忘れた優しさ
釣りって、結構好きだった。
お父も逸も釣りが好きで、そこにあたしもよく付いて行った。
鱚とか釣りに行くとさ、竿先がブルブルって震える感覚がよく分からないけど嬉しい。
ビビっと来たりコツコツってアタリはチャリコとかフグで外道なんだけど、それはそれで面白い。
鱚は持ち帰って食べちゃうから良い。
けど、釣り針を飲み込んだりして外すのに手間取ったりするとその場で死んじゃう魚ってそこそこ居るの。
河豚なんて食べれないし、とりあえず釣り上げたらまた海に帰すんだけど、しばらくしたらそれが腹を上にして海に浮いてたりするの。
『あーかわいそ』なんて、口にすら出さない。実際毛程も、とは言わないけど、毛程にしかそんな事は思っていない。
残酷かな?でも多くの釣り人にしてみれば河豚なんてそんなもんだよ?
でも釣りをしないお母は釣ってきた鱚を見て『魚が可哀想』とか言ってたっけ。
それはどうだろう。鱚の唐揚げは骨まで美味しかった。
イカ釣りっていうのもなかなか楽しい。
秋頃になると小ぶりなアオリイカが足元に沢山泳いでるの。
エギっていうルアーを落とし込んで、しゃくって、フォールさせる。そうするとエギの後ろからイカがスーっと寄って来る。で、そのままの向きで引き返して行く。もう一回しゃくって、フォールさせる。イカはまた寄って来る。
オレンジ色のエギがイカには一体何に見えているのかは知らない。
何度か繰り返すとイカは突然意を決したようにエギに取り付く。
竿を煽って、エギの後ろに並んだ針をイカに掛ける。
その瞬間、イカは漸く身の危険を察知して墨を吐く。けど、エギから生えた何本もの針はイカの足にガッツリ刺さって逃げられない。
程なくして、釣り上げられる。
アオリイカも美味しいイカだから、持ち帰って食べちゃう。
美味しく食べる為に、イカはその場でシメる。まあ、即死させるって事だね。
彫刻刀みたいな形をした専用のナイフがある。
そのナイフをイカの目と目の間、眉間に突き立てて、一気に刺す。
そうすると、黒っぽい斑点が並んでいたイカの足が一瞬で真っ白く変色するの。
で、眉間の直ぐ上の胴。そこも、刺す。
特徴的な大きなヒレの付いた胴も、一瞬でよく知るイカの白に変色する。
これが、シメ。
かわいそうかな?まあ、かわいそうかもね?
でも全く心は痛まないよ。
なんでって、魚一匹にイカ一杯。
そんなのにいちいち心痛める程の関心を持たないでしょ。普通。
でもそんな魚介類も、必死に生きようとして釣られたんだと思う。
その生命の営みというか、それを利用したレジャーである釣りっていうのはそこそこ業の深いものかもしれない。
だから今、目の前のコレもそうなのかな。
(これちょっと……ヤバいかも。)
目の前に居るのは大切なものだった筈だ。
(化け物でも良いなんて言ったけれど……)
心が消え、関心が消え、愛が消える。
(今あなたに歯向かわれたら……)
目の前にあるものの、自分の中での存在価値が消え行く。
(あなたを殺してしまう)
「……殺したら、何か悪いの?」
ミノーだったものはきょとんとした様子で自問する。
「いやいや、知った事じゃないじゃん」
ギイィン!
