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空の魔法使い  作者: テルヒコ
虚空の魔人
32/61

レフテオエル

「マスターマスター」


 道のりを先導しながら背後に問う。


「なんだ?」


 風に揺られて靡く黒い長髪の後を追いながら、答えるのは初老の男。


「今更なんですけど、なんでファルガナなんですか?」


 少女口を動かしながらも足は止めない。

 その人の後を追う男も足を運びながら答える。


「なんで、とは?」

「究極魔法って四人使い手が居るんですよね?内二人がファルガナに居るとしても、他の二人が狙われたら意味無いんじゃないですか?」

「ふむ、お前、究極魔法についてはどの程度知っておる?」

「どの程度……うーん、ぶっちゃけほとんど分かりません」

「ならばそこからだな。

この世で究極魔法とされるものは四つ。これから行くファルガナ法国にあるのは【流星魔法】と【陽灼魔法】の二つだ」

「依頼書にあったやつですね。そんなに真似されたらヤバイ系のやつなんですか?」

「街一つ結界諸共吹き飛ぶと言ったら分かるか?」

「おう……単純明快。成る程、戦争でポンポン使っていい魔法じゃない訳ですね」

「そういう事だ。法国に使い手の二人がまとめて居るというのもそうだが、敵を打ち倒す決定打としてはこれ以上の魔法は存在せん」

「なるほど。てことは、残る二つの究極魔法は毛色が違うんですか?」

「うむ、一つは冒険者ギルド本部のギルドマスターが扱う【身体強化魔法】だ」

「え?なんか普通っぽいですね。そんなに凄い魔法なんですか?」

「身体能力が10倍になる」

「えぇ……普通……」

「よく考えてみろ。人の10倍の筋力、10倍の敏捷、10倍の感覚、10倍堅固な肉体……何もかも10倍の力を持つ人間にどうやって太刀打ちせよというのか」

「あっ、よく考えたらヤバイですね。

あたしが使ったら50メートル0.9秒かあ」

「使わなかったら9秒なのか……」

「短距離走は苦手なんです。長距離はそこそこ速いんですよ?」

「兎角、人並み以下でも超人の域に立入れる魔法という訳だ」

「よく分かりました。

この分だと最後のもヤバそうですね」

「……最後は【境界魔法】だと言われておる」

「言われている、ですか?」

「境界魔法は使い手の詳細やその効果に至るまでが殆ど謎だ。

分かっておるのは、使い手がエルフであるという事だけだ」

「ふうん……効果も分からないのに究極魔法ってことになってるなんて、変な話ですね」

「ここまで聞いて、お前が戦争屋の立場ならどうする?」

「うーん……なるほど、分かりました。魔法陣をコピーするには、多分使い手を確保しなきゃいけない。

境界魔法はまず無理。使い手が誰かも分からない辺り、存在すら怪しいですし。

身体強化魔法もちょっと厳しそうですね。身体能力10倍の、本部ギルドマスターともなると。

その点、ファルガナの二つは与し易いと思います。結界ごと街を吹き飛ばすような魔法、目の前の敵に使ったら自分も巻き添えちゃいますからね。

つまり近付ければただの人です」

