西方へ
ベンソンは下宿屋の玄関口に立ち、別れを告げていた。
「世話になったな」
「全く忙しい男だよあんたは」
見送りでそこに居るのはフロミアただ一人。
「これが終われば隠居だろうがな」
「それよりベンソンあんた……あの娘に言ってないね?」
「彼奴はこの先の事に関わるべきでは無い」
この先は魔獣よりも手強い人間が相手なのだ。特にミノーにとっては。
「関わるべきでは……ねえ。関わらせたくないんじゃなくて?」
「……」
「まあ、良いさ。私もあんたには賛成だよ。……気を付けて行ってきな」
「……ああ」
ベンソンは西方に向けて発つ。英雄と呼ばれる男には、実に静かな旅立ちだった。
どうもおはようございます。ミノーです。
早いもので、魔獣騒動から一週間が経ちました。
あれから冒険者ランクが8級から超級に飛び級したり、領主様(名前忘れた)にお礼を言われたり、褒賞に結構な額をいただいたりといろいろありました。
その間、マスターの奥さんであるフロミアさんが営む下宿にお邪魔していました。
てかマスター結婚してたんですね。やっぱり台所に立つ男はモテるってそれ一番言われてるからですかね?まあ迷信ですけど。
それで今日はと言うと、街の外に出ています。一応鉄傘も(空魔法で)背中にくっつけて持ってきてます。
……おや、第一冒険者パーティー発見です。
「よう、鉄傘の嬢ちゃん。依頼か?」
嬢ちゃん名乗れる歳じゃ無いけど、いちいち訂正するのも面倒だしそういう事にしておこう。
そいえばマスターは【嵐獣狩り】なんて二つ名がついてるけど、あたしはどうなるんだろう。そのまんま【鉄傘の嬢ちゃん】とか絶対嫌なんですがそれは。
「こんにちは。ちょっと散歩です」
「ん?そうか。まあ近頃は魔獣騒ぎの後片付け依頼もやってくれてたみたいだしな」
まあやったと言えばやったか。
「本当にありがとうよ。あの化け物追い払ってくれただけでもありがたいってのに」
「えと……まあ多少はね?
じゃ、あたしはこれで。依頼頑張ってくださいね」
「気ぃつけてな」
……。
「良い娘だったな」
「褒めたら耳赤くなってたな」
鉄面皮だが耳に出るのだ。
どうも、ミノーです。最近どこへ行っても妙に褒められるのでムズムズして居心地が悪いです。
それもこれも、あたしが『お嬢ちゃん』に見えるからなんでしょうか。そんでもってここの人は褒めて伸ばすタイプなんだね。
てかそろそろ一九歳なんですけど……そんなに『お嬢ちゃん』ですかあたしは。
身体的には一五歳になってからは胸以外全く変わらなかったから、もう見た目は頭打ちなんですけどね。
アネゴみたいな大人の魅力が……魅力じゃなくても貫禄が欲しい。フロミアさんみたいな。
……アネゴ元気かなあ。
ミノーはふちに掛けた腕に顎を乗せ、鼻で溜息をする。
遅ればせながら、ミノーが居るそこは例の滝壺。ユクテスに程近い、ミノーのお気に入りの場所だ。
で、ミノーは人気が少ないのを良い事に絶景を眺めながら入浴中である。
魔法でご丁寧にドラム缶を作って五右衛門風呂スタイルでだ。
熱源は空魔法を利用したヒートポンプ、オマケに初夏の日差しが鬱陶しいので魔剣を日傘にして、だ。
「あ″〜」
もうやりたい放題である。
「ミノーお前、何やってんだ……」
そんなツッコミ役不在の地に訪れたのは……。
「ん……君かあ、ここでよく会うね」
シレッドだった。
「この辺の人達もお風呂はあんまり入らないの?水は沢山ありそうだけど」
「薪代がかかるだろ。魔法だって使える奴は少ないし。……金持ちの家なら風呂もあるらしいけどな。
……っていやそうじゃない!」
「そうじゃないの?薪代のくだりは納得なんだけど?」
そうじゃないのだ。
ここしばらくはミノーと同じ屋根の下にて生活していたシレッドだったが、どうもこの人と話すと疲れる気がしてならなかった。
