力を持つということ
「ところで、これって何なんですか?」
腹拵え。ミノーは久々の食事の粥をいただきながらベンソンに問う。
聞いたのはベンソンから突然渡された鉄傘の事だ。
「それは魔剣だ」
「へえ、魔剣ですか」
ミノーは側に立てかけた鉄傘に視線を落とす。
その人がそれを何度見ても、剣ではなく傘にしか見えない。誰が見ても同じではあるが。
「魔剣……ねえ」
「お前分かっとらんな?」
ベンソンが言うには魔獣に認められた者が魔獣から授けられる装備らしい。
装備らしい、というのは、どうやら魔剣というのは形がものによって様々なのだとか。
故にそれが傘の形をしていようがなんだろうが、魔剣は魔剣との事だった。
「魔剣があるとどうなるんですか?」
「魔獣の力が使えるようになる。
魔剣の力はそれを与えた魔獣によって異なる。儂の魔剣は嵐獣の力を操る事が出来るが、そいつは鋼獣の力……金属を操る力でも備えておるのではないか?」
あの純金属しか扱えない力かと、ミノーは辛くも倒した相手の力を微妙に思う。
(んー……まあ使い方一つかしら?)
元から空魔法なる魔獣の力が備わっているが故にか、無いよりマシかという程度の感想だった。
「マスターの双剣って魔剣だったんですね」
「昔に少しあってな」
「ああ、二つ名、【嵐獣狩り】ですもんね」
(なるほど、合点。二十年前にここを襲った魔獣っていうのがその嵐獣で、マスターはそれを倒して魔剣と二つ名ゲットって事ね。
……ん?でも魔獣ってそんなちょくちょく襲って来ないよね?)
「魔剣って他にも結構あるんですか?」
「いや、この国には二振りだけだ」
「……えー」
もしかしなくても、ベンソンが今も腰に携える双剣とミノーが側に立て掛ける鉄傘の事だった。
ミノーは魔剣の力よりも、予想を遥かに上回る希少性に驚くのだった。
「盗まれちゃいそうですね」
「……ああ、そうだな」
と、遠い目をするベンソン。あまりに分かりやすいその様子に、これ絶対魔剣で苦労した奴だとミノーは察する。
「魔剣を狙う術が盗みだけとは限らん。
持ち主諸共手に入れようとする輩も居たものだ」
「へ、へえ〜」
(持ち主……この厳ついおぢさんごと?
この滅茶苦茶強いマスターをどうにかしてでも魔剣って欲しいものなの?)
「この国はベンソン以外の魔剣持ちが居なかったのさ」
と、フロミアは言う。
「この国は比較的安全な領域にあるんだよ。魔獣の住処が少ない。だからこそ発展してきた国なんだけど、その大きさの割に魔剣持ちは居ない。なんたって魔剣の元になる魔獣が居ないからね。
そんな時に嵐獣が現れて、ベンソンがこの国唯一の魔剣持ちになったのさ」
「他所の国は魔剣をいくつも持っているんですか?」
「そう何本もあるもんじゃあないよ。知られてる限りではあんたの鉄傘で八本目さ」
(世界で見ても八本。やっぱり超貴重だね。)
「だが持ち主が問題だったのだ。元々六振りあった魔剣の内三つは隣の帝国が抱えておる。
公国と帝国の関係は知っているな?」
知ってる。隣のエディンフェル帝国は近隣の国を吸収しながら一気に領土を拡大してきた国。
帝国は虎視眈々。公国は明日は我が身。双方備えを急いでいる。
余談ではあるが、帝国との国境間際ブルーニカの外壁も数年前に完成したばかりのものだった。結界塔も最新鋭の強力なものになっている。
しかしいくら前線基地を整えたところで、ここフォーネン公国は魔剣も究極魔法も無い『牙の無い大国』。
「だから魔剣を持ち、一騎当千の戦力になるベンソンが公国は欲しかったのさ。
しかも面倒な事に、この国は各地の領主の権限が強くてねえ……」
どう言う事と言えば、この公国はある種連邦国家という事。