「その通りだ。だからこそ、狙われるとすれば法国以外あり得んのだ」

「納得です。……あ、見えましたよ」

「む、早いな」


 二人の眼下には大きな三日月型の湾。湾内の岸には各地に港が見られる。

 そして湾外に広がる海原。その更に向こうには大きな陸地が見える。


「んふふ、途中何本も道を跨ぎ(・・)ましたからね」


 今更ながら、二人が歩いているのは普通の道ではない。

 そこは切り立った崖の横。空中を大きなリボンのような、白い半透明の道が通っていた。


「曲がりくねった道を無視して最短距離の道を作るなど……お前のこれも大概、究極魔法と遜色ないがな……。

だがもう少し目立たんようにはできんのか?」

「踏み外したりしたら危ないので駄目です。それよりレフテオエル、楽しみですね」

「まあ、早く着いた分は見て回る時間もあろうが……」

「花より団子が大事です。あたしの故郷では海の美味しいものをウミノサチ……こっちの言葉だと【海の幸】っていうんですよ。あそこに幸せがあるんです」


 少女はそう言って足取り軽く空を進む。

 男はその後ろを、小さく笑みを浮かべながら付いて行った。




 ここはフォーネン公国西端の領地、レフテオエル。

 公国の西端であると同時に大陸の西端であり、海峡を挟んだ西の大陸からの玄関口の一つである。巨大な湾を擁するレフテオエルは、数ある玄関口の中でも最大規模を誇る。

 レフテオエル西方の国々との交易で栄えており、その活気は他の領地と一線を画する程。

 領軍も精強にして、特に海軍を抱える数少ない領地でもある。

 その日、レフテオエルは穏やかな空と波が輝いていた。

 それはこの領地の明るい現在を表しているかの様だったが、光に影が付いて回るのは必然だった。




 ミノーは道を階段型に形成し、地面へと空中を下る。

 階段人気の少ない小道に繋がり、ミノーとその後ろに続くベンソンは地に降り立つ。


「結構手前に降りましたね。人目に付かないようにするのは分かるんですけど、街まではまだ結構ありますよ?」

「いや、ここで良い。関所は直ぐそこだ」

「関所?」


 ミノーは首を傾げる。

 関所というのが何かは、なんとなくだが分かる。だが関所がある意味が分からない。

 公国の東端ブルーニカから西端レフテオエルまでに至る道のりで、一度として関所というものを見た事が無いのだ。


「レフテオエルは少々特殊でな、湾の入り口から沿岸部の街全てを一つの巨大な結界で覆っているのだ」

「へえ、だから街の入り口じゃなくて、関所が要るんですね」

「そういう事だ」

「でもそれって大丈夫なんですか?ユクテスの時みたいに結界破られたらそれで全域丸裸ですよ」

「そうだな。だがどこも危機感が薄いのがこの国だ。魔獣に襲われた事のあるジア・ニーラス以外は結界が破られる心配などしておらん。

それにここは経済的に潤っておるからな。

大方、金にものを言わせた領軍の力を過信しておるのだろう。」


(マスター時々辛辣だよね)


「まあ、良いんじゃないですか?湾内は丸ごと安全で、街を行き来するのにもいちいち門を並ばなくて良いんですよね?

