兄妹
「(気を付けて、あんまり音を立てるんじゃないぞ)」
「(わかってるよ〜。お兄ちゃんこそ気を付けてよね)」
僕ら兄妹は今、狩りの最中だ。
「(今の音、それなりに大きい木が倒された音だ。結構大物の鬼熊かもしれない)」
「(絶対持って帰ろうねお兄ちゃん!)」
僕ら兄妹は耳が良い。里ではたった二人だけの獣人で、他の人はみんなエルフだ。獣人だから耳が良いらしいのだけれど、エルフや他の人達はこれ以上耳が聞こえなくて生活に支障は無いのだろうか?
おっと、それよりも今は鬼熊だ。鬼熊は草食の大型の獣で、肉はちょっと癖があるけれど脂が乗って美味しいし、毛皮も街では売れるらしい。
ただ、非常に獰猛で好奇心旺盛。そして地味に賢い。だから草食の癖に遊びで他の獣や人を襲ったり、木を薙ぎ倒して遊んだりする。
害獣だけに狩らない理由は無い。だが狩るにはそれなりの腕が必要な獲物だ。妹のルヨは剣術もそこそこに、とにかく腕っ節が強い。僕ことライは雷魔法の腕にはそれなりの覚えがある。
そして獣人とあって二人共に耳が良いらしいので、集落では専ら狩り担当というわけだ。
そんな考え事をしていたものだから、ルヨに急かされてしまった。
「(お兄ちゃんっ、早く行こうよ。美味しいお肉が逃げちゃうよ〜)」
「(こら、焦らない。それにあんまり獲物を甘く見るんじゃない。油断した時ほど危険なものだ)」
立派に育ったように見えて、中身はまだまだそそっかしくて、手放しでは見てられない子供だな。
「(むう、わかった)」
「(よろしい、行くよ)」
兄として、僕がしっかりしなければ。
◇◇◇
音のした方向へと警戒をしながら進んできた。音の距離からして、獲物が移動していればそろそろ出くわすやもしれない。
木々が立ち並びつつも、鬱蒼としておらず、意外と遮蔽の少ない森だ。相手は足の速い獣。用心に越した事は無い。
もっとも、ルヨなら鬼熊よりも早く走れるだろうが。
「(お兄ちゃん、あそこ!)」
一足先にルヨが見つけたようだ。やはり目線が高いと見える景色も広いのだろうか。
「……なんという事だ」
目に飛び込んできたのは力なく横たわる黒い巨体。そしてその目の前に倒れた、自分達に酷似した髪の色をした少女だった。
「ルヨ、ここで待ってなさい。僕が様子を…」
「ダメーッ!熊が起きたらどうするの!お兄ちゃん絶対ケンカとか弱いでしょ!」
妹よ……一足先に立派に育ってしまって……。僕の成長期はいつ訪れるのだろうか。
「分かった、一緒に行こう。剣はいつでも振れるようにしておくんだよ」
「うん」
さて、こんな所に熊と少女が同様に倒れているなど……奇妙な事もあるものだ。
慎重に近寄ってみると、鬼熊は額から血を流して事切れていた。
少女の方からは静かに呼吸の音が聴こえてきた。まだ生きている!
「君!大丈夫か!」
「ど、どうしようお兄ちゃん!」
揺さぶりながら声をかけてみれば、小さく呻き声が上がった。
「ンッ、ウウ……」
更にはたどたどしい動きで起き上がろうとした。しかし体力が残っていないのか、すぐに倒れそうになる。
「危ない!」
なんとかルヨが抱きとめるが、少女はひどく衰弱している様子だった。
「ルヨ、鬼熊は後にしよう。急いで里に運ぶんだ」
「うん!」
少女をルヨに任せ、僕らは里へと急いだ。