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空の魔法使い  作者: テルヒコ
城塞の陰謀
17/61

不器用な英雄

「では明日から、ギルドを頼むぞ」


 ブルーニカ冒険者ギルドの一室。そこで二人の男が会していた。


 一人は色黒の初老の男。ベンソンだ。元超級冒険者の彼はその実績と経験を買われ、ブルーニカ冒険者ギルドのギルドマスターとして勤めていた。


 だがそれも、この日までの話。


「……他ならぬあんたからの頼みだし、ギルド本部からも正式な依頼が来ている以上はそれに従うのは吝かでは無いさ。

しかし得心ならねえ。確かに未来ある若者が一人死んだろう。しかしそいつは冒険者だ。自分の生命は自分で責任を持つ冒険者だ。それで何故あんたが責任を取るんだ?」


 もう一人の男はそうベンソンに問う。


低いテーブルを挟んでベンソンと向かい合う形で座る二十代半ば程の男。

 紫色の長髪を後ろで一つにまとめ、耳は長く尖った形をしていた。


 随分と荒い言葉遣いの割に瞳には知性が宿る。質問の趣旨もベンソンの進退に納得していないだとかそういう訳では無く、ただ単に知的好奇心から聞いた様なものだ。


 このエルフの男性が、明日からはブルーニカ冒険者ギルドのギルドマスターとなるのだ。


「……約束があったのだがな、守れんかった」


 ベンソンは伏し目がちに言う。いつもの様な合理からなる淡白さと自信からなる飄々とした雰囲気とは違う。

 少なからず自責の念を滲ませながら言った。


「なるほどな。あんたは昔からそういうとこが不器用だ。剣も仕事も、人一倍器用にやって見せるのにな」


 男が聞きたかったのはそういう事では無い。だがベンソンがそう答えた以上は、これは理屈の話では無い。

 ベンソンをよく知る彼だからこそ、頭を切り替えてそれ以上の追求はしなかった。


(どうせ追求したとこで、自分でも整理が付いていないんだろうよ)


 そこでその話は終わった。そして次の話を切り出したのはベンソンだった。


「……ガルソーお前、陣だけで発動する魔法に心当たりはあるか?」


 ガルソーと呼ばれたエルフの男性。彼はベンソンの言に一瞬片眉を上げ、途端に重苦しい空気を吐き出した。


「あんた、それを何処で……成る程、例の件で見たんだな」


「知っている様だな。その通りだ。連中は広範囲に及ぶ上位の治癒魔法を床下に、それから対象を重力で縛る闇魔法を手甲に仕込んでいた。それに転移魔法もな」


「なんだと?」


 そう言うとガルソーは座椅子の背にもたれ、腕を組んで考え込んだ。


 ベンソンは知っていた。このガルソーの頭脳の回転の速さ足るや人並みのそれでは無い。

 そのガルソーが考え込んでいた。

 ベンソンは思考の邪魔をせぬよう、彼の答えを待った。


 やがて思考の海から帰った彼は口を開く。


「件の魔法だがな、実は昔っからそういった試みはあんだよ。俺らの間でもな。

しかし上手く行った試しは少ねえ。

先ず以って陣が何で出来てるのか分からねえ。当然ながらその辺で売ってる墨で陣を描いても何にも起こらないだろうさ。

そして陣の内容だ。魔法を使う時一瞬だけ現れる複雑難解な陣をどうやって写し取る?

そしていい加減な陣でも描いてみろ」


 ガルソーはぐーの形にした右手をぱっと勢い良く開いて見せた。


「これで逝っちまった奴、体の一部が吹っ飛んじまった奴……俺が知らねえとこで何人やらかしたのかは知らねえがな、一人や二人じゃなかろうぜ」


「だが連中の魔法は種類こそ少なかったが、正常に機能していた」


「……ここ最近、それこそ一年も経たない頃からだな。そういう魔法を扱う輩が居るって話だ。

出所は分からねえが、陣を作ってはばら撒いている野郎が居る。

そいつが何者かは分からねえ……だが陣に対して適切な素材を選び、実に正確な陣を描く事が可能なだけの力を持っているのは確かだ」


「……俄かには信じがたい事だな。エルフの叡智を以ってしても実現しなかった事なのだろう?

