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空の魔法使い  作者: テルヒコ
虚空の魔人
33/61

黒鉄

 日も高く登り、二人は頃合いと見て昼食とした。

 日差しを遮る為の大きめの屋根テントの下、バーベキューコンロからよく焼けた肉を箸で攫う。


「あむっ……うん、おいしい!」

「器用なものだな」


 ベンソンもコンロにトングを伸ばす。こちらでは箸を使う文化は無い。焼肉は小さなトングで直に食べるのだ。


「お箸は正しく持ててようやく半人前です」

「ほう、お前の居た所では皆それを使えたのか」

「まあ、たまに大人でもちゃんと持ててない人も居ますけどね」

「……」


 ミノーが混ぜっかえすものだから、ベンソンも反応に困る。


「こっちにも一般常識がなってない人ならたまに居るじゃないですか」

「お前の格好と同じか」

「なんでそういうこと言うんですか。もう」


 ベンソンのさりげない指摘すらさして気にした様子もなしに、肉を摘んでは口に運ぶ。

 この水着である。世界、この国の尺度では足を出し過ぎな格好ではあるが、その辺りは人の基準を意に介さないミノーだった。


「まあ、良いんじゃないですか?」

「他人事では無かろう……自分を大切にせよとまでは言わんが、もう少し関心は持つものだ」


 ミノーはそれには答えず、ただもくもくと肉を咀嚼していた。

 伏した目は明らかに拒否を示していた。ベンソンもそれは分かってはいるのだが、敢えてこれ以上は言わなかった。

 何かとミノーには甘いこの男。ミノーも大概だが、ベンソンもやはり不器用なのだ。




 午後。自由行動。

 真夏の日差しの下、ビーチチェアで寝ているだけというかのもなんだか暑いだけで退屈だったので、貸し切りの砂浜から引き上げたのだった。


(マスターを放っておいてあたし一人泳ぐのもなんかアレだし、一緒に遊ぼうっていうのもキャラじゃないよね。それに自分の時間も欲しいはずだし)


 という訳で、ミノーは港町を観光。

 あまり目立たない様にと、久々の銀髪に灰色の瞳へと姿を変え、鉄傘も幌に包んで携える。

 黒目黒髪と鉄傘は【黒鉄】の代名詞なので、街を歩けばとても目立つのだ。

 しかし日本ならそれは目立つ銀髪も、ここでは普通なので何ら目につく事は無い。幌に包んで背負う様に携えた鉄傘も、まあ目には付くがそのまま持ち歩くよりはマシというものだ。

 ギルドで受けた様な視線も無く往来を通っていた。

 それはそうとして歩いて見れば、レフテオエルの街には木造家屋が多く見られた。

 家の良し悪しなどミノーには大した事も分からないが、大体が木造なりにしっかりした造りに見えた。中々に綺麗な街並みだった。

 海を見れば停泊する大型の木造帆船。大きさは……。


(えー、大体60メートル!でかい!)


 海なのに木工業が盛んなのかなと、ミノーは意外に思いながら眺める。

 踵を返したミノーの目には入らなかったが、港の一角には海伝いに運び込まれた丸太が浮いていた。

 更に歩いていると、妙に人通りが多くなってきた。そこは街の中心付近。 交易の盛んなレフテオエル。その交易の中心。人通りも多ければ商店も多い。実に活気に満ちていた。


(ブルーニカなんかは中心街は貴族にお金持ちばかりばかりだったけれど、ここは色々違うみたい……活気はここの方があるけど、この雑多な感じ、ブルーニカの下町に似てる)


 新しく訪れた街。目新しさの中にどこか懐かしさを覚えつつ、ミノーはレフテオエルを楽しんでいた。

 しかし、そんな風にぶらぶらと歩いていたミノーに声がかかる。


「やあ、そこのお嬢さん」

「ん?」


 声に振り向いて見ると身なりのいい太った若い男が居た。

 その後ろにガタイのいい男が二人。


「見かけない顔だね。レフテオエルは初めてかな?僕が案内してやろう」

「んー……いえ、お構いなく」


 普通に嫌な予感。ミノーは逃げ出した。


「おい、どこ行くんだよ?」


 しかし回り込まれてしまった。


「……」

「ふん、この僕が相手をしてやろうと言うんだ。感謝したまえよ?」


(えぇ……まず君誰よ?フロミアさんの所に居た少年だって名乗らないしさ。本当にもう)


