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空の魔法使い  作者: テルヒコ
英雄が生まれた湖
24/61

嵐獣の双剣

 その日、シレッドはできる事も無く、下宿の食堂でやきもきとしていた。そこにフロミアがお茶を持ってやって来る。


「まったく見てられないねえ。男ならもっとどんと構えな」


 フロミアの方を向いたシレッドは尚も難しい顔をするばかりで落ち着かない様子だ。


「でも……もう三日だ。街中探してもミノーは居ない……」


 ミノーが姿を消したその日、魔獣が近くに居るという噂がジア・ニーラスに広がった。

 シレッドは嵐獣の襲来を体験していない世代だが、ジア・ニーラス全域としての対応は非常に早かった。すぐさま全域に警戒が敷かれ、領軍並びに冒険者ギルドを挙げての魔獣の捜索が始まった。

 そしてミノーが姿を消した次の日、魔獣が北で見つかった。

更に次の日にはジア・ニーラス中の重要人物が西の湖畔の街、ロワイテスに招集され、対策会議が行われた。

 そして今日、領軍と冒険者ギルドの精鋭による威力偵察が行われていた。


「魔獣騒ぎで街からも出られない……あいつ……大丈夫かな」

「……シレッドあんた、あの娘に白蛇から助けて貰ったと言ったね」

「え?うん、まあ……」

「どうやって助けて貰ったんだい?」

「……分からない。崖に追い詰められて、そしたら突然白蛇の頭が落ちたんだ。鋭い刃物で切られたみたいだった。

でもミノーは離れた所に居たから、多分魔法だと思う」

「……シレッド、分かってるとは思うけどね、白蛇はあの大きさで、鱗も肉も骨もかなり硬いんだよ。

ベンソンくらいの腕とあの剣(・・・)があれば話は別だけどね、例え戦斧を使ったって、白蛇を両断するだなんて並大抵の事じゃないよ」

「……えっ?」

「白蛇を魔法で一撃、相当できるね。……きっと大丈夫さ。あの娘なら」


 フロミアの言にシレッドは尚も納得のいかないような表情をする。

 尤も、それはミノーの実力を疑っている訳ではない。

 ただそれでもやはり心配で、そして力になれない……彼女に必要とされない自分の事が少し面白くないだけだった。

 二人がお茶を飲んでいると、玄関の扉が強く開けられた。

昨日から降り続く雨の中を急いで来たのだろう。雨に濡れた青年が息を上げて食堂に現れた。


「フロミアさん!すぐに来てくれ!」

「フレンガ?どうしたんだい?」

「部隊が帰って来た。怪我人が多い。ベンソンさんも手傷を……」

「ベンソンが……待ってな。直ぐに支度をする。

シレッド、フレンガ、あんた達も来て手伝いな」


 フロミアはしゃきしゃきと自室に戻り、準備にとりかかった。


「フレンガさん、魔獣は…」

「分からねえ。だがヤバそうだ」


 フレンガの口ぶりからして、恐らく魔獣は未だ倒せていない。その上、かつて嵐獣を倒した英雄ベンソンが手傷を負って帰ったという。

 シレッドは息を呑む。

 彼もまた嵐獣が去った後の世代で、その上の世代が如何に恐ろしい思いをしたか聞かされるばかりだった。故にどこか、単なる昔話のような感覚だったのだろう。

 しかし一度はベンソンの実力を垣間見た彼が今の報せを受た事、その魔獣が直ぐ近くに居る事が、彼の中にある魔獣の脅威を現実的なものとした。

 人の心配などしている場合では無いのかもしれない。ここに至り、シレッドはそう感じ始めた。




 時は少し遡り、ウィレイ達四人は再び北部で魔獣を捜索していた。

 一昨日は魔獣の存在を確認する為だったが、今日は違う。魔獣の力を確認する為の威力偵察、それを行う精鋭部隊を魔獣まで導く為の索敵としてここに居る。

