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空の魔法使い  作者: テルヒコ
英雄が生まれた湖
26/61

共に守る為

 ユクテス東側の結界の外、ベンソンは鋼獣を相手に持ち堪えていた。

 鋼獣は砂鉄を操り、炸裂する矢の雨を降らせてベンソンを追い詰めようとする。

 だが、ベンソンも人並み外れた高速の機動と熟練の立ち回りによって鋼獣の攻撃を凌ぎ続けていた。

 それでもまだ時間が足りない。住民の殆どの避難は済んでおらず、ユクテスには残っている筈だ。

 だが、それ以上にベンソンの限界が近かった。

 身体機能に依らない体の動きは筋肉や腱に負担となり、関節を軋ませる。強引な圧力の変化による急加減速に内蔵が揺れ、血液が偏る。

 ただでさえ人間の脳は自らの足で出せる速度以上には十分な反応ができない。それも一度は老いから一線をを退いた身である。

 多少なりとも勘は鈍り、反応速度も全盛期からは落ちている。

 だがそれでも、ベンソンは諦めない。瞳には強い意志の光が宿っていた。

 一度は娘一人守れなかった。だが今度こそは何としても守り切ると。




 その時突然、街の結界の中から巨大な矢が放たれた。矢は鋼獣の方向に向けて飛翔した。

 大部分の矢は地面に突き立ち、一本は砂鉄の壁に阻まれた。

 矢はユクテスから放たれたバリスタによるものだった。

 ベンソンが見れば結界の中からユクテス駐屯地の領軍が五台のバリスタに次弾を装填していた。


「ベンソン殿!助太刀致す!」


 彼らを率いているのは精鋭部隊の指揮官だった。彼もまたベンソンと共に鋼獣を足留めする道を選んだのだった。

 ここで鋼獣を倒す事は依然不可能に近い。しかし、上手くいけば手傷の一つも与えられるかもしれない。

 ベンソンは一つ頷き、再び鋼獣に向き合った。

 だが、鋼獣は結界の中のバリスタを睨んでいた。そして鋼獣が幾度目かの咆哮を上げる。

 するとベンソンに対抗して広範囲に展開されていた砂鉄が一点に集まり始めた。

 更に、砂鉄の塊は鋼獣の力により形成されていった。


「まさか……あれも爆発するか!?」


 ベンソンが驚きの声を上げるそれは、例の爆発する矢だった。だがその矢の大きさ足るや先程までのそれの比ではない。領軍部隊が扱うバリスタのそれよりも一回りも二回りも大きな矢だった。