そんな事が出来る者が居るのか?」


 ベンソンの疑問は尤もだった。


 エルフという人種は外見こそ耳以外の違いは無いが、寿命が倍ほど人間より長いのだ。

 生きる時間の感覚が違う彼らは、何処其処の国問わずに人間とは生きる領域を住み分けている者が多い。


 そんな彼らの中には長い寿命の中でより多くの世の理を知る者、探求する者が一定数存在する。

 賢者と呼ばれる者だ。

 時に革新的な技術や知恵、時に魔法を人々にもたらす彼らは、一般に人々の間ではエルフの代名詞とされる事すらある。


 しかし、その賢者ですら件の魔法の開発は困難を極めた。

 その魔法陣をポンポンとばら撒いている者が居ると言われてピンと来るはずも無い。


「それが個人とは限らないぜ。……まあ、俺としては個人であった方が有難いんだけどよ」


 ガルソーはそう言う。そしてここからが深刻な問題だった。


「なあ、当然この街にも結界塔はあるんだろう?」


「ああ」


「今でこそ、都市や重要施設は結界塔無しには成り立たない。住民の安心感が違うからな」


 ベンソンは首肯する。街の中心に聳える大型の塔。結界塔。巨大な外壁に守られたこのブルーニカにもそれはある。


 この街の結界塔は物理的遮断と探知に特化している。この巨大な街だ。隠蔽する意味も無い。

 仮に外壁を越えて来た侵入者も忽ち探知され、お縄につく。

 魔獣や敵国兵が攻めて来ても、強力な結界が攻撃を阻む。


 だからこそ、高性能な結界塔のある都市に人々は集まる。

 今やその辺の村落にすら結界が張られ、人々の暮らしには欠かせないものになっている。


「だがな、そいつを作った奴は決して村人に安心して暮らして欲しいから結界塔を作った訳じゃ無い。戦争の最中、強力無比な要塞を作る必要に迫られたからだよ。

あんたが見た治癒魔法だって、病める人々を癒す為じゃない。傷ついた兵士を戦えるようにする為だ。

分かるか?

この世を発展させてきたあらゆるものはな、争いと共に生み出されてんだよ」


「平和利用など望むべくもない、か」


「……ここでさっきの話に戻る。

例の件、事の発端は聞いてるぜ。お貴族様のとこの坊ちゃんを裏ギルドが手にかけようとしたって事になってんだろ?

しかし随分とキナ臭い話になってんじゃねえか」


「うむ、連中は裏ギルドなどというチンピラの集まりではなかった。まあ大半は有象無象だったが、魔道士五人に加えて陣魔法だ。

しかも全員領軍にしょっぴかれたが、その後音沙汰も無い」


「んで、あんたは罷免だ。おかしいだろ?」


「笑えばよかろう」


「ああ?違う違う。あんたが馬鹿らしいだとかそんなんじゃねえよ。

仮にも英雄の一角のあんたがだぜ?ギルドマスターとして寡兵と共に裏ギルドを一網打尽。そりゃあ万々歳じゃねえか。

ところが人一人死んだからギルドマスターを罷免だとよ。

……なあ、あんたはさっき約束を守れなかったと言ったがな、俺が聞きたかったのはそんな事じゃねえ。

人死になんて大義名分に決まってんだろ。何故本部はあんたを切り捨てる?」


 ベンソンは目を見開いた。そうだ。何故今の今まで気がつかなかったのか。


 ベンソンはミノーを受け入れると言った側から、結局は守りきれずに死なせてしまった。


 あの娘がどんな気持ちであの場で戦ったのか。ただ自分の居場所を守る為にそこに立った。力を隠していた彼女にとり、そういう意味ではベンソンは邪魔ですらあったのかも知れない。

