。さて、それはさておき」
色々と思うところはあるが、それよりもとミノーはいかにも真面目そうな顔を貼り付ける。
「ライ君が代わりに行ったってことは、あたしが受けてた依頼の内容をルヨちゃんも知ってるって事で良い?」
「うん」
「なるほどなるほど。じゃあさ、それの関係であたしはここで一仕事してから帰るつもりなんだけどーー」
「やる」
ミノーがどうするかと問うよりも早く、ルヨは答える。
ミノーは微動だにしない面の皮の内で、やはりかと息をつく。
「うん、じゃあお手伝いよろしくね」
本当は気が進まない。
何せ二人の見た目は全くの真逆だが、ルヨはまだ十五の少女だ。
しかしライを行かせた手前、ここで駄目だと言っても話が拗れる。
正直、正直な話、この後の仕事も荒事無しとは行きそうに無い。
(だからせめて、その時が来たら迷わないようにしないと)
あまり甘い事を言っている場合ではない。
実の所、元の依頼とて最終的にはベンソンに任せず自分一人でやってしまうつもりだった。
自分一人で敵を無力化する。目的の為に命のやり取りはしない。
つまり戦う気が無かった。
しかし、それが出来る事を証明する為の手合わせではベンソンには負けたも同然。
ミノーはどこかでそれを戦いに変える必要があるのだ。
ベンソンを殺そうとしたように。
結果自分が殺されるくらいの事はどうでも良いという考えは相変わらずだ。
しかし、結果ルヨに無理を強いる事があるならば……。
秤に掛けて考えるまでも無い。
次の仕事は戦いになると、ミノーは目に暗いものをたたえた。
「あ、でもお金が……」
「あ、そこは気にしないで大丈夫。あたしが出すから」
「うう……ごめん」
「気にしないで大丈夫。お金なら結構持ってるんだよ?それこそしばらく遊んで暮らせる位。
あ、じゃあ明日からタイトルは『空魔法と魔剣の力で最強だけどお金の力で遊んで暮らす』とかどうかな?」
「ミノーちゃん」
「ん?」
「そういう事言っちゃダメってお兄ちゃんが言ってた」
マジかよライ君。




