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空の魔法使い  作者: テルヒコ
英雄が生まれた湖
20/61

英雄の故郷

 ジア・ニーラスの北側。

 昨日にミノーが居た滝から程近く山の中、小高い場所に大きな松の木が生えていた。

 ゴツゴツした枝にクッションを敷いて一人、ミノーは腰掛けていた。湖の全域を臨める良い眺めだが、ミノーが見るのはそこではない。

 湖の周辺にポツポツと見える集落や市街。中でも一際大きな塔が見える所に狙いを定め、空魔法を使った。

 大気の屈折率を変え、レンズ型にする。直径1メートル程の大きなレンズだ。

 円盤の中に遠方の風景が拡大して映し出された。……像が上下左右逆さまに。

 レンズを二枚にしてやる。今度は景色がぼやけて映し出されたが、レンズの距離を調節して鮮明に見えるようにする。


「むーん、ここの街もそうかあ」


 眺めたのは街の出入り口。ジア・ニーラス周辺のいずれの街もブルーニカの様な巨大な外壁に覆われている訳ではないが、やはり出入りは管理されている様だ。そもそも空を移動出来るミノーにしてみれば外壁が有ろうと無かろうと同じなのだが。

 しかし結界塔がある以上、侵入はどうしても探知される。

ミノーも流石に無理矢理侵入してお縄につくような事態は避けたい。

 だが身分証も無ければ先立つものも無いのだ。別に悪い事など何もしていないが、ミノーはブルーニカで死んだ事になっている筈なのだ。あれこれ調べられて足がつく事もまた避けたかった。


「……ま、いっか。どうせ死なないし」


 どうせかけがけのある命、湧けども尽きぬ命だ。命を削りながら、ゆっくりと時を待てば良い。どうせ元に戻ってしまうのだから。

 ミノーは枝から空中へ踏み出す。また水の中でゆっくりと考えようと、すっかりお気に入りになった滝へと歩みを向けた。




 その頃、少年は遅い朝を迎えていた。

 普段なら彼も冒険者の端くれとして、冒険者ギルドで実入りの良い依頼を勝ち取りに早朝から出向く所だが、この日は違っていた。

 服を着替えて荷物を持ち、狭い部屋から出る。

 平屋の廊下には彼が出て来たドアと同じものがいくつか並ぶ。

 外界からはジア・ニーラスと一括りにされがちな地域だが、現地からすればそれはかなり大雑把な区切り方だ。

 何せ、複数の街村からなるそれは面積も大きければ、巨大な湖を中心として四方を山河に囲まれた地形は道を迂回させる。

 今の時代では、人々はその全体を生活圏とはできない。よってコミュニティや都市機能は複数に分割されている。

 それは冒険者ギルドも同じ事で、ジア・ニーラスの冒険者ギルドは本部と四つの支部から成る。

 この広大な地域に冒険者ギルドが一箇所だけでは立ち行かないのだ。主に冒険者達が。

 もし仮にこの広域にギルドが一箇所しか無かったとして、湖の正反対から依頼が届けられたのでは、依頼する方もされる方も幸せでは無いというものだ。

 しかし、冒険者ギルドが五箇所あるとは言え、やはり依頼を受ける為に逐一隣街まで赴くのも億劫である。

 故にジア・ニーラスの冒険者達はギルドがある所に集まる。

 ここで話は戻るが、彼もまた冒険者ギルド支部がある、このユクテスの街にて下宿部屋を取って生活していた。

 顔を洗って食堂に出ると、恰幅の良い女性がお茶を飲んでいた。


「おや?シレッド、今日は休みかい?」

「いや、寝坊しちまって……ギルド行く前になんか腹に入るもんないかな?」

「まあ、情けないねえ。冒険者は朝から勝負だってのに。待ってな、スープを温めてあげる」


 いつもならその勝負に果敢に挑んで依頼を勝ち取っている頃だ。だが昨夜はなかなか寝付けずに居たのだ。

 なんとか心を落ち着けて目を閉じても、まぶたの裏に銀髪の少女が映り込む。そしてなんとも形容し難い気持ちになるのだから始末に負えなかった。


「ほら、さっさと食べてギルドにお行き」

「ああ、すんません……」


 受け取ったスープを口に運ぶ。遅い朝の空きっ腹に暖かいスープが染み渡る。魚のすり身も甘みの出た野菜も、美味い。それなのに悶々とした胸の重さが辛かった。


「……はあ」


 溜息が漏れたが、ギルドには行かねばならない。スープの残りを口に運ぶ。


「……それは恋だね」

「ブフォアッ!?」


 不意打ちにシレッドは思わずスープを吹き出す。


「なんだい、図星かい?」

「ゲホッ、い、いや、俺は……」

「別におかしくもなんとも無いさね。世の中の人間、大半は男と女が恋して産まれてきてんだよ。あんたも素直に認めちまえば、楽だと思うけどねえ。

……でもねシレッド」

「……?」

「朝に起きれないほど盛るのはおよし」

「ちげーよっ!」

「連れ込むのは良いけど、あまり汚すんじゃないよ」


(この管理人(クソババア)なんて事を言いやがる!)