 その矢が一本、ユクテスの街に向けて放たれた。


「いかん!」


 矢が結界に阻まれるその瞬間に巨大な矢が白煙を上げ、一拍の後に炸裂した。

 大きな火柱と衝撃が結界を襲う。

 結界の中に居た領軍部隊は全員が無傷だった。

 しかし、彼らに降り注ぐ雨が次は無い事を報せていた。結界が破られたのだ。


「くっ、次弾装填をーー」


 部下に次弾装填を急がせる指示をしかけた彼だったが、鋼獣の様子に言葉を詰まらせる。

 既に鋼獣が砂鉄を集め、先程と同じ巨大な矢を形成していたのだ。


「退避!」


 百八十度方向転換した命令を下した時には既に、矢が弧を描きなが空中をゆっくりと飛翔していた。

 そのゆっくりとした間に全員が逃げ切るのは不可能だろう。

 命令を下した彼は自分に向けて一直線に落下してくる矢から目を離さず、その時を待った。

 ……だが、なかなかその時は来ない。

 永遠にも感じられる一瞬だったが、どう考えてもその間は一瞬では無かった。ついに矢はその間を待ち切れず、白煙を上げた後に爆発してしまった。

 何が起こったのか。

 ベンソンと鋼獣はその姿を認めていた。


「ミノー、お前なのか?」


 その少女は無表情で、ゾッとするような色の無い表情でベンソンの横に立っていた。

 少女はベンソンを見向きもせず鋼獣を見据えたまま、小さく首肯した。

 ベンソンがブルーニカを出てから今までずっと探していた人物だ。

 ブルーニカでは戦争屋共の拠点に乗り込んでも軽い喋りをしていた明るい人物だったが、今はベンソンに言葉も発しない。

 ベンソンもフロミアからミノーの事を聞いていた。酷く取り乱した様子だったと。

 今の様子と合わせて考えても、彼女の心が平常ではない事が分かる。

 それなのに今は、ベンソンはこの娘一人に頼む事しか出来ない。


「すまんが……少し手伝ってくれんか?」


 ベンソンの問いかけに『そのために来ました』と、呟くような一言がベンソンの耳に届いた。

 こんな子供に、自分のせいで居場所を追われ心中穏やかではなかろうこの娘に、目の前の化け物と戦えと言っている事実。

 ベンソンとしても道理に適わない話だと分かっている。だが、それでも今はミノーの力が必要なのだ。

 ベンソンの背後には守るべき故郷と、そこに住まう人々が居るのだ。




「奴は金属を操る力を持っておる。

奴の体も見ての通り金属で、大質量の打撃しか通用せん。

だが攻城兵器を当てようにも奴の操る砂鉄に阻まれる。

あの砂鉄を突破する術が必要だ」


 ベンソンは知り得た鋼獣の情報をミノーに伝えた。

 ベンソンの頭には鋼獣を破る術が無い。しかしブルーニカで陣魔法をも破って見せたミノーならば、この鋼獣を倒す手立ても持ち得るかもしれない。

 知らなければそこまでの賭けだったが、ミノーは静かに口を開いた。


「金属を操る……そんなはずはありません。

人体には鉄もマグネシウムもカルシウムも、銅だって含まれています。

あれが本当に金属を操れるなら、みんな死んでます」


 人体には金属が含まれている。

 ベンソンの知らない事実だ。エルフならば知り得た事実かもしれないがミノーは何故か知っていた。

 そしてその言を信ずるならば、一つ分かる事がある。


「奴の力には制限があるのか?」

「……砂鉄を操っているなら、金属の種類の制限は関係無いはずです。血液には鉄が含まれていますから。

だとすれば人体の金属は操れないか、或いは……金属以外(・・・・)は操れないか」


 言うが早いか、ミノーは広域に空魔法を展開する。

 中途半端なリソース量ではちょっとした抵抗ですぐに魔法が剥げ、身動きが取れなくなってしまう。

 過去の失敗から、今回は一つの空魔法につき全リソースをつぎ込む事で魔法の剥離を防ぐようにしていた。


「O2集積、燃焼加速」


 周辺の酸素が集められ、鋼獣の周囲の環境が書き換えられる。


「着火」


 その時、鋼獣の周囲が爆発的な燃焼を起こした。

 一部から上がった小さな炎は雨にもかかわらず、刹那の内に砂鉄から砂鉄へと延焼した。

 火が消えると黒く流動していた砂鉄は赤茶に変色し、ボロボロと崩れ落ちていった。

 やがて鋼獣が操っていた砂鉄は全てが燃焼し、そこら中を赤茶色にして二度と動き出す事は無かった。