その上で死なせた。死なせてしまった。


 自責の念から、本部からの罷免の通達も直ぐに受け入れた。償う方法が他に見つからないのだ。

しかしその一言がベンソンの目を覚ました。


『人死になんて大義名分』


 ギルドマスターの座を退く事など、償いでもなんでもなかったのだ。

 その事実にベンソンは奥歯を噛み締めた。


「まだあるぜ。暗殺の標的になったお貴族様の坊ちゃん、身元不明なんだってな?」


「ああ、そうだ」


「そいつなんだがよ、どうもお隣さんの皇族に似てるって話だぜ?」


「何!?」


 荒唐無稽な話だ。だが否定も出来ない。何せあんな連中から命を狙われていたのだ。重要な人物であろう事は想像に難くない。


「別に信じてくれとは言わないけどな。俺だって例の貴族の坊ちゃんの顔も見た事なけりゃ、お隣さんの顔も見たと事は無えからな。

だが冒険者に罪を擦りつけた上で暗殺を企てた事。その暗殺者の集団を倒したあんたが排された事。俺には偶然とは思えんがね。

そんでもって連中の目的だが……皇帝の血筋に名を連ねる者が他国の奴に害されたとなっちゃあ、戦争もんだろうな」


「馬鹿な、仮にも皇族ともあろう人物が碌な警備も無い下級貴族の下に留まっているとは……領主、いや、国は何をしているのだ」


「もうお互い様なんだろうさ」


「何?」


「隣の帝国は継承権も無い皇子を害されたとして戦争を吹っかけたい。

公国としても皇子には帝国側の暗殺に遭ってもらって、これは謀略だなんだと言って受けて立つつもりなんだろ」


「何故そう言い切れる」


「いや何、これは俺の想像なんだがな……。

今頃両国の首脳は、怪しげな連中から画期的な新兵器を売りつけられて、それさえあれば戦争になっても楽勝……いや、むしろそいつを試したくて仕方ないんじゃないかと思ってな。

そう、例えば誰でも魔法が使える様になる素敵な魔法陣とかな」


 魔法とはその種類や状況、使い方にも依るが、戦力としては非常に有力なものだ。故にどこの軍でも魔道士は抱え込んでいる。しかし魔道士は絶対数が圧倒的に少ない。その上、魔法の種類はその人が持つ適性によってまちまちなので、どうしても戦力としてベストなバランスに纏めるのは難しくなる。