ミノーの髪の束が火花を放つ。
銀色の髪の束はひとりでに動き、双剣を受け止めていた。
「ミノー、お前……!」
「あーうざったい」
それは眉をひそめる。
「人間用のハエ叩きってないものかしら」
「正気に戻れ」
蠅の羽音に対する答えは決まっていた。
二人の周囲にガラス玉が降る。
一拍の後、そこは爆炎に包まれた。
化け物とは何、と、決まったものではない。
しかし此処に居るのは確かに人が持ち得るもので、確かに化け物でもある。
致命的なまでの無関心。それは化け物足り得る。
(あれで、随分と柔らかな目付きをしていたのだな)
一重瞼の鋭い目。
黒い瞳はその光を真っ直ぐ見るものに向ける。人を刺す様な鋭い光だ。
ベンソンもブルーニカで初めて会った時には、腹に一物あるのではと誤解したものだ。
だが見慣れてしまえばなんという事は無かった。
そもそもが見るべきはその外見よりも、むしろ内面なのだから。
しかしその内面も、少なからずその様相に影響しているのだと分かった。
冷たい目だった。人が人に向けるそんな目を……目の前のミノーだったものはしていなかったのだ。
「心を……捨てたのか?」
ベンソンが問いかける。
しかし、それは一切の反応を示さず宙を漂う手帳だった紙の束に目を向ける。全くの無視だ。
紙束の中から数枚が飛び出し、その形をとる。
「それは……!」
ベンソンはそれに近いものをブルーニカで一度見ていた。
ミサイルだ。しかし今度はより小さく、ぱっと見では数えられない十数本がベンソンに照準している。
内の一本が発射された。
ベンソンが躱したそれは砂地に突き刺さり、砂埃を上げて炸裂した。
視界が一気に遮られる。ベンソンは必要以上の機動で砂煙から抜ける。
そこにベンソンが出て来るのが分かっていたのか、待ち構えていたミノーが間髪入れず殴りかかった。
ガァン!
ベンソンは咄嗟の判断で受け止める。
拳と双剣が衝突したにも関わらず、金属音と火花が散る。
その手は肘から先が髪と同じ、銀色の光沢を放っていた。
続け様に銀色の髪の束が細剣の様に変化し、ベンソンに突き出される。
それすら見切り、跳び退いたベンソンに向かってミサイルが纏めて数発撃たれた。
ベンソンは全力を以って炸裂から逃れる。
全力での回避は浜を突っ切り、膝下を波が浚う浅い海に着地する。
黒い目はベンソンを追う。残りのミサイル全てが発射された。
が、それはベンソンを狙わずに海の手間の浜に着弾する。
巻き上げられた砂煙の中からベンソンに向かい、砂鉄の槍が降り注いだ。
ベンソンは自分に当たる筈だった槍を弾き、多数が海に突き立った。
同時に、海に落ちた槍から白煙が上がる。
(これは鋼獣の……!)
ベンソンが失策に気がつく。
波打ち際に火柱が上がった。
ベンソンはまたしても、ミノーの追撃から逃れ切っていた。
ミサイルや鋼獣の矢によるダメージは無い。
にも関わらず、ベンソンは浜に片膝をついて動かなかった。
「やはり全力は……骨が折れるな……」
身体への負担を度外視した、全力の回避だった。
ミノーの猛攻よりも、自身の機動によるダメージが限界まで来ていた。最早ベンソンにこれ以上の戦闘は不可能だった。
だが相手はどうやら見逃す気は無いらしい。
ミノーは冷たい目でベンソンを認めるや歩み寄り、その手に砂鉄の剣を持つ。
気怠げに鼻で溜息をつき、なんでもないように剣が振り下ろされた。
しかしその瞬間、二人の間に風が吹く。
ベンソンを切ると思われた砂鉄の剣は、直前で弾き返された。
黒い瞳は鋭い光をジロと向ける。
「ごめんねっ」
瞳が向いた先、黒い影が旋回した。
バゴォン!
爆音にも似た凄まじい衝撃と共に、ミノーは吹き飛ばされた。
ミノーは砂埃を上げて砂浜に落ちたと思えば、口をへの字に曲げてむくりと起き上がる。
その時、四方に雷が迸る。
放電の壁がバチバチと光を放ち、ミノーを閉じ込めた。
ベンソンを守ったのは元のミノーに似た黒色に金糸の混じる特徴的な髪の獣人の女性。
どうやら、ただの回し蹴りでミノーを吹き飛ばしたらしい。
「ベンソンさん、彼女は……」
その後ろから声がする。
続けて姿を現したのは妹と同じ髪に同じ耳を持った少年。
「紫電に烈風か」
そこに現れたのはライとルヨの兄妹だった。