 なんて事を口に出せば荒れそうだ。


(……でもまあ、いっか)


 ミノーは肩を竦めて付いて行く。

 いざとなれば叩き潰すも、されるがままにするも、見逃してやるも、思いのままなのだ。

 実力から見て、焦る必要は全く無い。




 こんにちは。こちら現場の美濃です。

 突然ですが、本当に突然ですが、いきなり人気の少ない倉庫区画に来ております。

 屈強なお兄さん二人に挟まれるようにして連れて来られた所ですね。はい。


「この辺りで良いだろう」


 何が良いんですかね?まあ大体分かるけど。

 面倒くさいからあんまり波風立てたくないんだけど、このまま行くと本当にご勘弁な展開になってしまうんだよなあ。


「なんですか?ここは」


 一応聞いてみる。

 が、返答も無く、一人に後ろで両の手を掴まれる。


「あー、これ以上はあのー……」

「あんまり、デカイ声は出さない方が良い」


 と、ナイフを目の前に持って来るもう一人。


「おいおい、あまり怖がらせるなよ?」

「ヘイ」


 と、ニヤつきながら言う太った若い男。


「おとなしくしていれば優しくしてやるさ」


 すげー、数え役満。こんな人本当に居るんだ。あ、そろそろ止めよっか。


 呑気。当人は実に呑気だった。

 元々危機でもなんでもないのだから、仕方ないと言えば仕方ない事もないかもしれないのだが……。


「は?」


 突然、後ろで手を掴む男とミノーの間にある幌がするりと上に抜ける。

 宙に浮いた幌は結び紐がひとりでに解け、中から鉄傘が姿を現わす。


「な、お、お前!」


 鉄傘に気を取られていたナイフ男が異変に気付く。

 銀色だったはずの目の前の少女の髪は、いつの間にか対照的な光を放つ黒色になっていた。


「ナイフは駄目だよお兄さん。そんなしょっぱい(・・・・・)武器じゃあ」


 言われて男が手元の違和感に気付く。妙に軽い。

 目を落とすと、手に持っていた鉄のナイフの刀身が真っ白に変色していく所だった。


「ひいっ!」


 思わずナイフを手放す。ナイフ地面に落ちると砂の像が崩れるように、白い粒をまき散らしながら刀身が折れてしまう。

 鉄のナイフはただの塩になっていた。


「【黒鉄】……?」


 少女の手を押さえていた男が青い顔で後退りながら呟く。

 超級冒険者【黒鉄】。つい最近、ジア・ニーラスに来襲した魔獣を撃破した冒険者が居た。

 フォーネン公国で魔獣が現れた例は少ない。だが出現の度に大被害を出し、撃退した例となると超級冒険者【嵐獣狩り】のベンソンをおいて、この国では他に例は無い。

 その【嵐獣狩り】を父に持ち、父と同様に魔獣を撃退して魔剣を手にし、功績を認められて新たに超級冒険者となった人物。

 特徴的な黒目黒髪に鉄傘の魔剣を携えた少女。その姿から【黒鉄】。


「まあ、無難な通り名だと思います」


 そう言って少女は黒髪の下、鋭い一重瞼の下からジロと身なりのいい男を見やる。


「ひっ」

「とりあえずお話しましょう、ね?」


 文字通り蛇に睨まれた蛙のように竦みあがる男は、はいと返事をしてしまうのだった。




 そして数分の後。


「なあ!?お前の父ちゃんが偉いからお前が偉いのか!?どうなんだよ」


 ミノーは一人パイプ椅子に足と腕を組んで見下ろす。

 それはもう、普段の起伏の無い気性からは考えられないような剣幕で怒鳴る。


「いいえ……」

「は?お前『いいえ』ってなんだよ。『いいえ』、なんなんだよ?お前さあ、『はい』と『いいえ』じゃ会話にならないんだよね?そこ分かってる?」

「……」

「黙ってると話進まないんだけど?」

「はい……」


 身なりのいい男は、肉のついた足を折り畳んで正座させられている。ミノーの本気の説教にすっかり萎縮していた。

 ちなみに屈強な男二人はそもそもあんまり乗り気でなく嫌々やらされてた感あったので、一人残して帰されていた。


「じゃあ言ってみろよ?『いいえ』、な・ん・な・ん・だ・よ!?」

「うっ……ぐすっ」


 ついに男に泣きが入る。

 だが全くミノーの狙い通りなので、説教は容赦無く続行された。


(それはそれとして……なんか楽しくなってきちゃったゾクゾク)


