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空の魔法使い  作者: テルヒコ
英雄が生まれた湖
28/61

自分だけの望み

 ミノーが目を覚ましせば、そこは二度目に見る部屋だった。

 シングルサイズのベッドが大半を占める狭い部屋だ。その狭い部屋にはミノーの他に、もう一人。


「……マスター」

「起きたか」


 ミノーはベッドから体を起こしてはベンソンの様子を上から下まで注視する。体のそこら中に傷痕は見られるが、概ね大事ない様に見えた。

 ミノーは注意深そうにベンソンの様子を見ていた。一方でベンソンは、そんなミノーの様子に肩を竦める。


「人の心配が先か」


 ベンソンの言にミノーは視線を止める。

 一瞬驚いた様な表情を浮かべたその人だったが、すぐさま小さく笑みを浮かべた。


「どうせなんともありませんからねえ」


 言葉の調子はブルーニカで聞き慣れた軽い口調だった。


「ミノー……」

「ブルーニカではすみませんでした。あたしの勝手で、大分ご迷惑をおかけしたみたいです」

「……」

「魔獣も、最初からあたしが出ていればよかったはずでした。

でも、結局マスター一人にやらせて、怪我までさせてしまいました。ごめんな「ミノー」さ……」


 ミノーが頭を下げようとするが、ベンソンに遮られる。

 もう見ていられなかった。

 ブルーニカで見せた様な軽い口調も、真摯な謝罪の言葉も、本当はそれどころでない。見て分からない者など居ようか。

 ミノーは泣いていた。


「もう良いんだ、この馬鹿者め……」


 ベンソンはミノーの頭を抱きしめた。


「自分にもその優しさ、少しは向けてやれ」


 この美濃澄という人物はとても歪だった。

 臆病であるこの人物は、臆病である以前に自分に興味が無いのだ。

 自分の為に自分の意思で何かをしようという事が無い。それはどこか、自分という人物は取るに足らないものだという劣等意識からなのかもしれない。

 他を見て慮る事が出来る性格でもあるが、むしろそれは自己が薄いからこそであって、主観と客観を持ち併せる強さとは違っていたのだ。

 前の世界で孤独に身を置いていたからこそ、その視点は客観だったのかもしれない。

 しかし、こちらに来てからは違っていた。美濃澄と違って、ミノーには居場所があったのだ。

 その中で、自己は確かに芽生えていた。

 しかし、その幼い自己を形成する要素に問題があった。

 陣も詠唱も無い魔法。死んでも直ぐに再生する不滅の体。それは魔獣の力そのものだった。

 美濃澄として確立した要素があまりに薄かったのが災いした。自分を成しているのは化け物の要素だと、ミノーは思っていた。

 ブルーニカを去る時、ミノーが選んだのは自己の拒絶だった。自分があまりに怖かったのだ。

 だが拒絶した所で、そんな器用にできるものではない。

それに、体ばかり化け物でも心は違う。


「ふっ、ゔっ、えぐっ……」


 ベンソンの腕の中、ミノーの息遣いはすすり泣きのそれに変わっていった。


「こわかったあ……」


 当然だろう。様々な事があった。

ブルーニカで二度死んだ。夜道で首を搔き切られた。自らの血で溺れた。

 家族も同然だった友と離別した。

 一人西に向けて何日も何も食べずに彷徨った。一度死んだ。

 ジア・ニーラスで三度死んだ。突然体から力が抜けて視界が暗転した。鋼鉄の化け物の噛み殺された。二度、化け物に背を抉られて激痛のあまりに気を失ってそのまま。

 常人にも耐えがたい。元が臆病にも関わらず、これでよくも魔獣まで倒せたものだ。

 それはそうだろう。拒絶した自己を、何度も殺したのだから。


「ああ、もう大丈夫だ」


 ベンソンがあやすも、ミノーは更に大声を上げて泣いた。

 喉の下に押し込められた意思が泣けと言っている。

 喉の熱が胸の温かさに変わるまで、ミノーはそのまま泣き続けた。




 漸く落ち着いたミノーはベンソンから離れ、目元を拭ってから口を開いた。


「マスター」

「なんだ?」

「みんな、知ってるんですか?あたしの事」


 ミノーが聞いたのは先の鋼獣との戦いでの事だ。

 ミノーが持つのは魔獣の力そのもの。陣も詠唱も無しに鋼獣をも圧倒する魔法。背に致命傷を負っても直ぐに再起してしまう体。