領地の中では領主が大公よりも強い権限を持っている事で、同じ国ではあるが小国の集まりという見方もできる。
「ああ、行く先々で勧誘されたんですね……」
「うむ」
「それは御愁傷様でした」
公国に国軍というものは無い。全て領軍なのだ。大公すら、抱えているのは自らが治める領地の領軍という事になる。
そしてベンソンは引く手数多。それはもうあちらこちらからあらゆる手段でアプローチを受けたのだろう。
ご苦労な事であると、ミノーはまるで他人事のように振る舞う。
「だがミノー、お前も魔剣持ちになったのだぞ?」
「……あっ」
ミノーは側にある鉄傘とベンソンを交互に見る。
フォーネン公国に魔剣持ち。それはオークの群れに女騎士というレベルの惨状だと、今更に自覚する。
「あ、あんの……!」
ミノーは自らをオークの群れに突き出した犯人を思う。
あのまま消え去るか立ち去れば良かったものを、とんでもない置き土産をしてくれたと言ったところだ。
(鋼獣やっぱりふざけてんでしょうが!何が『望み叶えれば良い』だっていうの!次に会ったらもう一回蒸発させた上で鉄傘も返品してやる!)
鋼獣も良かれと思って魔剣を授けたのかもしれないが、別にミノーには鉄傘を使ってやりたいことも無い。
むしろ面倒事に巻き込まれた上で戦争に……それも切り札、主力中の主力として投入されかねない。
仮想敵エディンフェル帝国にはベンソンの同格に当たる魔剣持ち三人。ミノーもミノーなので死にはしないだろうが、それらに当たれば無事で済む気もしない。
頭を抱えて当然だった。
「ど、どうしよ……オークの村の女騎士みたいにぬっちゃぬちゃにされる……」
「……まて、一体どういう事だ」
「あ、そうだ!じゃあこの魔剣が欲しい人にあげれば解決じゃないですか!」
「無理だな」
垣間見えた一縷の希望は一瞬でベンソンに切り捨てられた。
「魔剣の力を使えるのは魔獣に認められた持ち主だけだ。
その……よく分からんものも力が無ければ誰も欲しがらんだろう」
「マジかあ……変なセキュリティ付けちゃってもう……」
「言ってる事の意味は分からんが……面倒を避けるにはこれを手にすれば良い」
ベンソンは小さく笑いながらそれを取り出す。
ベンソンの手には青色の金属で出来たプレートが持たれていた。
名前:ベンソン
等級:超級
登録地:ジア・ニーラス(ユクテス)
「青……超級冒険者のプレート?」
ミノーもしばらく冒険者ギルドの受付で働いていたので知っている。見た事は無かったが。
7〜10級までの銅のプレート。3〜6級までの銀のプレート。1、2級の金のプレート。そして超級の蒼銀のプレート。
「冒険者ギルドは国家間の事情に対して中立だ。特に本部は南方の王国にある。帝国と公国の事情に首を突っ込む事は無い。
その冒険者ギルドの中で超級ともなれば、国もあれこれと要求する事は出来ん」
「え?あたしが超級とか、そんな簡単になれるものなんですか?」
「問題無い。超級には実績が必要だが、お前にはそれがある」
ベンソンは顎で鉄傘を指す。
魔剣。魔獣を撃退し、魔獣に認められた証。世界で八人しか持たない実績だ。
「あとはお前の気持ち一つだ」
「やります!」
即答。
面倒を避けるには、ミノーにはもうこれしか無いのだ。
「ならば食べ終えたらギルドに行くぞ」
「はい」
やはり鉄傘を返品するのは無しにした。超級冒険者として厄介事を跳ね除けるのに必要になるかだ。
だとしてもこの先、これまでと同じようによは行かないだろう。
それも分かってはいるのだが、気の軽いものではない。
しかし先の事など考えても、気が重くなるだけで良い事などあった試しも無い。
だから今はとりあえずと、ミノー食事を楽しんだ。
思えばブルーニカを出て以来の、久々の食事だった。