 説教自体はミノーの本心でもなんでもない。ただの迫真の演技だ。

 が、何かいけないものに目覚めそうになっているのも演技だと思いたい。




 日が沈みかけ、辺りが薄暗くなっても説教は続いていた。……段階は移っていたが。


「だからさあ、分かってんだろうが!お前はちゃんと自分でやって良いこと悪い事判別できるんだよ!だろ?」

「ッ、はい」

「じゃあさ、自分がやった事……今回は未遂だったけどさ、迷惑かけた人には言う事があるんじゃないの?」

「ぐすっ、御免なさい……」


 正座をして泣きながら謝罪する男に、パイプ椅子から降りて膝をつき目線を合わせる。


「……もう二度と同じ事繰り返すなよ?」

「はい……」

「君はちゃんと物事考えられるだけの頭持ってるんだから、もっと良いこと考えよう、ね?」

「はい……」

「ほら、立てる?」


 立てない。正座でガクガクした足を休めてからでないと。


「じゃあ、ちょっと休んだら行こっか」

「え、えっ?」


 元はと言えば悪いのはこちらだが、散々に……それこそ親にだってされた事の無いような説教を食らって憔悴したところで、これ以上どこへ連れて行こうというのか。

 冒険者ギルドで袋叩きにされるのだろうか。領軍に引き渡されるのだろうか。

 いやしかし、自分はそれこそ絶対に許されないような事をしでかしたのだからここは覚悟を決めるしかないと、本人はすっかり改心させられてしまっていた。

 そんなこんなで、なんとも微妙な顔をしていると、ミノーは仮面を着けかけるような気軽さでコロリと表情を変え、笑う。


「んふふ、そんなにビクビクしないでよ。案内してくれるんでしょ?あたし魚が食べたいな。美味いやつ」


(まあ、力があるとやりたい放題できるね)


 良くも悪くも、婦女暴行の現行犯に案内をさせるなどといった所だった。しかしやはり、ミノーはそれも分かって居ながら気にしない。何処かの感覚がすっぽ抜けていた。

 とは言え、この男にはしっかりと教育的指導(精神的に追い込んで素直になった所で物を分からせる説教)を施したから、既に人畜無害なのも事実だった。


(あ、マスターに手紙送っとこ。マスターの部屋は……19番のマーカーだっけか)


 ミノーは手帳を取り出してパラパラとめくり、いつの間にか手に持っていたボールペンでカリカリと何やら書き込む。


「そいえば君、名前は?あたしミノーね?知ってるかもだけど」

「う……」


(う?なんか名前言いたくない感じ?……ああ)


「家名、言いたくなかったら別に良いよ?」


(大方、良いとこのお貴族様の馬鹿息子ってとこなんでしょ。

事が事だから、名前までバレると拙い感じなのかもね。なら最初から婦女暴行なんてやるなって話なんだけど、まあ、それはいいや。あたしを押し倒すつもりなら魔剣持ちでも連れてこなきゃだしね)


「ミオレフ……」


 一度呟く様にしてその名を告げたが、何かを決心したようにもう一度口を開く。


「ミオレフ・レフテオエル」


(ふうん、レフテオエル……なるほどね。

『テナン』が無いから領主本人じゃないけど(見れば分かる)、やっぱり良いとこの馬鹿息子君だったか。領主の所の、ねえ……んふふ)


「冒険者、ミノー。よろしくね」


(ちょっと仲良くしようかな)


 ミノーは腹の中に打算を抱え、そしてレフテオエルの西に日は沈む。

 実の所、ミノーは善人でもなんでも無いのだ。

名前を覚えてもらえていないシレッド君。

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