 本隊は冒険者と領軍の精鋭一八名。索敵はウィレイ達と同様の四人一組が三隊で行われていた。

 ウィレイが手元を確認し、静かに声を上げた。


「班長、魔応石に反応あり。近くに居ます」


 ウィレイが手に持って居たのは一昨日の箱ではない。剥き出しの魔応石だった。

 木札の上に留められたそれは雨降る薄暗い森の中、確かに白い光を放っていた。


「3番の魔応石がそこまで反応するとはな。

奴が近いのは分かった。今度は見つかるといかん、仕舞っておけ」

「はい」

「班長、あれを」


 見れば不自然に山林が開けた場所があった。一昨日と同じ様に。そして、その先にきらりと光が見えた。


「ここに居たか。奴め、少しずつユクテスに近付いているな。

ウィレイ、テオヒム、本隊に位置を伝えろ。

俺とシュッツはここで奴を見張る。

足元と白蛇に気を付けろ」


「「了解」」


 程なくして人類と魔獣の戦いが始まる。

 彼らがなぜ存在し、なぜそこに居るのか。それは誰にも分からない。

 しかし人類は今回も……今回こそは、勝たねばならない。

 例え相手が不滅の存在でも。




 偵察の二人に導かれ、本隊は鋼獣が確認できる位置まで来た。


「四人共、良くやった」


 合流した本隊の指揮官が偵察の四人を労う。ここから先は本隊の仕事だ。

 本隊の内容は領軍精鋭四人小隊が三つ、一級冒険者四人パーティーが一つ、そして指揮官と超級冒険者ベンソンの一八名から成る。


「まさかあの様な魔獣が居るとは……」


 誰かが声を上げるが、それはこの場の総意の代弁でもあった。

 報告には上がっていた。全身が金属でできた巨大な虎。金属特有の光沢を放ち、如何にも硬質なその姿。しかしその巨躯には鎧の様な継ぎ目も無い。にも関わらず、その動きは本物の虎そのもの。金と銀で出来た巨大な虎の像が動いている様で不気味だ。


「ベンソン殿、貴方はあの魔獣をどう見る?」

「……厄介な力を持っているやもしれません。

奴の体は明らかに全身が金属。それでいてあの滑らかな動き。普通ならば銅像の様に固まってしまうはず」

「確かに……しかしそれが?」

「嵐獣はその名の通り、嵐の力を操る魔獣でした。

その力はこの一帯を大嵐に巻き込むだけにあらず。暴風を操って凄まじい速さで駆け周り、雷さえ自在に操った。奴も系統は違えど、同様の力を持っておるはずです。

……金属を操る事が出来ると言うなら、奴のあの体にも説明がつきます」

「なるほど……奴が金属を操れるとなるとかなり拙いな」


 それもそのはず。なにせこの場に於いて金属製品を身につけていない者は殆ど居ない。

 下手をしたら自分の身を守る防具に殺されかねない事になる。


「儂が出ます」


 ベンソンは金属の胸当てを外しながら言った。


「ベンソン殿、確かに嵐獣の力で生み出されたその剣ならば……いや、しかし一人では危険です」

「奴も人より足が速い様ですが、この剣を使えば退却も可能です。

弓師と魔導師で支援の指示を頼みます」

「……どうか無理はなさらず。

貴方が倒れてはこの先、魔獣との戦いが一層厳しいものになります」

「心得ております」


 そしてベンソンは一人、鋼獣に立ち向かって行った。

 近付いて行くと、相手もこちらに気が付いた様だ。鋼鉄の体の中で存在感を主張する黒い眼がベンソンを見据える。

 一気に空気を吸い込み、そして咆哮した。

 山全体が震える様な凄まじい重低音がベンソンを突き抜ける。

 相対するベンソンは双剣を構えたまま揺るぎない。覚悟に満ちた瞳をしていた。

 鋼獣がベンソンに飛びかかる。蹴られた地面は草の根諸共抉り取られた。


ギギュイン!