 ベンソン達を散々に苦しめた砂鉄は、一瞬で無力化された。


「……何をしたのだ?」

「全部の砂鉄に金属でない物質を混ぜました。

やはり金属以外を操る事はできないらしいです」


 やはりミノーは無表情のまま、淡々と告げる。

 なんでもない様子のミノーにベンソンは、喜びとは違う笑いが込み上げて来る様だった。

 が、喜んでおくべきだろう。


「良く分からんが、良くやったな」


 ベンソンは後方をちらと見た。

 街の中から鋼獣を狙うバリスタは、全てが装填されていた。




 突然現れたあの少女は何者か。

 彼女が現れた時、結界を破る程の威力を持つ鋼獣の攻撃が止められた。タイミング的に見て、彼女の仕業と考えるべきなのかもしれないが、俄かには信じ難い。

 遠目にも黒く長い髪が目立つ彼女がベンソンと何やら話したかと思えば、鋼獣の操る砂鉄をが爆炎にも似た炎を上げて崩れ落ちた。

 ここに居る誰もがあの砂鉄に散々苦戦を強いられた。それが一瞬にして焼け落ちた。

 誰がやったのか。あの少女以外には考えられない。

 彼らにとり、それは二つの意味で夢の様な出来事だが、いつ迄も呆けている訳にもいかない。その点ユクテス駐屯地の兵達は優秀だった。

 この場に於いて唯一鋼獣に通用する打撃であるバリスタ。又とないこの好機に、その準備は整っていた。


「撃て!」


 二度目のバリスタが放たれた。鋼獣をも貫き得る巨大な矢が標的に向けて飛翔する。

 だがその時、鋼獣の体に変化があった。

 バリスタの二発が鋼獣に命中する。巨大な金属同士が衝突する音がした。

 しかし、バリスタの矢が鋼獣を穿つ事は無かった。矢は変色した鋼獣の体表に弾かれ、地面に音を立てて転がった。

 指揮官を始めとし、バリスタの射手達は目を疑った。

 鋼獣の銀色だったはずの体表は、油膜を思わせる虹色の光沢を放っていた。


「馬鹿な……」


 ベンソンすら目を見開いて驚きを露わにしていた。

 ベンソンは鋼獣の威力偵察に参加し、その攻略法として大質量の打撃のみが有効打になると知った。

 故になんとかして砂鉄を排除し、魔弾魔法或いは攻城兵器を命中させる事が唯一、鋼獣を撃退する方法だと考えていた。

 しかし、その攻城兵器が効かなかった。

 つまるところ、最早この化け物にあらゆる攻撃は通用しないという絶望的な事実を突きつけられたのだ。

 だがその時、ベンソンの横に佇むミノーが無表情に口を開いた。


「チタン……」

「……チタンとは?」

「鉄より軽い金属ですけど、単体だとそこまで硬い金属ではありません。けれど他の金属と混ぜるととても強靭になる事があります。バリスタを防ぐくらいなら、多分その合金です」


 バリスタを防ぐ程の強靭な金属。

 またエルフくらいの者しか知り得ない様な新事実だ。


「そのチタンとやら……奴を倒すにはどうしたら良い」


 せっかく見つけ出した策も通じない。最早縋る他は無かった。

 ベンソンは僅かな可能性に賭け、ミノーに問う。


「……時間を稼いでください」


 今のベンソンには期待以上の答えだった。


「時間があれば……奴を止められるのか?」

「はい」

「どれくらい必要だ?」

「良いというまで」

「良かろう」


 術があるというならば、出来る事を成すまでだ。

 ミノーもどれほど時間があれば鋼獣を止められるか、正確には分からないのだろう。

 だがそれでも、止められるなら十分だ。


「マスター」

「なんだ」

「あの虹色、チタンの酸化皮膜の色です。鋼獣(あれ)は酸化金属は操れない。だから、虹色の部分は動きが悪くなる筈です。

それと、狙うなら金色の関節部分にしてください。あれは恐らく、柔らかくて腐食に強い金属……金で出来ているはずです」

「なるほど、分かった」

「……マスター」

「なんだ」

「……」


 まだ何かあるのかと、ベンソンはミノーを見やる。

 見れば、ミノーの表情に変化があった。

 その表情をベンソンはよく知っている。自分を送り出した人々の多くがそんな顔をしていた。

 呼びかけに続く言葉は無かったが、言いたいことは良く分かった。


「……大丈夫だ」


 やはり、優しい娘だ。少々歪だが。

 人に対して……このベンソンに対してそんな顔が向けられるのに、何故自身はそうしていられるのか。


(最早、自分自身を諦めているのか?)