魔道士とは難しい戦力なのだ。


 しかし、もしも兵士一人一人が大なり小なりの攻撃魔法、或いは支援魔法を使えたら如何だろうか。

 結果、比類なき効果を発揮する事は想像に難くない。


 そしてそれが叶う魔法陣が軍に売り込まれたら、一も二も無い。言い値で購入だ。

 そして軍は強大な戦力を補強し、売り手はそれ以上の莫大な利益を上げる。


 戦争屋。それがガルソーが見立てた、連中の正体だった。


◇◇◇


「戦争が変わる」


 重苦しい雰囲気の中、おもむろにガルソーは口を開く。


「連中は恐らくこれだけでは終わらない。

上位治癒魔法、対象を縛る闇魔法、転移魔法……それだけじゃ無え。

奴らは激化する戦乱の中で更なる利益を求め、新たな魔法を模倣し続ける。

一人殺す魔法から二人殺す魔法へ。二人殺す魔法から十人殺す魔法へ。十人殺す魔法から百人殺す魔法へ。魔法と共に惨禍は発展し続ける。

人の世が滅ぶまでな」


 ベンソンは何も言えなかった。ガルソーが告げた未来予測はあまりに大袈裟で、実に現実味を帯びていた。


 だが、ベンソンにはどうする事も出来なかった。この腕っ節一つで戦争屋を止められるなら苦労無い。唯一持っていたギルドマスターの地位も今日限りだ。


「なあ、明日から依頼を受けないか?」


 そんなベンソンにガルソーが切り出す。


「死んだ冒険者、そいつが暗殺を阻止したんだろ?引いては戦争を阻止したって訳だ。

なら供養って訳じゃないが、戦争屋が最大の禁忌を犯すのを阻止すんだよ」


 その言に食いつかないベンソンでは無かった。前のめり気味に即答する。


「詳しい話を聞こう」


「両国軍に同様の陣が卸されるなら、戦線は程なく疲弊し、泥沼化する筈だ。

そうなれば少なくともどちらかの首脳は決定打を戦争屋に乞う。

それが究極魔法だ。遅かれ早かれ、連中は必ず究極魔法を模倣すべく動き出す。

それを阻止する為、あんたには西方に行ってもらう」


「西方……ファルガナ法国だな?」


「そうだ。この世にたった四人存在する究極魔法の使い手……陽灼魔法と流星魔法の二人が居る」


 フォーネン公国を西へ抜けるといくつかの国家が存在する。

 中でもファルガナ法国は決して広い領土を持つ訳では無い。


 しかしその国は大国たる影響力を十分に持っているのだ。

 その一つが強大な抑止力。双肩を成す二つの究極魔法だ。

 究極魔法というだけあって、並の魔法とは訳が違えば次元も違う。


 いわば戦略的な意味を持つ存在だ。


「双方供に国が召抱える人物だが、連中なら力尽くでもやるかもな。

そこであんたの出番って訳だよ。奴らの戦力はあんたが身を以って体験して居る筈だ。

……この国じゃ、まだあんたより強い奴は居ないんだろ?」


「買い被るな。娘っ子一人守れん老いぼれだ」


 だがこの老いぼれにもまだできる事はあろうと、ベンソンは意気込んだ。


◇◇◇


 ベンソンにとってもあの事は痛恨の極み……無念の字に尽きる。


 ギルドマスターとしての合理に走るばかり、ただの小娘一人の重責にも気付いてやれなかった。

 そして受け入れると約束をしたにも関わらず、まんまと刃を通された。

 ただでさえ呼吸も儘ならん程に弱った体に刃が突き立った。打つ手も無く、程なくして息絶えた。


 だが、苦しみに力無く喘ぐその今際は、それまでに見てきた誰とも違っていた。


(あれは、拒絶だったのだろうか……今となっては分からん事だが)


 そしてミノーを看取ったベンソンの頭は自分でも驚く程に冷えていた。怒りと殺意とは別物なのだ。


 ミノーを殺した女は、気がつくと地に伏して居た。

 しかし直後、その背に魔法陣が浮かび上がり、女は消えた。転移魔法により、重要人物の一人にもまんまと逃げられてしまったのだ。


 思い出し、ベンソンは奥歯を噛み締めた。


 部屋の外から騒がしい足音が聞こえて来た。次第に音は近くなり、ドアが力強く開けられた。


「マスター!」


 部屋に入って来たのは白猫獣人の受付嬢、アネットだった。

 余程急いで駆けてきたのだろう。その息は上がり、手には銅のプレートが握られていた。


「アネット?どうした。何があった」


「あの子の体……戻って来ないって言ってましたよね。領軍に問い合わせても知らないの一点張りだって」


「……ああ、そうだ」


 一先ず屋敷の一室に安置したミノーの遺体は、領軍による臨検の後、引き渡される筈だった。

 だが、返っては来なかった。いくら問い合わせても知らぬの一点張りで、ベンソンが強引に屋敷に乗り込んでも遺体を見つける事が出来ずに、葬儀も出来ずにいたのだ。


 アネットもそれは悲しんだ。自分を姉御と慕ってくれていた大切な人を失ったのだから、しばらく放心した程だ。


「でもこのプレート、リレーションが切れないんです」


「何?」


 アネットは続ける。銅のプレートが歪むのでは無いかというほど強く握り締め、目に涙を溜めながら。


「それで、気になって方向探知にかけて……」


「まさか、生きておるのか……!?」


 アネットは言葉を紡げなかった。代わりに首を縦に振る。

 ベンソンは立ち上がり、アネットに詰め寄った。


「何処だ!ミノーは何処に……!」


「ここがら……グスッ、西でずぅ……」


「西……」


 ベンソンは振り向く。ガルソーは座椅子にもたれ、小さく笑みを浮かべていた。


「決まりだな」


 翌日、ガルソーがギルドマスターに就いた。


 同時に超級冒険者が一人、ブルーニカを発った。西に向けて。

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