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棺の皇国  作者: 天海りく
夜明け告ぐ雷鳴
99/115

2-2

***


 元王宮からいよいよ出られるとなった日、事前にカルラに誘われたとおり、リリーはふたりで市に出ることとなった。

 来る時は馬車の中で窓を閉め切った状態だったので、街を見るのは実に数ヶ月ぶりだった。

「……よろしく、お願いします」

 リリーは王宮の裏口に止められている箱馬車の側に立っているマリウスへ会釈する。当然のごとく監視役がつくことになり、それが彼だった。

 マリウスはローブは羽織っていないものの、外套の下に帯剣しているのが見えた。

「不自由はしていないか」

「ないです……」

 表情の薄いマリウスを前にして、リリーはバルドと向き合う他の者達はこんな気分だったのだろうかと思う。機嫌がいいのか悪いかすらわからず、さして親しくしてもいないので間が持たない。

「先に」

 マリウスが顎で示してリリーは最初に馬車に乗ってカルラが乗るのに手を貸す。カルラは見るからに不安そうだった。

(一緒に乗るのよね)

 最後にマリウスが乗って扉が閉められた車内の空気は重かった。カルラがリリーの手を離さず緊張している。

「自分は監視ではなく護衛としてつく。邪魔にならないよう、距離はできるかぎり空ける。以上で問題ないか」

「護衛なんですか?」

 見張られることに護衛も監視も変わりないとはいえ、意味合いが大きく異なる。

「……皇主様に最後に頂いた勅命だ。自分はアクス補佐官を監視するつもりはなく、護衛という名目で動く心づもりだ」

 以前から知っていたことが、面倒くさい青年である。だが、彼にとって戦場ではなくここにいるもっともらしい理由が必要なのだ。

(戦いたいなら、あたしはもう放っておいてもいいのに)

 マリウスが首都から動かないのは、もっと他に事情があるからだ。彼の残るたったひとりの家族である姉のヴィオラは自ら革命軍についた。そして、おそらくバルドと取引をした。

(あたしの身柄の安全の確保とジルベール補佐官を切り離すこと。勝手なんだから……)

 バルドの決断のことを考えていると、どんよりとしたものが胃の奥からこみあげてきそうでリリーは視線をカルラへと向ける。

 カルラは居心地悪そうにしていて、気軽に話ができる雰囲気でもない。ほんの少し我慢すれば外だと重苦しい空気にたえることにする。

 そうしてやっと馬車が止まって外に出た時の開放感は格別だった。

「カルラ、大丈夫? 何考えてるかあたしもよく知らないけど、悪い人間じゃないわよ」

 先に言っていた通り、マリウスが少し距離を空けて後ろをついてくるのを確認して、リリーはカルラに小声で問いかける。

「ええ。ただ、皇家への忠誠心がお強い方らしいから、その、私、ディックハウトについていたでしょ。すごく、気まずくて」

「あの人だって今は皇家軍じゃないもの。カルラを責める理由もないし、そこまで理不尽な人でもないと思うわよ」

 たぶんという言葉を省略して言うと、カルラはリリーが言うならと安心した様子だった。

 そしてふたりで人の流れに逆らわずに市を見て回ることにした。皇都であった頃と人出の多さは大して変わりなく見えた。

「懐かしいわね。リリーと前もこうやって一緒に歩いたわ」

 カルラがお互いはぐれないために繋いだままの手を揺らして微笑む。

「前より人はちょっと多いかしら」

 歩いている内に徐々に人の波に押されて歩きづらくなってくる。

「今まで、ディックハウト領側との商路が断絶されていたでしょ。皇家同士の戦が終わってから物も人も流れてきているらしいわ」

 言われてみれば果実や織物、陶磁器など以前はあまり目にしなかった物珍しい物がちらほらと目についた。

「そうなんだ。これからまだ街に人が増えるんだっけ」

 カルラから下層区の廃墟になっている所も古い家を修繕したり建て直したり整備が進められている話や、外壁の外にも街を広げる噂話を聞いたことを思い出す。

「賑やかになるといいわ」

 最初こそ一変してしまった国の様子に戸惑っていたカルラは、期待が不安よりも大きいらしくこの頃は明るい。

 周りを見渡せば誰もがカルラと同じに見える。終戦の喜びと希望に満ちて、寒々とした冬の空気も熱気に包まれ市は生気に溢れている。

 自分だけが、取り残されている気がした。

(あたしだけってわけでもないか)