 ベンソンは前に進み出た。

 先には不気味な虹色に姿を変えた化け物。それを倒す為の時間を稼ぐ為。


「ミノー、お前はただ底抜けに優しいから此処に居るのでは無いのだな。

お前に全て託そう。そしてその結果で以って証明して見せろ。お前は確かにそこにあるという事を」


 ベンソンの呟きはミノーの耳に届いていた。

 ミノーは鎖骨の間辺りに手を添えて、少しだけ目を伏せた。




 ベンソンが鋼獣と対峙する。

 先に仕掛けたのは鋼獣の方だった。

 巨大な質量が動く反動でぬかるんだ地面を抉り、大地が揺れるような衝撃を上げながら駆ける。

 ベンソンは向かって来る鋼獣の懐に一気に潜り込み、剣にありったけの圧力をかけては金色の関節を斬りつけた。

 ベンソンは鋼獣から反撃を受ける前に離脱する。

 見返すと、金色の関節部分が小さく抉れていた。

 それだけでは無い。よくよく見てみれば鋼獣の虹色の体表の其処彼処に小さなヒビが入っていた。

 鋼獣は再び距離を詰め、ベンソンに襲いかかる。

 しかしベンソンは持ち前の機動で牙と爪を躱し、更に隙を見て金色の部分に反撃を加える。

 ベンソンは鋼獣の動きを見切れていた。

 体の大部分をチタンに変化させた鋼獣の動きは確かに遅くなっていたのだ。

 その理由として、そもそも鋼獣の動きそのものは自然界としては然程素早く無いのだ。

 脚の速さ一つ取っても、虎の形をしているにも関わらず、その速さは『人よりも速い』と言われる程度。

 幾ら軽いチタンと言えども金属なのだ。そもそもチタンとて、重さだけ見ればアルミニウムやリチウムよりも重い。強固な割に軽いのがチタンだ。

 そしてそのチタンと、チタンよりも遥かに重い金で構成された莫大な質量を持つ巨躯は、明らかに素早く動くには不向きだった。

 更にチタンが形成する酸化皮膜が鋼獣自身の動きを阻害し、人の目に留まる程度の動きしか出来なくなっていた。


(言った通りか)


 ベンソンもまたその事実に気がついていた。そしてその意味する所も。

 鋼獣は確かに追い詰められている。チタンという諸刃の剣を持ち出さねばならぬ程に。

 目の前の化け物はもう後が無い。

 ベンソンは決定打を待つだけだ。




 互角以上に鋼獣と渡り合うベンソンだったが、それを見るミノーの表情は晴れない。

 結局、助けに来たというのにベンソン一人に鋼獣の相手をさせている。

 本来、ベンソンが相手をする筈だった相手ではない。ベンソンは自分の死が原因でここに来てしまっただけなのだから。


「駄目だなあ……全く」


 自分が死ななければ……自分が居なければ、目の前でたった一人化け物と戦っているのは今もブルーニカ冒険者ギルドで辣腕を振るっていた筈だ。

 知りもしなかった。自分のせいでその人が責任を取らされただなんて。死なない体と空魔法を持ちながら一人泣いていた間に、その人が一人で魔獣と戦っていただなんて。

 それでもミノーには分からない。何が悪かったのかと。

 自分の為に戦って。自分を失って。自分を消して。何もないから人を生かして。

 それでこの様だ。

 自分にも落ち度はあった。けれど全てを完璧にこなさなければならなかった?


「本当に、もう、分からない」


 分からない。分からないが、ミノーには一つ分かっている事があった。

 以前にも似たような気持ちになった。

 理不尽に対する感情。これは怒りだ。

 あの時は、まだ余裕があったのだろう。表情には出なかった。

 だが今は違う。

 憎さ余って悲しさ百倍。ミノーは涙が溢れそうだった。

 自らの感情を受け止める事から逃れてきたツケか、近頃はどうも感情を御せない。

 年の割には人としての成熟が足りていないという事か、その涙は癇癪を起こした子供の涙にも似ている。

 そして、その幼げな怒りは目の前の理不尽に向けられていた。




 魔法を遥か上空の雨雲まで薄く広くのばす。

 ミノーは抑えられない感情を乗せ、力任せに空を分離し始めた。

 やがてミノーの手の中に小さな小さな球体が出現する。

 打撃では空魔法の全リソースを注ぎ込んだ所で鋼獣を破壊する事は叶わない。

 逆にミノーの命令による強制力が負けて空魔法が剥げてしまうだろう。

 だが空魔法の真に恐るべきは、魔法が剥げない限りは無限にエネルギーを発生させる事ができる事にあった。

 つまり鋼獣を打撃で破壊する事は叶わないが、打撃に換算すれば鋼獣を簡単に破壊出来るだけのエネルギーを生み出す事は容易いのだ。

 だからこそ、時間をかけてエネルギーを蓄積し、一撃を作り出す必要があった。

 遥か上空、雨雲の中でそれは起こっていた。

 雨雲を構成する水や氷の粒が気流に乗って対流する。その粒が互いに衝突を繰り返し、電子が弾き出され、吸収され、正と負に分かれた。

 自然界の法則により正の電荷は更に高空へ、負の電荷は雨雲の底辺に追いやられようとする。が、そこに不自然なエネルギーが加わった。

 ある一定範囲の負の電荷が雨雲を下回り、地表のある一点に集められた。

 自然界の法則に従おうと負の電荷は反対方向へ斥力を発揮するが、電荷一つが抗える力では無かった。

 少しずつ、着実に、負の電荷はその一点へと集積されていった。

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