虚空の魔人
雷は魔人を貫く。
破裂音にも似た衝撃と閃光は一瞬の事だったが、対象の体組織を内側から焼き焦がすには十分だった。
ミノーは体から煙を上げ、喀血する。体が揺れ、その場で前に倒れ込むかと思われた。
が、まだ意識が残っていた。
片足を踏み出し、なんとか片膝を砂地に突いて踏み止まる。
膝を突いたミノーは最早痛みすら感じていないのか、無表情を崩さず冷たい目で三人を見ていた。
「ミノー」
「うるさい……」
ライがミノーの名を呟く様に口にすると、初めてミノーから反応があった。
ミノーの姿は正に満身創痍だ。
左腕は肘から先が無く、雷撃により所々に焦げ跡が付いた体表のみならず、体内組織すらボロボロの筈だ。
それは追い詰められたが故の虚勢とも取れた。
「ミノー、もう良いだろう。君は望むようにやるだけと言った。けれどこれ以上は……君が望んだ事では無い筈だ」
ライが歩み寄るが、ミノーは冷たい目を崩さない。
確かに、言ったかもしれない。だが……。
「望んだものに意味なんて無かった。もうどうでも良い」
「それなら」
ライは身を屈め、膝を突いたミノーに視線を合わせる。
「何が、君の望みなんだ?」
その時、ミノーは漸く気が付いた。
(何も……無い)
ライの問いかけに対する言葉が紡げず、視線を彷徨わせる。
すると、砂浜に突いた自らの手が目に入った。
真っ白だった。
ただ手の形をした輪郭だけがあった。
腕を上げて掌を返して見ても、真っ白の……ただ輪郭だけが残っていた。
「え……」
目を離してみると手だけでは無かった。
周囲に広がる砂粒も、砂浜に押し寄せる波も、その先の水平線も、空も何もかも……その輪郭だけを残して、真っ白で無価値な世界に変貌していた。
「あ……あぁぁ……」
一切の価値無き世界。白い闇。
どこか見覚えのあるこれは、幾度かミノーが見てきたものだった。
世界が消える感覚。死の感覚。
ミノーの眼前に広がっていたもの。それは絶望だった。
「ミノー」
「ライ……君……」
声のした方を向いて見る。
青い瞳が、真っ直ぐにこちらを見ていた。
絶望の恐怖が、人を一つ大人にした。
「助けて……」
「分かった」
ライはミノーの頭を抱きとめる。
小さな雷が走り、ミノーの意識は沈んでいった。
ごめん。
良いよ。ちゃんと、僕を頼ってくれたじゃないか。
……ごめんね。
良いんだ。ミノー。
あたしは、どうしたら良かったの。
今みたいに、したら良かったと思う。
あたしには難しいよ。人に助けを求めるなんて。
でも、ちゃんと出来たじゃないか。
……あたしは魔人になって、人には出来ない事が出来るようになった。
それで、自分でなんでも出来るようになった思った。
でも、力にばかり頼ったらどうなるか。分かっただろう。
うん。でも、だから……マスターが心配だよ。
マスターは強いよ。凄く。
なのにあの人はあたしと違って、普通の人間なの。ちょっとした事で取り返しのつかない事になる。
だから……。
その通りだよ。
だから、僕が君の代わりに行く。
どうして……それなら、あたしが行く。
ミノー、君には一度、緑の高台の里に行って欲しい。
君には実感が無いかもしれないが、君は君が思う以上に重大な存在なんだ。
それに……。
それに……?
君は望むようにやるだけと言ったね。それは僕も、みんな同じなんだ。
だから少しだけ、僕の願いを聞いてくれないか?
……。
頼む。
分かった、良いよ。
でも君だけじゃ心配だから、あたしも連れて行ってもらう。
ミノー、それは……。
ライ君は人の心って、何で出来てると思う?
人の心?
うん。あたしさ、さっきまで心っていうものを忘れてたんだと思う。
でも頭は冷静で、ものも考えてた。
なのに、マスターもライ君もルヨちゃんも、何とも思えなかった。全部、忘れてたの。
あたしは、記憶だと思うな。
ミノー……。
持って行ってよ。
こんなあたしでも偶には、役に立てる筈だからさ。
「ありがとう」
元の背丈に戻ったミノーの頭を抱きとめたまま、ライは小さく呟いた。
眠ったままのミノーをルヨに預け、ライは魔剣を拾い上げる。
四人は戦いの跡が残る砂浜を後にし、レフテオエルの街に足を向けた。
砂浜「誠に遺憾である」




