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空の魔法使い  作者: テルヒコ
城塞の陰謀
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ブルーニカ冒険者ギルド

 この世界では各地に何でも屋が存在する。何でも屋とはいうものの、それは冒険者と呼ばれる。冒険者とはいうものの、何でも屋なのである。


 道案内に始まり護衛、警備、収集に討伐に、必要とあらば人を寄越すのが冒険者を擁するギルドなのだ。

 程近くに強大な魔獣の住処があり、互いを仮想敵とする国家の前線に建設されたこのブルーニカにも、その支部がある。


 彼らの朝は早い。所狭しと壁に張り出される依頼には早朝から取り掛からねば厄介な物もある。何より、多くの依頼の受諾は早い者勝ちなのだ。同業者はライバルでもある。


「待ち合わせは南門の……」


「依頼票を拝見致します」


「プレートの確認を……」


 故に、早朝からギルドの受付は混雑する。カウンター越しに彼らの対応をする者にとっても、その時間はある意味で戦場なのだ。

 戦いに臨む者の中にはギルドの制服に身を包み、長い髪を後ろで一つに纏めたミノーの姿もあった。


 やがて戦いは収まる。陽が高く昇る頃になって訪れる冒険者は少ない。三つある受付も、それを本職とする二人が居れば十二分だった。


「じゃ、上がりまーす」


 受付のバイトは忙しい時間限定だ。

 言うが早いか、ミノーはカウンターの奥のドアに滑り込む。かと思えば、間をおかずにそのドアから出てきたではないか。


 ギルドの受付嬢の制服ではなく、今度は黒の基調に白のエプロン。所謂メイド服で。そして向かった先は受付の隣。


「給仕入りまーす」


「おうミノー……なんだその格好」


 メイド服はギルドの衣装ではなく自前だった。


「一度着てみたかったんですよね、メイド服。流石にブリムまで着けると恥ずかしいのでやめておきましたが」


「……仕事ができるなら何でも構わんがな」


 陽が昇り切ると、受付の隣の食堂も営業を始める。昼飯時には午前の依頼を済ませた冒険者の他、一般客にも食堂が解放される。メニューはそう多くなく、その中にも決して高級な物は無いが、とにかく安く食えるし量もある。ただそれだけでも人は訪れるものだ。


 戦場と見紛う程には。


 陽が一番高く昇る頃、食堂カウンターには長蛇の列、並ぶ卓には所狭しと人が付き食事に勤しんでいた。

 調理場もまた、当然ながら戦場と化す。怒号と注文が飛び交うそこは、正しく修羅場だった。


 そんな中ミノーは調理場には就かず、出された料理を両手に持ち、更には魔法で皿を飛ばしながらテーブルに持って回った。


 ミノーも料理はできる。だがその速度は人並み。そう広くない調理場に無駄な人員を放り込んでも邪魔なだけである。反面、ミノーは魔法を駆使して料理の乗った10皿程度は苦もなく、そして確実に運べる。適切な配置だった。


「今日の定食のお客様、はい、後ろから失礼します。ごゆっくりどうぞ〜」


 ミノーがここに来てから月の満ち欠けが一周。曲芸的で丁寧な彼女の給仕はギルドのちょっとした名物となっていた。

 丁寧な接客を心掛けつつも間違いなく皿を届けねばならないミノーは内心では目が回る思いだったが、彼女自身の行いがそれに拍車をかけているとは本人の知らぬ所である。


 やがて二つ目の戦いも凪ぐ。


「じゃ、上がりまーす」


「おうお疲れさん」


 昼が過ぎれば客足は細くなり、程なくしてオーダーストップとなる。


 ミノーのギルドでの仕事はそこで終わりだった。だが、着替えを済ませたミノーが向かったのは……。


「んー、な、ん、か、い、い、の……これにしよっかな」


 依頼票が張り出された壁。そこから一枚剥ぎ取り受付に向かう。


「アネゴ、これお願いしまーす」


「あなた……よく働くわねえ……」


 ミノーは冒険者ギルドの運営に携わる立場として働く傍ら、冒険者でもあった。

 白猫獣人の受付嬢は呆れながら依頼票を確認する。この見慣れない風貌の少女は早朝と昼飯時の修羅場を潜り抜けて尚も依頼に挑もうと言うのだ。


 受付嬢のアネットは一七歳だった。この国では一五歳で成人となるが、如何にも年下のこの少女は成人したかしないか辺りだろう。それでも立派に働き、ただでさえ辛い時間帯を働き、更に働こうという姿に、アネットは自分を奮い立たせた。負けてはいられない。


 ちなみにアネットはミノーに年齢を問うた事が無かった。そもそもが


『アネゴっていうのはあたしの故郷の言葉で、【姐御】って意味だよ』


 などと言われて年上と思える筈が無いのだ。


「ふーん、庭の木の枝が伸び過ぎて邪魔だから切って欲しいと。こういう依頼は庭師に頼んだら良いんじゃ無いかしら……」


「だからこそ気になるね。気になるなら見て見なくちゃ」


 報酬さえ出るなら何でも受け付けるのが冒険者ギルドだ。それでも、必ずしも冒険者に頼む必要の無い依頼も存在する。そこには何かと事情があったりするもので、冒険者達も臭がって近寄らずに塩漬けになりがちだ。


 何でも屋たる冒険者ギルドをして受理しておきながら達成されない依頼があるのは体面上よろしくない。その中でミノーがそういったものを消化してくれるのはギルドとしては喜ばしくもあるのだが……


「状況によってはギルドに報告なさい。事が事なら依頼の棄却も認めるから、無理だけは駄目よ」


「アネゴ……」


「何?」


「明日はもっと優しく起こすね?」


「当たり前よ!」


 誰だってシンバルで叩き起こされるのは御免である。


 ミノーはカウンターから離れ、踵を返した。

ミノー「明日はどの楽器にしようか」

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