 恐ろしく危険な力だ。それが人に伝わればどうなってしまう事か。

 自分も周囲も安心出来よう筈が無い。だからこそ、最も隠しておきたいと思って居た。

 しかし、鋼獣を相手にして隠し通す事は出来なかった。

 ベンソンの前で、少年の前で、領軍の前で、魔獣を一撃で仕留めるだけの魔法を見せつけ、更にまたしても死に、目の前で生き返った。

 最早隠し通す事は出来ない。


「知っておる」

「……そうですか」


 ミノーはどこか悲しげに目を伏せる。

 ベンソンは部屋の壁に立てかけてあったそれを取り、ミノーに差し出した。


「お前のものだ」


 ミノーは両の手で受け取る。それは重そうな見た目に反して片手で持てるような重さだった。


「……傘?」


 随分と大きい和傘だった。長さは1メートル程もある。

 尤も、おかしいのは大きさよりもその材質だ。石突や骨組はまだ分かる。だが全部が全部、紙の部分までが銀色の金属で出来ていた。


「なんですか、これ?」

「ミノー、お前歩けるか?」

「?……はい」

「付いて来い」


 ベンソンは立ち上がり、ミノーを促す。

ミノーも頭に?を浮かべながら、ベンソンを信じて付いて行く。

 鉄傘は一応持って来た。


「おや、起きたのかい?」


 部屋から出て廊下を付いて行くと、以前会った恰幅の良い女性に声をかけられた。

 フロミアは食堂の椅子に座っていた。


「具合はどう?」

「大丈夫です。おかげさまで」

「そう、大丈夫なら良いよ。あんた、魔獣を倒したんだってね」

「……」


 魔獣を倒した事は広まっている。

 広まる事は承知の上で首を突っ込んだのだ。織り込み済みだがしかし、心の折り合いが付いていた訳では無い。

 ミノーは返す言葉が出て来ない。言葉を詰まらせながら、目を伏せる。


「ありがとう」


 ミノーは思いがけない言葉に顔を上げる。


「あんたのおかげで街は守られた。みんな、居場所を追われずに済んだんだよ。ベンソンも生きて帰って来れた。

本当にありがとうね」

「……違う」


 そんな事は無い。自分は力を持ちながら逃げ出そうとしていた。ベンソンだって、自分のせいで魔獣と戦う羽目になったのだ。

 魔獣を倒せる力だって最初から持っていた。当然、そこに立ち向かうのは自分の役目だったのだろう。

 それなのに、自分は当然の事をやらされたに過ぎない。


「何も違う事などない」


 しかしベンソンがそれを否定する。


「お前が丸一日寝ておった間に、鋼獣が撃退された事はジア・ニーラス(ここら)一帯に広がっておる。それをお前がやった事もだ」

「……」

「当然、ここらを取り仕切る各方面もお前の事は知る所となった。

……ついては領主自ら、お前に礼を言いたいのだそうだ」

「でも…」

「誰もお前を化け物などと言わん」

「!」

「二十年前にも、ここは魔獣に襲われた。街が幾つも消えた。人も大勢死んだ。だが今回は違う。犠牲者は無く、街も無事。

ミノー、お前のお陰だ。

お前は人々の信頼を得るに足る事をした。自分で、居場所を勝ち取ったのだ」


 聞くに、自分が思っていたものとは違う状況らしい。

 ミノーは恐る恐る、ベンソンに問うた。


「……また、戻れますか?」

「お前が望めばな」


 居ても立っても居られない気持ちだ。

 喉奥のつっかえに踠き苦しみたくなる様な感覚とは違う。

 どこからともなく湧き上がる様な、とにかく居ても立っても居られない。

 ああもう、ここにルヨちゃんでも居れば丁度良かったのに!と、ミノーは仕方ないので目の前にあるもので代用する事にした。


「マスター!」


 勢い良くベンソンに飛び込んだ。分厚い胸板に頭を擦り付け、これでもかと思いをぶつけた。

 嬉しいのだ。どうしようもなく。

 どうも最近は感情が御せない。この喜びも。

 しかしそれはベンソンも同じだった。

 飛び込んできたミノーの頭をわしわしと強く撫でる。その顔にいつもの厳しさは無かった。


「……娘でも居たら、こんなだったのかねえ?」

「……そうかもな」


 ベンソンは珍しく苦笑いで答える。

 床にはミノーが手放した鉄傘が横たわっていた。

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