 雨降る山林に火花が散る。ベンソンは一瞬のうちに懐に潜り込み、鋼獣に一撃二発を加えていた。

 だがその直後、大地の揺らぐ様な衝撃が響く。

 ベンソンに潜り込まれた鋼獣はそのまま腹で着地し、押し潰そうとしたのだ。

 それでもベンソンは素早くその場を脱していた。

 手応えが無いと鋼獣も分かったのか、すぐさま立ち上がる……。


キキィン!


 その前に、鋼獣に向けて矢が放たれた。だが、その全てが鋼の体に弾かれる。

 鋼獣は何事も無い様に立ち上がった。

 距離を取ったベンソンはちらと手に持つ双剣を見やる。

 双剣には煙の様なものがまとわりつき、パチパチと放電の光を放っていた。

 放電の光が瞬く度に、刃毀れが修復されゆく。


「硬いな」


 弓矢による効果はほぼ無し。ベンソンが斬りつけた部分も二筋の傷は付いたが、ダメージにはなっていない様子だ。


「ならば」


 刃毀れが完全に修復された双剣に再びスパークが走る。だが、それは先程よりも大きなそれだった。

 ベンソンは一気に加速し、鋼獣に迫る。

 鋼獣は右前脚を振りかざして迎撃する。が、鋭い鋼の爪は空を切った。

 ベンソンが持つ双剣の力だ。ベンソンは急停止して爪を躱し、更に一気に加速して右後脚に狙いを定める。


パギャアン!


 斬撃と共に鋼獣の右後脚を衝撃が襲う。斬撃と同時、雷が襲ったのだ。




 今更だが、ベンソンの双剣はただの双剣ではない。

 嵐獣の双剣。

 その剣が持つのは嵐獣の力そのものだった。

幾度と見せてきたベンソンの人並み外れた加減速機動。嵐獣の力……気圧の操作によるものだ。

 普段我々はほぼ意識する事が無いが、我々は気圧という莫大な圧力下で生活しているのだ。

 1気圧という標準を分解すれば分かる。一般に約1013.25hPa。つまり1平方メートル当たり101325Nの圧力がかかっている。キログラムにして約10328kg。早い話が約10トン。

 そしてベンソンは嵐獣の力を使い、自身の周辺、小範囲の大気圧を操る。それが意味するところ、ベンソンは最大で1平方メートル当たり10トンもの力をアシストする事ができる事になる。

 全盛程の機動は体も反応もついて行かないが、それでも超級冒険者を名乗るに相応しい実力は疑いようも無かった。




 ベンソンの強力な斬撃に右後脚が払われる形になり、右前脚を上げていた鋼獣はバランスを崩す。

 更にそれに合わせ、魔法が放たれた。


ギギン!ズゴォン!


