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空の魔法使い  作者: テルヒコ
虚空の魔人
38/61

紫電と烈風

 四方を取り囲む放電の壁。

 閃光と破裂音が鳴り止まないそれは、恐ろしく目障りで耳触りな檻だ。

 なんとか退かそうと真空の通り道を作ってみるが、雷のカーテンはその場に縫い付けられた様に動かない。

 しかしだからと言って、無理矢理押し通るのもなんだか癪だ。

 鋼魔を呑み込んだ空魔は記憶を手繰る。

 それは徐に自身の身体を変質させ、そして、雷の檻に手を伸ばした。




 ライは異変に気付く。

 自身の力で固定した筈の雷が、予想外の力にその支配を外れた感覚がした。身体が痛みを訴えるが傷は無い。ミノーが『魔法が剥げる』と表現するものだ。

 異変の元に目を向ける。

 よく知る顔だが、その姿は記憶とは大きく異なる。

 比較的小柄だったはずの体躯は彼の妹に比する程の長身へと変貌し、黒く艶がかった髪は鋭利な光を放つ銀色のものに変質していた。

 そして髪と同じ色をした手は、平然と雷の檻に触れる。

 雷の檻はその勢いを失いつつあった。


「雷を……喰らっている……?」


 遂に檻は完全に消え失せた。

 黒い瞳はベンソンを見、ライを見、ルヨを見、最後に怠そうに肩を竦める。


「ベンソンさん、彼女はミノー……なんですか?」


 ライの疑問も無理はない。

 今のミノーは姿も違えば行動もおかしい。

 先程の一撃、明らかにベンソンを殺す気だった。それもなんでもない様子に。

 ベンソンを気にかけるあまり彼に勝負を挑んだミノーがだ。


「ああ、確かに彼奴はミノーだ。しかし、正気ではない」

「それは、あの姿と関係が?」

「魔剣を……取り込みおった」


 ベンソンの言にライは小さく唸る。

 魔剣。それは魔獣により生み出された装備。

 魔獣の授けるそれは人に大きな力を齎らし、折れようとも砕けようとも一定不変の姿をとる。まるで魔獣のように。

ミノーが持っていたのは鋼獣の鉄傘。

 それを取り込むなどと、そんな事が可能なものか、はたまたミノーだから可能だったのかも分からないが……。


「またそんな無茶を……」


 普通はそんな事、できたとしてもやらないだろう。

 だが戦いも、戦いにおける手加減も、ミノーは言わばその点素人だった。

 だからミノーはベンソンに勝てなかった。

 しかしそれでも尚、ミノーはベンソンを信じ切る事が出来なかった。

 だから、鉄傘をその身に呑み込んだ。


「すまんがお前達、彼奴を止めてやってはくれんか?」


 ベンソンは二人に願い出る。

 本当なら自分でなんとかしてやりたい問題だ。だがそれでも、ベンソンはミノーより大人なのだ。

 幾度と命をかけてきた事はあったが、その必要がある時とそうでない時は分かる。そしてそんな時、どうすれば良いのかも。

 尤も、それが分かったのは割と最近だったりするのだが。


「分かりました。……ルヨ!」

「うん!」


 ベンソンは下がり、ライとルヨは進み出る。


「行くぞ」


 ライの掛け声に合わせてルヨは直剣を構え、ミノーに向かって爆発的な加速を見せた。




(速い!)



 ルヨの動きにベンソンは眼を見張る。

 ルヨの動きは嵐獣の双剣の力で加速したベンソンのそれに匹敵する速さだったのだ。

 ルヨは文字通り瞬く間にミノーに迫り、剣撃を繰り出す。

初撃は鋼色の腕に防がれる。

 が、間髪どころか息もつかせずに二発目三発目と、剣に脚も混じえて繰り出される。


「にゃ」


 突然、ルヨの動きがずしりと止まる。

 大気を水質化させる空魔法だ。

 一瞬出来たその隙にミノーが反撃に移る。

 鋼の拳が振り上げられた。


「えい」


ズドッ!