 リリーは後ろをついてくるマリウスへをちらりと振り返る。混雑していても距離を変えることもなくぴったりとくっついてきている彼も、賑やかな群衆の流れの中の淀みにはまっている。

「リリー?」

 足運びが鈍くなったリリーに、カルラが首を傾げる。

「うん、なんでもない……あ」

 何気に目を向けた人混みの向こうに、一瞬見知った横顔を見えた。カルラも同じ方向に目を向けてどうしたのかと訊ねてくる。

「顔見知りがいたの。カルラも会ったことあるわよね、皇太子殿下の侍女をしてた人」

 エレンはこの街で暮らしているのだろうか。革命軍に加わっていたのでいても不思議ではない。

「ラインハルト殿下のお側にいつもいらした方なら、何度か会ったわ。その方とは、親しくしていたの?」

「親しいってわけじゃないわ……。一瞬だったから人違いかもしれないけど、後でクラウスに訊いてみるわ」

 エレンと話がしたいと思った。置き去りにされた者同士で、何かを分かち合いたいわけではない。ただどうやってエレンがひとりで歩き続けているのか、どこかにたどり着けたのか彼女の口から聞いてみたかった。

 昼食はクラウスの屋敷へと招かれているので、その時に教えてもらえるはずだ。

「そうするといいわ。ああ、ほら見てあれ可愛い」

 カルラが丸々とした兎を模した陶器の置物を示して、リリーは本当だと口元を緩める。人が多すぎてゆっくりと見ている暇はないものの、物が多すぎるので色々見るにはちょうどよかった。

 そして編んでいるショールに飾りとして使おうと、カルラと色違いの安価な飾り石を買ってクラウスの屋敷へと向かうことになった。

「わざわざありがとうございました」

 帰りの馬車にマリウスは乗らないということで、リリーは市の入口の門前で彼に会釈する。その隣でカルラもありがとうございましたと深々と頭を下げて言った。

「アクス補佐官。まだ剣を握るつもりがあるなら、いずれ軍の方にくるといい。戦はなくとも、治安維持のための力は必要だ」

 マリウスがそう告げて、リリーは目を瞬かせる。

「ジルベール補佐官は、今、そっちに?」

「姉上の仕事の手伝いをしているだけだ。……この腕では、いずれ魔術が失われれば、いや、すまない。余計なことを言った」

 マリウスが苦悶の表情を見せて、リリーは小さく首を横に振る。

 皇家が滅びれば、いずれ魔術が失われるとクラウスが嘘と真実を織り交ぜた話を流布している。

 マリウスにとって魔術が消えるということは、いずれくるバルドの死を口にしているも同然だ。片腕を犠牲にしてまで忠誠を捧げた主君を失うことに、そして最後まで仕えられないことに彼もまだ自分の中で折り合いがつかず煩悶しているのだろう。

「いえ。そのことも、考えてみます。……本当にありがとうございます」

 リリーはマリウスの気遣いに感謝して、カルラと馬車に乗る。

 戦うことができる道がまだあるのは知ってる。だけれど、たぶんきっと自分の求める戦場はない。

 自分も時代の流れの淀みにはまったままだと、リリーはついため息をついてカルラに心配されてしまうのだった。

 

***


 カルラと市の話をして、リリーの気持ちが切り替わり始めた頃にクラウスの屋敷に着いた。

「近くで見ると、思ったより大きいわね……」

 リリーは屋敷を見上げて思わずそう零す。

 元王宮の屋上庭園からもこの屋敷は見えていたので、第二の王宮と言われていただけの広さがあるのは知っていたものやはり目前で見ると迫力が違う。そして庭先や玄関付近に戦の名残も見えた。

