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空の魔法使い  作者: テルヒコ
城塞の陰謀
15/61

奥の手

 短杖の魔道士の一人が詠唱を始める。先はミノーにまんまとしてやられたが、タネが分かればやりようはある。


「【-- --- - ----】天降」


 詠唱が完了すると魔法陣が現れる。銀色に光る魔法陣は魔道士達の頭上で拡大し、空中で固定された。魔法陣からは強風が吹き下ろした。


「先程はしてやられたが、例の毒煙が貴様のアキレス腱だ。先ずはそれを封じさせて貰った」


 先程ミノーにあたった連中は皆、黒い球から噴出す毒煙によって昏睡させられた。煙を吸い込めば忽ち気絶してしまうが、全く吸わないのも難しい。そこで対抗策として、自ら風上を作り出したのだ。


 だが、ミノーはと言えば程よい手加減の策としてクロロホルム玉……通称クロ玉を使っていたに過ぎない。動揺など微塵も無い。

 魔道士達はミノーに先手を打たせようとはしなかった。先程は油断が無かったと言えば嘘になる。それを踏まえ、敵に考える隙も与えぬ為だ。


「【- - - ----】炎槍!」


「【-- - --】魔矢!」


「【---- ---- -- --】青雷!」


 異なる性質の魔法、そして攻撃のタイミングも合わせた。回避も防御もできまいと考えての事だった。


 しかし、少女を焼き尽くすかと思われた炎は目前で消え失せ、魔法の矢は金属的な音と共に何かに弾かれ、青色の雷は直角に軌道を変えて天井に落ちた。


「火と、質量と、電気ね。物理は勉強してきた?」


「な、なんなんだお前は!?」


 あり得ないものを見たとばかりに声を上げたのは一人。ただし表情は皆同じだった。


「じゃあこっちのターン」


 ミノーは空気を練り始める。魔道士達の魔法の所為でか、体が痛みを訴え始めた。


 時に、空魔法のリスクとは何か。

 実は空魔法を使う事それ自体のリスクは何も無い。しかし、魔法効果に対して抵抗が掛かった時に、展開している部分の体が痛みを訴える。そして、痛みは言わずもがな、体への危険信号である。


 そのまま無理に魔法を使い続ければ、しばらくその部分で魔法を使う事は出来なくなる。そしてどういう訳か、その部分は力も入らなくなる。

 ミノーがこの世にやって来て直ぐの頃、緑の高台での出来事がそうだ。

 空龍に支配された領域での空魔法の使用は直ぐに抵抗を受け、そして、無理に魔法を使い気絶した。


 だがここは空龍に支配された領域ではない。多少の無理は利く。いや、制限の無いこの空間に於ける空魔法は無理などではなく、最早不条理と言って良いだろう。


「な、な……!」


 魔道士達は開いた口が塞がらなかった。


 なぜなら目の前の小娘が、大の大人十や二十そこらが集まっても持てそうもない超巨大な戦鎚を横薙ぎに振り回して来たのだから。


「たすけーー」


ドパァン!


 一人の言葉を最後まで紡ぐ前に超巨大戦鎚が魔道士五人を纏めて吹き飛ばす。吹き飛ばされたはされたのだが、戦鎚は衝突の瞬間水になった。

 戦鎚は五人の誰の命も奪う事は無かったが……考えても見て欲しい。高い場所から水に飛び込む時に、誤って腹から落ちるあの感覚を。


 結局五人は衝撃で伸された。


「ッてて……ちょっと剥げた」


 しかし今の衝撃はそれなりに響いた様だ。ミノーは左手に力が入らなかった。

 それだけではない。水質化の魔法を使い、勢い良く振られる剣や高速で飛来する矢を受け止めてもそれなりの痛みと共に、空魔法が剥げる。

 左手の他、体の節々が辛うじて支障の無い範囲ではあるが自力では動かせなくなっていた。


(次はどこを使おうかしら)


 あまり長引かせたくは無い。空魔法とてリソースは無限では無いのだ。


 だがミノーの思惑とは裏腹に、青い光が床に広がる。

 光は打ちのめされた五人をも包み込み、呻き声と共に意識が回復する。


「面白い魔法だ。だが、まだまだ付き合って貰うぞ」


 例の偉そうな男が出て来て不遜に言う。


「それにしても我らと同じ魔法を開発しているとはギルドも侮れんな」


(同じ魔法を、開発?)


 偉そうな男の言に、ミノーは困惑を禁じえない。


 ベンソンの見立てでは、男が使う魔法は上位の治癒魔法の事だった。それが一体何を見ているのか、ミノーが使う空魔法を同じくくりと見ている。


(同じ……空魔法とどこが……ッ!そうか!)