 しかしその瞬間、ミノーは凄まじい力で背を引かれ、砂埃を上げて砂地に叩きつけられる。

 ……いや、背を引かれたのではなく前から押されたと言った方が正しい。

 何せ、背中にかかっていた気圧が消えただけなのだから。

 ルヨは一度距離をとる。

 合間を埋める様にして、砂煙の中に放電の光が降り注いだ。

 ライの操る雷の魔法だ。


「それが彼奴(・・)の……お前達の力か」


  ベンソンの問いに、ライは小さく反応し、口を開いた。


「そうです。僕達の力はあなたの双剣と同じ。嵐獣の化身……それが僕達です」


 二十年前にジア・ニーラスに襲来し、猛威を振るった嵐獣。

 それは多大な犠牲の爪痕を残し、ベンソンによって討たれ、魔剣を残して去った。

 魔人たる彼等は嵐獣の力を……ひいては、ベンソンの双剣と同じ力をその身に宿していたのだ。


「しかし……」


 ライは一度下げた視線を戻す。

 その先では降り注ぐ放電の光が途切れ、砂煙が晴れようとしていた。


「それでも、一筋縄ではいかない様です。彼女は一体、何の魔人なのか……」


 晴れた砂煙の中から魔人が姿を現す。

 常人ではとても只で済むはずのない雷の魔法を受けながら、全くの無傷で立ち上がる。

 銀色の両腕からは、小さく放電の光が放たれていた。




 ライは進展を注視しながら思考する。

 視線の先ではルヨが今一度ミノーに突撃を仕掛けている所だった。

 何故ミノーには嵐獣の力で操った雷が通用しないのか。どうやってその力を無効化しているのか。

 ミノーは金属に変化させた手で雷に触れていた。

 その事から雷を無効化するカラクリは彼女が元々持ち得た力ではなく、取り込んだ鋼獣の鉄傘の力を利用していると考えられた。

 だが聞けば鋼獣の能力は純金属限定で操作や物質の置き換えをするものだったという。

 たったそれだけの能力でどうやって、嵐獣の雷を奪い去る程の干渉をしたというのか。

 分からない。

 しかしライが少々難しい顔を見せた時、見兼ねてか、横からベンソンが口を挟む。


「彼奴はお前達と同じ魔人なのだろう?力の行使にリスクがあるのは同じなのでは無いか?」


 ライはミノーを注視しながらも、ベンソンの言に納得する。

確かに、雷を操る事が本領の嵐獣の力だ。

 魔人としての力を使ったにせよ、抜け道を使ったにせよ、リスクが無い方がおかしいというものだ。

 何処か、既に弊害が出ているのでは無いだろうか。


「……そうか」


 そしてライは見つけた。

 ミノーの鋼色の両腕だ。

 最初、雷の檻を消し去った時は片腕だけだった。だが、二発目を経て両腕。

 雷は無限に受け止められるものでは無い。その証左だった。




 ミノーは小細工抜きの純粋な力でルヨを迎え撃っていた。

 水質化の魔法は使わない。常人には実に有効な魔法だが、どうやらベンソンやルヨには効果が薄いらしい。

 大気を変質させた所で、その大気を希薄にされては意味を成さないのだ。

 だからと言って、得意技を使わないではなかなか有効打が出せない。

 どうやら、ルヨはベンソン以上に疾い。

 その上、こちらの周囲の気圧すら操って攻撃をしてくるのだから中々どうしてタチが悪い。

 ある部分の気圧を0にされると、反対側から1気圧で押されるようなものだ。

 1気圧と言っても1平方メートル当たり10トンなのでシャレにならない。

 だがそっちがその気ならこちらにも考えがある。

 せっかく奪った雷が溜まっているのだ。

 周囲に砂鉄が湧き上がる。

 そこから鉄色の黒い刃が幾本と形作られ、同時にルヨに襲いかかった。

 いくら素早くとも、躱し切るには数が多い。

 ルヨは避けきれない砂鉄に直剣を振るう。

 その時、砂鉄を電が走った。

 ミノーが蓄電した雷が砂鉄を伝い、砂鉄に触れた剣を伝ってルヨに伝わる。


「うぐっ」


 痛みと共にルヨの身体が痺れ硬直する。

 そこに更に砂鉄の剣が迫る。

 その時、入り乱れた砂鉄に目もくれず、一直線に雷がミノーへ向かって行った。

 今度は、ライの全力だった。




 予想外の襲撃への対応に砂鉄への意識が途切れる。

 まさか導体である鉄を一切無視して雷が狙って来るなど、相手が相手だけに考えられた事だが、常識的に考えもつかなかったのだ。

 一拍の隙を逃さずルヨは砂鉄から逃れる。

 ミノーは雷を両腕で受け止める。

 電池はたった今放出したばかりだ。

 が、その雷は先程までの様子見程度のものとは違った。

 魔人一人の全力による一撃。

 その一撃は一瞬にして両腕のキャパシティを超える。

拙いと思った時には手遅れだった。

 過充電状態の両腕は異常な発熱を起こし、遂には左腕が破裂音と共に吹き飛ぶ。

 その時、魔人は思った。


(大気の性質を完全な絶縁にすれば良い)


 これで勝負は決まる。

 彼女は完全に失念していた。


「な……!」


 雷は絶縁した筈の大気を突き抜け、ミノーを貫いた。

一度は雷を操る魔人に対して、その魔法を剥いで雷を自分のものにして見せた。

 魔人同士の力のぶつかり合いは、戦いの土俵を自分側に引き込めるかどうかで決まる。

 空魔法と鉄傘の力を利用した化学電池は、正にそれだった。

 そして彼女は、今度は決定的なミスを犯した。

 元が大気中すら迸る雷と、性質を無理に変えた大気。

 勝つのは当然、前者だった。

 しかしこれも、この世界における魔人同士の戦い自体が初の事であるから仕方のない事と言えた。

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