「ご立派なお屋敷ね……」

 一応は伯爵令嬢だったカルラも感嘆しながら、重圧感に気圧されていた。

「早かったな。遠慮しないで入ってこいよ」

 入口からクラウスが手招いて、リリー達は屋敷の中へと入る。屋内もまだ修繕中の箇所がいくつか見られた。

「昼食の前に、部屋、見ていくか」

 そう言って、クラウスが屋敷の奥の方へとふたりを案内する。

「迷子にならない?」

 同じ扉が左右にずらりと並ぶ廊下に、リリーはついそんなことを訊いてしまっていた。今まで大きな屋敷や砦に入ったことがあるとはいえ、常々屋敷の住人は迷わないのか不思議になる。

「子供の頃はよくなってた。今でも正直、どこがどこだったかすぐに思い出せないときもある。まあ、慣れたら自分の部屋と玄関ぐらいまでの道はわかる。と、ここだ」

 クラウスが目印に青いリボンが結ばれたドアノブの扉を開ける。

 来客用の部屋らしく、寝台や鏡台など調度品一式が揃えられている。さほど広くはなくリリーが過ごしている元王宮の部屋と変わらないぐらいだった。

「とりあえず、ここをリリーの部屋にするつもりだけど、部屋ならいっぱいあるから他に好きなところ選んでもらえばいい」

「……広すぎないならなんでもいいわ。まだ、住むかはわからないけど」

 特に部屋を選り好みするつもりはなかった。それ以前に何も気持ちは決まっていない。

「強情だな。まあ、後は食べながらにするか」

 クラウスが苦笑して廊下を引き返す。次に通された部屋は広いことは広いが、大仰なことはなく真っ白いクロスがかかった円卓に、野菜や肉を挟んだパンとスープと、素朴な昼食が用意されていた。

「この屋敷も俺の物ってわけじゃなくてお互い借家住まいだし、兵舎にいるのと変わらないだろ」

 昼食を摂りながら、クラウスが言うのにリリーは渋々うなずく。

「これだけ広いと四六時中顔を見ることもなさそうね」

「同じ家の中でもお互い会おうと思わないと会えないだろうな。だからさ、あんまり色々考えずに一緒に暮らしてみるのも悪くないんじゃないか?」

 クラウスは気軽にそう言うけれど、彼が本心では何を考えているかはよくわからない。後でカルラに相談してみようと、リリーは口を挟まずに静かにしているカルラに目を合わながら返事を濁す。

「考えてみるわ。あ、エレンを市で見かけたんだけど、あの人、街にいるの?」

 そして話題を他に変える。

「皇家の墓守するのに、近くに住んでるな」

「墓守……。会えるかしら」

 死んだ後の世話を始めたのかと驚きながらも、リリーはクラウスに訊ねてみる。

「確か、明後日ヴィオラさんが見に行くって言ってたから、一緒に行ってみるといいな」

「今度は姉の方なの……」

 ジルベール姉弟とはまだ縁が続きそうだと、リリーは複雑な心境になる。

「今、リリーに好意的な人間で信頼できるのはそのふたりぐらいだからな。他の奴らよりましだろ。カルラ嬢も同行するのか?」

「あ、いえ。私はディックハウト方でしたし、明後日は私用があるので……リリー、一緒に行った方がいいかしら?」

 明後日はカルラはお針子を雇いたいという人物と話をすることになっている。せっかくの仕事の宛をふいにする必要は全くない。

「いいわよ。カルラはあたしのお付きじゃないんだし、監視役がひとりいるんだから十分よ」

 クラウスの言う通り、全く知らない他人に見張られるよりはジルベール姉弟のほうがいい。

「じゃあ、ヴィオラさんに伝えておく」

 クラウスがうなずいて、後は市を見に行ったときの話題と共に昼食を続けることになった。

(会ってどうするかも、訊かないのね……)

 リリーはクラウスが必要以上に干渉してこないことにほっとする。ここに連れて来られた時からずっとそうだ。

 必要最低限の物だけ用意して、不用意に立ち入ってはこない。

 自分がほどよいと思う距離をクラウスはちゃんと知っている。

 どうしても王宮から出なくてはならなくて、祖父の所にもいけないのならクラウスとこの屋敷で暮らすことはそれほど嫌ではないと思い始めている。

 だからといって流されるままになるのも嫌なのだ。

(どうしたい? どうするべき?)

 自分自身に何度となく訊ねても、やはり返事はどこからも聞こえてこなかった。



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