 半ば自棄になってシレッドはスープを腹に詰め込む。そしてなんとか調子を取り戻し、遅まきながらギルドに向かうのだった。




 ギルドに行くと、何やらいつもとは様子が違っていた。どこか色めき立っている様な、そんな空気だ。

 数ある冒険者ギルドの支部の支部とあっては大都市部程の規模は無いが、街の中ではそれなりに大きな建物である。

 そのギルドの中がざわめいていた。

 そんな様子にシレッドは首を傾げる。丁度テーブルに先輩方のパーティーが集まっていたので、声をかけてみる。


「すんませんフレンガさん、なんかあったんすか?」

「ん?シレッドか。丁度良いとこ来たな。あれ見てみろよ」


 フレンガと呼ばれた青年は顎でカウンターの方を示す。よくよく見てみれば殆どの人の視線はそちらに向いていた。

 緊張で挙動不振になる受付嬢にカウンターを挟んで向かい合うのは初老の男。短髪は全体に白く染まっているが、筋張った四肢は太く、背筋はピシリと伸びている。


(そして腰には二対一組の双剣……っておいおいもしかして……!)


「英雄が帰って来たぜ」


 この街で知らぬ者は居ない。そこに居たのは元ブルーニカギルドマスター、超級冒険者のベンソンだった。




 ベンソンは挙動不振な受付嬢に申しつけ、ジア・ニーラス冒険者ギルド、ユクテス支部の支部長に取り次いだ。

 流石は超級冒険者、VIPである。すぐに支部長室に通された。


「ベンソンさん、お久しぶりです」


 支部長室に入ると、一人の男性に出迎えられる。どうやら支部長らしいこの男すら、ベンソンを上に見ているらしい。挨拶と共に頭を下げてきた。


「久しいな、ラグロックス」


 ラグロックスと呼ばれたこの男、濃紺の髪はボサボサで、無精髭を生やした長身の中年男性だ。

 こんな身形でも現役の2級冒険者。相応の実力と、支部長を任せられるだけの人望を持っている。

 二人は来客用に向かい合って備えた座椅子に掛け、話を始めた。


「ブルーニカでの事は聞いています。……災難でしたね。

ここの奴らも、ベンソンさんへの処分に納得していないのが多いです」

「ふむ、その話は良かろう。儂は納得しておるからな」

「そうでしたね。すみません、変な事聞いて。

それで、これからはここに留まるんですか?それなら下の奴らも喜びますが……」

「いや、ここでの用事が済み次第、儂は依頼で西方に出る。……詳細は儂からは話せん。ブルーニカのギルドマスターに問い合わせてくれ」

「……そうですか。ベンソンさんが居てくれたら、うちの業績も上がると思ったんですがね。アテが外れました。ははは」

「なに、用事と依頼が済めばここで余生を過ごすのも良いかもしれん。どの道、引退しとるかもしれんがな」

「ははは、期待しときます。ところで、ここでの用事ってのは?」

「その事なんだがな」


 ベンソンは牡丹が付いたポケットから一枚のプレートを取り出す。

 ベンソン達超級冒険者のプレートは蒼色の金属……蒼銀と呼ばれるもので出来ている。だが、ベンソンが出したそれは銅のプレート。10級から7級までの冒険者に与えられるものだった。


「何も聞かず、こいつを方向探知にかけて欲しい」

「……訳あり、ですね。分かりました」


 ラグロックスはプレートを受け取り、自らプレートを方向探知にかけに部屋を辞した。

 数分の後、ラグロックスは支部長室に戻る。


「こいつの持ち主は、この支部から北北東に居ます。

ここは湖の北の湖畔なんで、その北北東となるとモロ山ん中ですね」

「そうか……やはりここだったか……。手数をかけたな」

「いえ、別にこれくらい……人探しならうちで依頼も出せますけど」

「いや、こいつの持ち主は恐らく、それを望んではおらん。

よって今の遣り取りも、他言無用だ」

「……分かりました。

ベンソンさんなら大丈夫だと思いますけど、その方向で白蛇らしきものを見たって奴が居ます。一応気を付けてください」


 ギルドを辞したベンソンは早速街の外に繰り出す。

 目の前に広がるジア・ニーラス(小さな大海)。波がキラキラと日の光を反射し、本物の海と見紛う美しさだ。

四方を囲む山々は緑に包まれ、緑の間を清流が通う。

眼に映るもの全てがベンソンには懐かしかった。

 ミノーは奇しくも、ベンソンの故郷に逃れていたのだ。

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