 放たれたのは魔弾と岩槍の魔法。岩槍は弾かれ、魔弾は直撃した。

 恐らく攻撃が通ったのだろう。鋼獣が上げた凄まじい重低音には苦痛の色が感じられた。


「……」


 斬撃や刺突は効果が薄い。雷は効果無し。魔弾魔法の様な質量攻撃は命中すれば効果あり。

 有効打が与えられる攻撃の種類は分かった。

 今この時、ベンソンを中核とする部隊が鋼獣を翻弄しているかに見えた。

 しかし、魔獣がこれだけで終わるなら苦労はしない。

 鋼獣は立ち上がる。その黒い眼は怒りに満ちていた。




 ところ代わり、ミノーは長い銀髪を濡らしながら、滝の前の岩に腰掛けていた。

 無表情に見つめる川は水量を増し、濁りを激しく下流へ運んでゆく。

 流石にこれでは水に入る気にもなれない。

 だが喉の下は雨では冷え切らず、全身に温い不快感を感じていた。

 ミノーはやがてそれさえ消してしまう。


「あたしは……何を……」


 だが、言葉と共に感情が滲み出る。

 消しても消しても、次から次へとやりきれない感情が湧いて出てくる。

 突然遠くから低い音が響く。それは遠雷にも似た、何かの咆哮だった。


「魔獣……」


 夜を二つ挟んだ前の事だ。森を彷徨っていたら、先程と同じ咆哮が聞こえた。

 誰かが魔獣に襲われていた。

 自分の居場所はもう無いのかもしれない。けれども、どこか諦めきれない。

 だから手を出したくは無かった。

 しかし、世界で誰も知らない恐ろしさを彼女は知っていた。

 助けなければ、その人は死ぬ。

 自分はまだ良いかもしれない。死んでも世界が終わる訳では無いのだから。

 しかし彼は生き返らない。

 主観の虜囚たる人間の死。それはその人にとり、世界の終わりと同義。

 無二の恐怖だ。

 その死に瀕している彼を見殺しにしたなら、自分が本当に人間では無くなってしまう……居場所が無くなってしまう気がした。

 だから助けた。

 遠くから続けて大地が揺れる様な音と、甲高い金属音が連続して響いた。

 誰かが魔獣と戦っている。

 ミノーは分かっていた。彼を逃す時に魔獣と相対したミノーは、一度の死を以ってその脅威を体験していた。

 あれと戦えば誰かが死ぬ。自分が助けに入らない限り。

 そして今、誰かが戦っている。

 しかし、ミノーはその場から動けなかった。


「もう……嫌だよ……もうやめてよ……」


 優しさではどうにもできない。そんな時もあるのだ。




 ところ戻り、精鋭部隊は窮地に立たされていた。遂に魔獣がその脅威を剥き出しにしたのだ。

 ベンソンもまた内心ではその魔獣の実力を甘く見ていたのかもしれない。

 前回の嵐獣があまりに大被害を出した為に、今回はそれ程の被害を未だ出さぬ鋼獣の実力をどこか低く見ていた。

 しかしここに至り、ベンソンは認めていた。

 この鋼獣、戦闘能力に於いては嵐獣をも上回ると。


「ベンソン殿……」

「撤退だ」

「ええ、ですが、逃がして貰えるかどうか」


 ベンソンは鋼獣を睨む。

 鋼獣もまた怒りを含んだ眼でこちらを射止めている。そしてその周囲には、黒い砂の様なものが立ちのぼっていた。


「奴め……砂鉄をあの様に使うとは……」


 黒い砂の正体。それはそこら中の地中から集めた砂鉄だった。金属を操る魔獣は砂鉄を自在に操り、精鋭部隊を追い詰めていた。

 攻撃を加えれば砂鉄の壁に阻まれ、時に砂鉄は鋭い刃の形となって襲いかかり、更には非常に長い射程を持つ槍ともなった。

 今現在、この戦力では鋼獣を倒す術が無かった。


「儂が殿を引き受けます。退却の指揮を頼みます」

「しかしベンソン殿!ここで貴方が倒れては「承知しております」」

「急いでください。奴の砂鉄、先程よりも増えている様子です」


 ここでベンソンを失えば最終的な勝利が遠のく。絶対にここで失う訳にはいかない。

 しかし、他に打つ手は無い。そして迷っている時間もまた無かった。


「……撤退する!動ける者は動けない者に手を貸せ!」


 そうして撤退が始まる。

 しかし、鋼獣も黙ってはいない。撤退を始めた部隊に砂鉄の腕を伸ばした。


「させん!」


 ベンソンが間に入り、砂鉄を断ち切る。


「今しばらく相手をしてもらうぞ」


 ベンソンは部隊の撤退が済むまで時間を稼ぐ。そして彼もまた死ぬ気は無かった。

挿絵(By みてみん)

4番の魔応石→魔応石が4割含まれた合成物

3番→3割


番号が低い程反応し難いらしいです。

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