安全云々はここの人達が考える事ですし」

「そうだな」

「そういう事で」




 関所も何と無しに通った二人はレフテオエルの港町の一つ、第一港の街へと足を向ける。

 街の冒険者ギルドの扉を潜ると視線が集中した。

 片やこの国一番の冒険者の英雄【嵐獣狩り】。片や新たな超級冒険者【黒鉄】。

 今や二人を知らない冒険者は居ない。それが二人揃ってギルドの扉を潜って来た。二度見からのガン見である。

 特にミノーは分かり易かった。黒い長髪に、鉄傘を携えた少女の冒険者など他に居ないのだ。

 しかし二人の旅路はいつもこんな感じなので、良い加減慣れたもの。


「視線って痛いんですね……」

「……」


 ……という訳でもなかった。ミノーは視線に萎縮するあまり、ぞっとするような無表情でベンソンの後を付いていく。

 『あの目つき……只者じゃねえぞ』なんていう声が何処かから上がったが、ミノーの耳には届かなかった。


「ティハークまで行きたいのだが」


 ベンソンはカウンターに着くなり冷や汗をかく受付嬢に申し付ける。


「は、はい、ご乗船ですね。少々お待ちください。

……ファルガナ法国ティハーク行きの船は七日後、早朝の出航となります」

「では二人分頼む」

「かしこまりました。お部屋は一人部屋、二人部屋、大部屋ございますが?」


 ベンソンは横に居るミノーを見やる。


「ん?どれでも良いですよ?」


 言外にどれが良いかと問うたベンソンだったが、ミノーはどれでも良いらしい。

 他方ベンソンは年頃の娘が雑魚寝で良くは無かろうと、溜息を空に溶かす。


「……一人部屋二つで頼む」

「あはは……かしこまりました」


 ベンソンは眉間を押さえ、受付嬢は苦笑いで対応する。当の本人は意味が分かって居ない様子だが。

 かくして一週間後の船の予約を取り、二人は冒険者ギルドを後にする。




 一夜明け、港の外れの砂浜。

 真夏の日差しの下で誰も居ない中、この世界にそぐわないパラソルが二つ並んでいた。


「平和ですねえ」


 ビーチチェアに寝そべりながら呟く。波の音しかない静かな砂浜で、ミノーの呟きはベンソンの耳にも届いた。


「……うむ」


 ベンソンも否定はしない。色々と突っ込みどころはあるが、実際平和なのだから。

 船出は六日後。それまで足止めとなった二人はすっかり暇になった。ここまでほぼ休みなしで進んで来た。それも冒険者として鍛えた体力の持ち主であるベンソンと、RPGの主人公よろしく寝て起きれば全回復するミノーだからこそである。だがせっかく暇なのでこの日は休養とし、ミノーの希望で海水浴となった。

 ……ご丁寧にパラソルから衣装に至るまで空魔法で作り出して、だ。


「この格好はせねばならんのか?」


 ベンソンもミノーに押し切られて海パンとアロハシャツでビーチチェアに寝そべる。


「フインキ(雰囲気)です。それに結構似合ってますよ?」


 片やミノーは水着の上にパーカーを羽織った格好だ。


「奥さんにも見せてあげたいくらいです」

「……」


 ベンソンはなんとも言えない顔をしてみる。


「まあ、後で写真撮ってお手紙に添えておきますよ。

それよりマスター、昨日はギルドに寄っただけ(・・・・・)でしたね?」

「ああ」


 ミノーとベンソンが依頼でファルガナ法国へ足を向けてからというもの、幾つかの冒険者ギルドに立ち寄ってはブルーニカのギルドマスターであるガルソーと連絡を取っていた。

しかし、ここレフテオエルではそれをしなかった。


「ガルソーからの依頼だが、実際の所は公式に依頼という訳ではない」

「少なくとも本部に黒い部分があるから、ですね」

「うむ」


 今回の依頼の相手は戦争屋である。

 魔法陣をばら撒き、公国と帝国を戦争に引きずり込もうとしている輩だ。

 ブルーニカで、二人は一度彼らを相手にしている。その際にベンソンは冒険者が一人死んだからと責任を取らされ、ギルドマスターの座を退かされていた。


「本部と連中が何処まで繋がっているかは分からん。

故に依頼は依頼だが、ブルーニカの独断で、極秘のものだ」

「その上で、ここのギルドでブルーニカと通信するのは……」

「そういう事だ。

連中がばら撒いている魔法陣とて、金儲けの為のものだ。安いものではあるまい。

魔法陣を揃えるには金が要る。して、レフテオエルは公国で最も金を持っている領地の一つ。

此処は確実に奴らと繋がっておる」

「ギルドも、ですか?」

「分からん。だがレフテオエルとギルド本部の、連中との繋がりはほぼ確実だ。

ここのギルドもそうでないとは限らん」

「……バレたらどうなりますかね?」

「ミノー、これは公式の依頼ではない。

今ならまだ引き返せるぞ。本来お前の様な者が関わるべきでないのだ」

「……マスターこそ、こんな事やるべきじゃないですよ」

「何?」


 ミノーは寝返り打ってベンソンに背を向ける。

 ベンソンはその先を問う事はしなかった。本人も答える気は無いだろうが、なんとなく分かるのだ。

 鋼獣の時と同じだと。


「鉄の胸当てより、アロハシャツが似合ってます」


 小さな呟きだ。今度は波の音よりも小さな。

ミノー「マスターは50メートル何秒ですか?」

ベンソン「魔剣込みで3秒だ」

ミノー「」

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