 そして気付いた。勘は冴える方だった。


「呪文無し……便利だよね」


 そう、この男、上位の治癒魔法を使うのに詠唱一つ無い。


 この世に来て間も無く、指摘されていた空魔法の異常性の一つ。

 魔法に必要なもの。詠唱と、詠唱により喚び出される魔法陣と、魔力(魔力って何ですかねえ?)の内、空魔法はその何れも必要とはしない。


 この男が使う魔法もまた、詠唱を必要とはしなかった。


「便利というには同意しよう。

だが大枚叩いてそんな魔法ばかりとは随分な好き者だ。

ただ魔法の力が欲しければ魔道士を揃えれば良い。この魔法の真に恐るべきは……」


 先程の青い光とは対照的な、黒い霞のような物が男の手甲から溢れ出した。


 ミノーは直ちに防御態勢を取る。火の対策に周囲の気体の燃焼を封じ、質量のある攻撃の対策に周囲の気体を水質化し、電気の対策に真空の通り道を作り出した。


「決定的な地の利を得られる事だ」


「うっ!?」


 その瞬間、ミノーは思わず膝をついた。

 体が重い。怠いとかそんな比喩ではない。物理的に、体が途轍もなく重かった。

 やがて上体も起こして居られなくなり、手も地に付いていてしまう


「闇魔法【重檻】。大体元の三倍の重さと言った所か」


(さ、三倍!?体重130kg超えてんですけど!?)


「これがこの魔法の真髄だ。

……貴様もそれなりの守りは持っている様だが、いつまで魔力が持つかな?」


 そして完全に立ち直った魔道士と弓師が出てくる。


「「「【--- - - - - -- - - -- ----】刃嵐!」」」


「【--- - --- --】炎斧!」


「【- - - - - --】岩槍!」


 魔法と矢の集中砲火を空魔法で受け止める。ミノー自身に傷は無いが……。


「ゔっ……くぅ……」


 風の刃を、炎の斧を、岩の槍を、雨霰と降り注ぐの矢を受けとめる度、痛みと共に魔法が剥げる。

 魔法が剥げる度、体からは力が失われていった。


◇◇◇


 ミノーは動けないで居た。


(これミスったなあ。)


 体に力が入らない。それなのには体重三倍なので、動けない。魔道士もここぞとばかりに、先程よりも強力な魔法を放ってきていた。


 死ぬのだろうかと、可能性がミノーの頭をよぎる。恐らく彼らの魔力や矢が尽きる前に、ミノーの魔法のリソースが尽きるからだ。


 いよいよ起きても居られなくなった。重力に抑えつけられた体は床に横たえられる。

 追い込まれるあまり、更に一つの可能性が頭をよぎる。


(殺すか……いや、それだけは……)


「命は取り返しがつかないから……」


 殺せない。その為に自分が死んでもだ。


キンキンギンチュイン!


 ミノーの思考が諦めに向かったその時、鋭い金属音が連続して響いた。


「なんだミノー、情けない顔をしおって」


「……すみません」


 ミノーは僅かに首と眼を動かしてその人を認める。ベンソンだ。


「お前の本気などそんなものだ」


ギュリギュイン!


「隠す程の事も無いし」


キィンギンギン!


