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空の魔法使い  作者: テルヒコ
虚空の魔人
35/61

衝突

 空が白んできていたのは気がついていた。海峡を挟んで遥か先にある大陸も朝日に照らされ、はっきりとその輪郭を現していた。

 やがてそこにも朝日が射す。黒い髪が日光を吸い、頭に鬱陶しいジリジリとした感覚が伝わる。

 不愉快極まりない。というのは言い過ぎだが、とにかく鬱陶しいので空から降りて歩く事にする。昨夜泊まっていた筈だった宿も近いのだ。ちょっと位普通に歩いても良い。

 建物の日陰を歩けばひんやりと澄んだ空気が心地良い。

しかししばらくすると背筋が小さく震える。寝ていないからか、寒気がするのだ。

 こんな事ならさっさと宿に戻って休めば良かったかと思ったが、朝の道には既に通行人がぼちぼち居る。『魔法です』の一言で済む様な話ではあるのだが、目立ちたくないから背に携えた魔剣も幌に包んでいるのだ。今から空を歩く様な真似はしない。

 さりとて、この体が訴える不調などなんの意味も無い。寝て起きてしまえば疲れどころか致命傷さえ元通りなのだから。

 だから、この程度の事に割く意識はさっさと捨ててしまう。

 無駄だからという訳でそうする程、ストイックな人間ではない。ただそうした方が楽だから、そうしたいだけだ。

 無表情のまま、独り言も無く道を歩いて行った。




「で、朝帰りにはならんと言っておいて何をしておった?」


 宿に戻ってみれば微妙に怒った様子のベンソン達に出迎えられる。

 達、というのはどういう訳か、ライとルヨの兄妹も一緒に居たからだ。

 で、ミノーは見つかるなりルヨの胸の中である。

 朝帰りの理由よりも二人が此処に居る事の方が気になる。が、今は息も出来なければ喋れもしないので魔法を使う。


"なんで二人がここに?"


 空を活字の形にして浮かべ、裏返してやる。


「ミノー、その前に言う事があるんじゃないかな」


 ライの言う、言うべき事。なんとなくは分かる。分かるのだが、本当にそれなのかが分からない。

 なんとなく自信が持てないのだ。

 なかなかそれを表せないでいると、ミノーを抱き締める力が少し強くなった。


「本当に……死んじゃったかと思った」


(そっか……考える様な事じゃあなかったね)


"ごめんよ、心配させて"


「……もう無理はさせないよ」


(『させない』、ね……)




 四人は宿の1階のレストランを兼ねた席に着いた。尤も、今は営業時間外なので他に人もない。

 そこにはいつも通りの表情のベンソンと、落ち着き払った様子のライと、いつになく真面目な様子のルヨと、態と不機嫌そうな顔を貼り付けたミノーが居た。


「で、マスター、これはどういった事ですか?そこまでして、あたしに帰れ、と?」

「まあ、そうだな」


 ベンソンはさも当然の様に答える。


「そうですか。まあ帰りませんけど」


 ミノーもミノーで当然の様に答える。


「良いですね、簡単で。じゃ、これで話は終わりですね」

「いや、簡単じゃ無い話も付いてくる」


 と、横から言うのはライだ。

 ミノーはジロと目だけライに向ける。


「ミノー、君が何処から来たのか、一度本当の事をちゃんと話してくれないか?」

「んー、難しい系の質問?」

「いや、ありのままの事実を」

「それだったらちょっと前に話した通りだよ。

日本に居たはずなんだけど、気が付いたら空龍のーー」

「そういう事ではないよ。

その魔法とその体……君はどうして魔人になったんだ?」


(魔人、ねえ。あたしみたいなのを指してそう呼ぶなら、それは他にも魔人が居るって事だよね)


「それは知らないね」

「幼い頃の記憶が無いのかい?」

「あるよ?二歳の頃から。

けど、その魔人とやらになったと思うタイミングの記憶は無いね。あたしは日本に居た頃は魔女でも不死身でも無かったはずだし」

「空龍の背に居たまでの記憶が……」

「ライ君賢い子」


 褒めるを口実にライの頭を撫でつける。

 やはりもふもふは堪らない。


「それで、あたしが魔人だとなんでマスターを手伝わずに帰る事になるのかな?」

「それは……」

「まあ、帰らないんだけどさ」

「ミノー、話を聞いて欲しい」

「話しても変わりやしないよ。

興味無いし、あたしの【無理】は人より少ないからね」

「君だけの問題じゃない。

魔人とは本来僕と、ルヨの二人しか居ないはずなんだ」


(そっか、二人があたしと同じ魔人とやらだったのね)


「じゃあその問題もあたしがなんとかしてあげようか?ん?」

「無理はさせないと言った」

「あたしもさせたくないね」


 その時、ミノーが見ていたのはライではなくベンソンだった。


「ミノー、あれは最初から一人で受けていた依頼だ。お前が気にする事は無い」

「いいえマスター、あなたいざとなれば命かける気ですよね」

「何故そう思う」

「ユクテスであたしが来なければ、死ぬ気だったでしょ」

「あればかりは止むを得ん。街にはまだ人が居ったのだ」

「そりゃそうですよね。でも今回の依頼もそうだって分かってますよね。

究極魔法を模倣(コピー)されたらどうなるか、教えてくれたのはマスターですよ?」

「ならば、儂が連中に遅れを取ると思うか」

「さあ、どうでしょう。分かりませんね」

「相手の生死を問わぬならば容易い仕事だ」

「その言葉は確かに嘘じゃあないと思います。でも信用はなりません」

「なんだと?」


 ベンソンは鋭くミノーを睨む。

  元々が優しい顔つきなどしていない。むしろ威厳の塊の様な人物だ。

 凄まれては臆病なミノーも内心では怖い。が、それさえ消し去り無表情で続ける。


「信用なりませんよ。あたしだって強く無いのに、あたしより弱いなんて」

「成る程な」

「だから「なめるなよ?」マスター……?」

「お前が儂をどう思っていようと構わんが、甘い。

ミノー、お前は甘いのだ。そしてお前はそれすら分かって居らん」

「甘いって……マスター、あたしは本当の事を」

「まあ本当ではあろうな。だがそれはお前の甘い見通しと甘い考えであって事実では無い」

「……」

「そのまま先に進めばお前はまた苦しむ事になるぞ」

「苦しんでも……それでも、望むようにやるだけです。

望まず逃げたあの時とは違います。魔剣だってあります。

だから」


 ミノーは真っ直ぐにベンソンを見た。


「あたしと戦って、あたしが勝てばマスターは依頼から手を引いてください」

「儂が勝てば」

「……帰ります」


 彼女は、未だ何も変わっていない。

 故に、未だ孤独なのだ。

お待たせしてすまねえ……

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