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棺の皇国  作者: 天海りく
逮夜の花燭
88/115

4-2


***


 山中の絶壁に囲まれた谷底と谷の上の崖の二手に分かれて、バルドを将とする軍は進軍していた。

 リリーとバルドを含む『剣』中心とした、近接戦に突出した部隊は岩肌にまばらに草が伸び隆起の激しい谷底を、戦闘に出られるものの戦での傷が治りきっていない者と戦闘の経験が浅い者が上となる。

「もうそろそろ合流してもいいんじゃない?」

 リリーは頭上に見えてきた合流の目安としていた吊り橋に視線を向けながら、バルドに小声で訊ねる。

 地面を這うようにゆっくりと進んでいても、いつまでたってもマリウスの軍勢と落ち合える気配はなかった。

「戦闘の気配、なし」

「静かだもね」

 魔術ではない風が立てる音や、どこからともなく聞こえてくる鳥の鳴き声ばかりで不穏な音はまるでない。

 行軍が予定より遅れているのか、あるいは途中で敵に敗北したのかと不安がる部隊の空気は重苦しい。

「行軍停止。総員迎撃態勢維持」

 バルドが足を止めて、ここで様子見をすることとなった。バルドの命を部隊で最も声の大きい者が復唱して谷の上の部隊も止まる。

 谷間は緩やかにうねっていているものの、今の位置は見通しがいいので敵勢が攻めてきてもすぐに対処できる。

 響いた声に敵がここぞとばかりに攻めてくるのか、それとも味方が急ぎ足になってくれるのか。

(まだかしら……)

 早く実戦でもやもやとした気分をはらってしまいたいリリーは、剣の柄に手を置いて戦闘が始まらないことに苛立ち始めていた。

 しかし、それも少しの間のことだった。

 行軍の足音よりも先に魔術が発動する気配を感じる。そして空を切る甲高い音を立てながら風の刃が迫り来る。

 『杖』がすでに防護のための岩壁を築いていて、最初の攻撃が当たることはなかった。

 そして防御の壁が岩から透明な薄膜へと変わって視界が開けると、敵影が見え始めていた。

「手応えのある奴が多いといいわね」

 リリーはバルドに語りかけながら双剣を抜く。

「期待はあまりできない。……攻撃する」

 バルドも背から神剣を抜き、杖達に魔術を溶かせて雷光を走らせる。

 すでに迫って来ていた炎や水の奔流を噛み砕きながら、雷の大蛇が猛然と敵へと突撃していく。

 いつもながら総毛立つほどの力を孕んでいるが、これでもまだ力を押さえているほうである。

「バルド、全部持ってかないでよ」

 敵前衛を蹴散らしたのを確認して、リリーは唇を尖らせる。

「まだ数はいる。魔力、不足」

 まだここからは見えないが、どうやらバルドには彼が魔力を使い果たしても倒せそうにないぐらいは敵がいると鋭い五感で感じ取っているらしい。

「総員、突撃」

 そしてバルドが命令をくだして一斉に『剣』達が前に出る。

 一気に進軍を始めた皇家軍に、革命軍も前へとでてきた。さほど広くない谷間は数百人の魔道士達で埋めつくされていく。

(本当に、ぞろぞろといるわね。炎将をどうにかできたんだから、それなりにやってくれるといいわ)

 リリーは一切の迷いなく先頭に立って、真っ先に敵の中へ斬り込んでいく。

 たったひとりで懐へ潜り込んできた彼女に、革命軍は一瞬の動揺を見せるものの気を取り直すのもはやかった。

 素早く統制を取り戻してリリーを総攻撃する部隊と、皇家軍の突撃に備える部隊に別れる。

(なんだか、前の炎将の部隊みたいね)

 統率がきっちりと取れている上に、リリーが単身で突っ込んで来た時の対応をあらかじめわかっているかのような動きだ。

 こういう秩序だった部隊は、ヴィオラ率いる炎将を彷彿させる。

(本当にいるのかしら)