「大人に頼らねばこの状況もどうにかならん程度だ」


 ベンソンは講釈を垂れる。魔法と矢を弾き返しながら。


「何よりミノー、お前は妙な手加減をして自らを危機に晒しておる。殺さねば殺される事もあるのだぞ?」


 しかしこれにミノーが噛み付く。


「殺して後で生き返るならあたしも楽ですよ。でも命は重いです。星と同じくらいには」


「いや、違うな。お前が人を殺せないのは命の重み云々では無い。覚悟が足りんのだ」


「殺さない覚悟とは考えませんか?」


「ふん、そんな事が言えるのはな、最低でも儂の全盛程度の実力の持ち主だ。

いいか?殺さぬ覚悟など、殺されぬ絶対の覚悟も無しには成立せん。

早い話がな、屍を乗り越えて生きようという覚悟が足りんのだ」


「……」


「だから任せておけ。その辺の小娘に命のやり取りなどな、土台無理な話だ」


「……はい」


「優しさは取っておけ。然るべく時に必要になる」


「……はい」


「分かれば良い。さっさと片付けるぞ」


 ミノーはやはり戦いなんかに向いては居なかった。その事を思い知らされた。

 だが戦いに向いては居なくとも、手伝いは出来よう。

 男が使う魔法の謎は解けた。

 後は壊すだけだった。




 魔法と矢が飛び交うその戦場は初老の男が少女矢面に立ち、ありとあらゆる魔法と矢を撃ち落として行く。


 たった二人に対し多数があたる。それだけでも大変な事だだが、少女は既に魔法の力を失いつつあり、男の体力も衰えから限界が近い。

 この状況を脱する事は出来る。しかし問題はその後だ。倒しても、倒しても、直ぐにやり直される。


 この状況が作り出される状況をどうにかしなければならないのだ。


「マスター、お願いして良いですか?」


「なんだ?」


 この状況を作り出すのは例の治癒魔法。それを封じる手段がミノーの頭には三つ。


 一つ、皆殺し。治癒魔法とて死人を生き返らせる事など出来はしない。殺してしまえば文字通りゾンビにでもならなければゾンビアタックは出来ない。


 一つ、術者を叩く。治癒魔法が嫌なら術者から倒してしまえば治癒魔法は飛んで来ない。当然だ。


 そして最後に、この魔法だから出来る対抗策……魔法陣を破壊する事。


◇◇◇


「なんだと?あの魔法はお前のものとは違うのか?」


「違います。多分。絶対。」


「どっちだ……」


 おそらく彼方は勘違いをしている。どうも先程の会話はいろいろ噛み合って居なかった。


 ミノーは魔法を開発なんてしていない。大枚はたいたという件も、むしろ空魔法で生活費を抑えている位だ。

 空魔法で出来る事は多い。本物の水を作る事だって出来るし、大気の正負を直接弄って電気だって起こせる。


 そういう意味ではあの偉そうな男が操る魔法もそれは様々な事ができるのだろう。


 だが空魔法との共通点はそれに加えて詠唱が必要無い事、その程度だ。

 魔法の種では無い。二つは類から違うものだった。


「多分あれ、陣だけ作ったんじゃないですかね?」


「なんだと?」


「前からちょっと変だとは思って居たんですよ。

魔法を使う為に人がやる事と言えば魔力(?)を込める事と呪文を唱える事。

それだけなのに、なんで魔法陣は必要なのかなって。

……もしかして詠唱が陣を呼び出す為だけのもので、魔法それ自体は陣から出てるんじゃ無いかと思うんです」


 ベンソンは魔法を扱わない。故に魔法への対抗策は持って居ても、魔法の原理など考えた事も無かった。だがそんな事がーー陣と魔力だけで魔法が使えるならば……。


 だが考えるのは後になる。敵は待ってはくれない。ベンソンとミノーの魔法に向かい、魔法と矢は降り続けていた。


「いッつ……そろそろ危ないのでやっちゃいます。

マスター、よろしくお願いします」


「ああ、任せておけ」


 ミノーは防御用に展開していた水質化魔法を解いた。


「魔力が尽きたか。随分保ったものだな?」


 魔法や矢が防がれなくなったのを見、例の偉そうな男がやはり上からものを言う。

 魔法を解いたミノーの背にベンソンが立ちはだかり、一手に攻撃を引き受ける。まだなんとか防ぎ切れていた。


 その隙を逃さず、ミノーは空魔法で出来た手帳を直接操ってポケットから出す。両手は既に動かないのだ。そして開いたのはある1ページ。


 そこに描かれていたのは丸みを帯びた先端を持つ筒状の物体。先端の反対側には四枚の羽。それがあらゆるアングルから描かれていた。


(ネタで作ったのに役に立っちゃうか)


 ピリリと音を立ててページが破り取られる。ページが手帳を完全に離れると、ふわりと霧散した。そして形造られたそれは、その場の空気を凍りつかせた。


「な、なんだありゃあ…」


 空中に浮かぶそれは全長5メートル程もあるミサイルだった。


 それが何かは事この場に於いてはミノー以外には分からなかった。だが、得体の知れない巨大構造物のあまりの威容に矢を射る手と詠唱が止まる。

 やがてミサイルはミノーの意思により動き始めた。弾頭を下にして垂直に立て、屋敷のホールの中心……二人と大勢の間へと。


「ま、まさか……」


 それが何をしようとしているか、男は気が付いたらしい。


「そのまさか」


「よせっ!」


 男の制止の叫びも虚しく、ミサイルは急加速して轟音と共にフローリングを貫く。


 一拍の後、弾頭が炸裂した。


 炸裂の爆音には連中の阿鼻叫喚、男の怨嗟の叫び、そして少女の悲鳴が混じっていたが、いずれも人の耳に聴き分けられるものでは無かった。


◇◇◇


 フローリングが爆破され巻き上げられた塵が視界を著しく奪う。


 煙が晴れるも、完膚なきまでに粉砕されたフローリングの中に魔法陣があったかは確認できない。だが、爆破跡の周囲には金属片が転がっていた事から、そこが単なる床では無い事が分かった。


