かの人の正体
ベンソンは一人、宿の部屋に戻る。
今日は午前中ミノーに付き合って海に行ったが、あの様なくつろぎ方もまあ悪くは無いと、ベンソンは思っていた。
故郷のジア・ニーラスは避暑地としても知られる場所だ。そこでミノーの故郷とやらのやり方を取り入れても良いかもしれないなどと考えるのだった。
「む」
ふと部屋に備えられた卓に、妙に質の良い紙の便箋を見つけた。
部屋には鍵がかけてあった筈だ。となると誰が……。
「彼奴だろうな……」
心当たりしかない。
ブルーニカで会った小娘だが、巫山戯ているのか真面目なのか、温厚なのか激しいのか、強いのか弱いのか、よく分からない人物だ。どころかその辺り自身が分かって居ない節すらある。
分かって居る事の一つは、魔獣と同様の力を持つ事。
それも随分と自由な力の使い方が可能らしい。
本人は『気体くらい希薄な物質ならなんでも操れます』と言っていた。
水や塊を操る事は出来ない様だが、気体とやらを水や塊に変質させる事は可能らしい。
(……同じ事ではないのか?)
などと逡巡しつつも、取り敢えず便箋をめくって見る。
『大好きなパパへ♡』
思わず眉間を押さえて溜息をつく。
『夜は外で食べてきます。多分朝帰りとかにはならないので気にしないでください。
ミノーより』
ただ二言そう書いてあった。
色々な意味で心配の絶えない人物だがそういう意味では心配あるまいと、ベンソン微妙に失礼な安心をする。
ベンソンから見てミノーという人物は、見た目よりも幼い。何故か大人げには全く見えないのだ。
(フロミアの所にいた坊主(名前覚えていない)も全く相手にされておらんかったからな
さて、少々予定は変わるが……)
ベンソンがそれに思考を巡らせたその時、部屋のドアをノックする音が響く。
来たる待ち人だ。一応「誰か」と部屋の外の人物に確認する。
「里の使いです」
聞こえてきたのは高い声だ。女性ともとれなくはないが、どちらかと言えば……。
ドアを開けて見ると、そこに居たのは獣人の女性だった。
その背は頭頂を比べてもベンソンより僅かに高い。その上にさらに黒い狼の耳が伸びていた。
「ベンソンさんですね」
目の前の獣人の女性の声ではない。下に目を落とすと、同じ黒い狼の獣人の男児がベンソンを見上げていた。
「うむ、儂がベンソンだ。里の使いとは【紫電】に【烈風】、お前達の事だったか」
冒険者【紫電】と【烈風】についてはベンソンは聞き及んでいた。
どう見ても小さな兄とどう見ても大きな妹の獣人の冒険者。
丁度ミノーが来た頃だ。その場で冒険者登録をしたばかりの新人が2級以上推奨の討伐依頼である鬼熊を持ち込んだ。その後も時折現れては高難度の討伐依頼にある獲物を持ち込み、女と子供であるにも関わらずかなりの実力を持つと噂された。
ある日、人が兄妹の戦う所を目の当たりにする事があった。
兄は凄まじい雷魔法を操り、妹は風の様な素早さの剣撃を見せたという。
その姿から付いた二つ名が【紫電】と、そして【烈風】。
旅の途中で街に寄る度、ギルドにも立ち寄っていたベンソンは二人の事も耳に挟んでいた。
「過分な呼び名ではありますが。
改めまして、3級冒険者のライです。こちらは妹のルヨ」
「ルヨです……あの、ミノーちゃんは」
(ミノーを知っておるのか?)
「立ち話もなんだ。中で話そう」
ベンソンは二人を部屋に招き入れた。
「そうか……お前達は彼奴の……」
「はい。尤も僕達は覚えていませんが、僕達を造った本人からそう聞きました。
そして、ミノーですが……」
「あの娘も誰かに造られたというのか?」
「正直、全く分かりません。
その場に僕達以外の被験者は居なかったと聞いていますし、彼女は僕より年上らしいです。
それに僕達とは相違点もあります。魔獣らしい身体的特徴が現れていませんし、僕達は彼女程の復帰力は無いと思います。
確実に近しい存在ではある筈ですが、同じ存在だと断言はできません」
「本人のみぞ知る、か」
「僕自身そうだったので全てを、とは言いませんが、確実に何かを知っているでしょうね。
ミノーは自分が【魔人】である事を気にしていたのではありませんか?」
「……うむ」
「実際、僕達【魔人】という存在はこの世における最大級の禁忌です。
殆どの人がその存在を知りませんし、帝国も無かった事にしています。それならそれで良いでしょう。それが普通なのですから。
しかし三人目が居るとなると話が違ってきてしまいます。ミノーは何故魔人なのかその如何に関わらず、世界が揺らぐ事になります」
「ならば、彼奴をどうするつもりだ?」
「ミノーをどうにかするつもりはありません。僕達は側から見ればただの獣人で、実際、つい最近まではそのつもりで生きてきました。
彼女もまた、人と同じに生きているのだと思います。
……ですが、彼女が道を誤る様な事があれば僕達も動かざるをえません」
「あれで心は優しい方だ。物も考えるだけの頭はある」
「勿論、僕もそうであると信じています。ですが、彼女を世界と天秤にかけて考えた事はありますか?」
「娘だ。何物にも代えられはせん。
だが、彼奴をこれ以上人の悪意に晒す訳には行かん。
ミノーを、よろしく頼む」
「分かりました」