初めて会った時からこちらにはペースも何も無かったようなものだが、あの時はいきなりあんなものを見せられて動揺していたからであって、普通の格好さえしてもらえればちゃんと話せるとばかり思っていた。
が、違った。このミノーという人物、どこかマイペースで感覚がおかしい。
性格としては優しくて気を利かせる人のようだが、それを使う部分を察知する……いわゆる共感能力というものが致命的に欠如していた。
「はあ……」
シレッドは溜息を禁じ得ない。今の会話からも彼女の共感能力は明白だったからだ。
初めて会った時にはミステリアスな魅力を錯覚した彼だったが、蓋を開けて見たらなんの事も無い。ただの抜けた人間だった。
「……そういえばお前、見送りしなくて良かったのか?」
「見送り?何の?」
「聞いてないのか?ベンソンさんだよ。依頼でしばらく戻らないって聞いたけど……」
「マスターに依頼?」
ミノーは眉をひそめる。
先日ベンソンと同じ超級冒険者になったミノーだから、疑問を抱いていた。
世界的な雇用の一翼を担う冒険者ギルド。国家を除けば世界最大の組織である。
その冒険者ギルドでも特別な地位を持つ超級冒険者。超級冒険者として認められるには相応の実績が必要だが、実績を手にしたところで、タダでその地位を認められるかと言えばそうではない。
超級冒険者には義務が一つ。冒険者ギルドからの指名依頼に応ずる必要があるのだ。
無論、通常依頼を受けるのは自由だが、この時期にわざわざベンソンが出向くほどの通常依頼があるものだろうか。
……いや、ない!(反語)
「なっ、み、ミノー!?」
湯船から立ち上がったミノー。
流石に外で裸で入浴などしては居なかった。更に、前回ビキニでシレッドの前に出てガン見された教訓から……今回は何故か競泳水着だった。
別に教訓から学ぶ気も無かったミノーである。
湯船を消して、空魔法で髪も一気に乾かし、体の上に直接服を作る。
この間6秒。
「ちょっとギルド行くから先に戻るね」
シレッドが返事をする間も無く、ミノーは飛び去った。
突然の出来事に、シレッドはしばらく停止していた。
数日の後、ベンソンはジア・ニーラスより西方の街に到着した。
フォーネン公国から西方、ファルガナ法国までの道のりは長い。この街は言わばただの通り道だが、一応ギルドには顔を出す。
ブルーニカのギルドマスターであるガルソーから情報が届いているかもしれない。
ベンソンはギルドの前に立つ。そこまで大きい街ではない。ギルドの大きさも相応だ。
用事を済ませる為にギルドの扉を開く。
「……」
「……」
……閉じ「そっ閉じ良くない!」る前に詰め寄られる。
艶のある黒く長い髪。こちらを射抜かんとするような黒く鋭い瞳。最近見た風変わりな容姿だ。そしてその背には銀色の傘。
ギルドの中、仁王立ちで待ち構えていた。
「……ミノー、何故お前がここにおる」
ベンソンの疑問にミノーは「んふふ」と笑い、得意げに腕を組む。
「ブルーニカのギルドマスターから全部聞きました。超級って凄いですね。食券濫用のお食事券です」
「後半は何を言っとるのか分からんが……ガルソーめ、教えたのか」
「あたしもお手伝いしますよ」
「……ミノー、この先はお前が関わるべき事ではないのだぞ」
「大丈夫です。それに、もうギルドからの正式な依頼として受けているので引き返せませんね」
「……」
「マスター、何言ってるか分からないかもしれませんけどね、あたしはそこで知らん振りできる勇気の持ち主じゃないんですよ」
「……そうか。分かった、好きにしろ」
こうして、超級冒険者二人が一つの依頼に就いた。
【ファルガナ法国へ出向き、戦争屋の足取りを掴む。
同時に、戦争屋による流星魔法及び陽灼魔法の模倣を阻止する。
実力行使による解決も止むなき場合、冒険者ギルドの責任でこれを許可する】