 ミノーがわざわざフローリング一つ破壊するのにミサイル(弾頭の威力は加減した)を選んだのは、壊されて困るものは普通は防御するだろうという考えからだ。

 そのために鋼鉄をも貫徹するミサイルを選んだのだ。


 やがて塵も収まり、視界が戻り始める。


「ミノー、無事か?」


 ベンソンはミノーの安否を確認する。流石は海千山千、百戦錬磨の元超級冒険者。驚きはしても動じはしない。


 その周囲は状況が飲み込めず放心している者、金魚の様に口をパクパクとして腰を抜かしている者、垂れ流しながら失神している者と様々だ。


 そんな中ミノーはと言えば……。


「ゔっ…く…ふっ、ふっ…んぐっ」


 大粒の涙をポロポロ流しながら未だ重力に縛り付けられていた。


 ミサイルの発射と炸裂により、相当の魔法が剥げた。残ったリソースの内、最低限を残してほぼ全てをミサイルにつぎ込んだ。かなり大きな抵抗には耐えるはずだが、大きな質量を持つミサイルの発射、フローリングに施された防御の貫徹、そして炸裂の衝撃はミノーの予想以上に空魔法への負担となった。


 そして魔法が剥げた。叫び上がる程の痛みと共に。


「まだッ…です……あれ、あの手甲、にも陣……」


 ミノーは言葉がうまく紡げない。どころか呼吸もままならない。どうやら剥げたリソースに呼吸器系まで含まれていたらしい。


「おい、お前息がーー」


「大丈…ッだから!はゃく……魔法、ッ使える、から」


 息苦しいだけだ。息が全くできない訳ではない。それに魔法を使うリソースはまだ残っている。肺に直接酸素でも何でも送ってやろうと、ミノーは残り少ないリソースをつぎ込む。むしろベンソンにはこの体重三倍とかいう女の敵魔法の陣を壊して貰いたかった。


「貴様ァ…よくも…」


 しかし、そんな二人に声がかけられる。どうやら魔法陣の方からやって来てくれた様だ。


 男は埃に塗れながら怒気を滾らせていた。

 手甲の周りには未だ、ミノーを縛る魔法の発動と共に現れた黒い霞がまとわりついていた。恐らくそこに陣が仕込んであるのだろう。


「っふー、大丈夫、ふー、魔法で守り、ますから」


 ミノーは涙を止め、最大限気丈にベンソンに対して振る舞って見せた。同時に自信の周りの大気を水質化させる。


「ふん、腹を立てるのは結構だが、貴様ら屑共はこの娘に感謝して然るべきなのだがな」


 ベンソンが男に向き直る。

 ミノーの様子に思うところがあったのか、不機嫌そうな様子だった。


「なんだと?」


「分からんか?勘が悪い。

貴様らは最初から手加減されていたのだ。今の魔法を見ただろう。あれが貴様に向けられていたなら今頃は挽肉の山だ」


 男にもその意味が漸く分かったらしい。

 どうやって連中を殺さず無力化するか。二人にとってはそこだけが重要だった。


 最初から勝負などでは無かったのだ。

 そして、その事実は傲慢な人一人激怒させるには十分だった。


「ッ…巫山戯るな!貴様ら…殺す!」


 怒りだけで息を荒く上げ、男はベンソンに殴りかかる。


 だが、ベンソンはクルリと身を翻しながら剣で手甲を去なす。

 どころか剣と手甲の擦れる金属音が聞こえたその刹那、やけに人の耳に響く痛々しい音が響いた。


「がっ、ぐ、あああああああああ!」


 気がつくと男が仰向けで上からベンソンに押さえつけられていた。黒い霞を纏った手甲を着けた右腕は肩から外されていた。


「言って分からん馬鹿者には体に教え込むしかあるまい。最初から手加減されていたのだと」


 文字通り勝負にならなかった。怒りに任せた一撃を歯牙にも掛けられず、男は取り押さえられた。


◇◇◇


 ミノーはこれまでの人生で武術といったものは齧ったことすら無かった。格闘技にも特に興味は無く、テレビの向こうの光景すらそうそう見なかった。


 そんなミノーでも、今のベンソンの動きは心に感じるものがあった。

 凄まじい動きだった。それがただ単に目で追えない様な速さだったのか、とてつもない技術によるものかは分からない。何れにせよ、ミノーはベンソンの動きを認識できなかったのだから。


 そして容赦無く男の肩を外したベンソンが男を取り押さえるとき、ミノーは碌に動かない体が小さく震えた。


 生まれて初めて殺意というものが見えた気がした。同時に、味方であるはずのベンソンが少し怖く思えた。

 殺すと息巻いた男からは何も感じなかったのにだ。

 恐らく、実力差というものが殺気にも現れていたのだろう。

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