 敵の攻撃を躱すことと、こちらからの攻撃をほとんど同時にやって次々と周囲の敵を一掃していきながらリリーは考える。

 秩序だった部隊など珍しくもなければ、自分がひとりで大軍に突っ込んで攪乱することもよく知られている。

 だが、事前にヴィオラの目撃情報を聞いていたせいか、どうしても彼女が率いているのではないだろうかと考えてしまう。マリウス達の部隊がここにたどりつかない理由も、彼女と対峙したというのなら納得いく。

(前の炎将とだったら、もっと楽しいわ)

 実戦に気持ちは昂ぶりはじめているものの、まだ頭の隅で冷め切っている自分がいると感じているリリーはより強い相手との対峙をしたいと求める。

(ちょっとは手応えがありそうなのもいるわね)

 向けた右の剣を弾かれると、リリーは口角を上げてそちらへと目を向ける。

 視線が合った中肉中背の男は炎の魔術をこちらへと放っていた。

 リリーはローブで炎を防ぎながら間合いを詰める。

 一合、二合と打ち合わせていく中で期待したほどでもなかったかと落胆する。

(シュトルム統率官ぐらいは強くないと、つまんないわね)

 首筋を狙った一撃を躱して、右の剣で男の腕を凍らせる。もう片方の左からは細かな雷の雨を降らせて周囲の敵を一掃した。

 勝った瞬間は、以前と同じで楽しい。だけれど高まった感情は一瞬で物足りなさという空虚な穴へ転がり落ちていく。

(もっと、強い奴いないのかしら)

 見渡しても自分の近くにいる兵は及び腰で戦意に欠ける者達ばかりで気が萎える。

 リリーの他の皇家軍も敵を圧倒している。その中でもやはりバルドが圧倒的で、敵はまったく近寄れる状態ではなかった。

 それでも数だけは革命軍が多い。倒しても倒しても後続からぞろぞろと沸いて出てくる。

「全軍、後退」

 敵兵の数とマリウス達が来るのを待つことを諦めたバルドが、皇家軍へと後退を命じる。

 それは谷の上を行くもうひとつの部隊への合図でもあった。

 まばらになっていた皇家軍がひとかたまりになって隊列を取り戻して間合いを取った時、上からの攻撃が加わる。

 風の魔術で木々を薙ぎ倒し、さらに水の魔術で谷底へと押し流す。頭上から振ってくる木々に革命軍は否が応でも足止めされる。

「時間稼ぎにはこれで十分かしら」

 うずたかく詰まれた丸太の壁を見上げて、リリーはつぶやく。魔術で突き崩せてしまえるだろうがこちらが谷を抜ける間際はまではもつだろう。

 向こうも魔力を多量に消費して追撃にも慎重となるはずだ。

(もっと、楽しめるとおもったんだけど、ね)

 後退しながらリリーは満足のいく戦闘ができずに、鬱憤がたまるばかりだった。

「リー、問題ない?」

 そんな彼女の様子に気づいたバルドが心配そうに問いかける。

「問題ないわ。もっと強い奴と戦うなら、皇都の方よね」

「おそらく。皇都の様子、不明」

 付近で戦が勃発している影響で皇都との連絡はまともに取り合えていない。落ち合う経路は水将と取り決めているものの、あちらの様子がわからないのでは進路をどう取るかはまだ確定できない。

(炎軍は、将軍も補佐官もいなくなっちゃたわね)

 ジルベール姉弟の消息も絶えて、リリー達の部隊は道は見えているものの周りの景色が全く見えない状況で走り続けるしかなかった。

 そして谷の抜け道が近いことを示す物見を請け負ったシェルが立つ吊り橋が見えた頃、背後で大きな衝撃音がした。

「封鎖、突破されました!! 敵の攻撃、来ます!」

 シェルが叫んで『杖』が身構える。

「ちょっと、早すぎるんじゃない……」

 早くとも半刻は持つだろうと思われた封鎖は、四半刻とわずかで打ち破られた。少々上から落とした木々が足りなかったのかもしれない。

 あるいは敵の戦力が相当数上だったのか。

 どのみち完全に追いつかれる前に谷を上る坂道を上り、できるだけ有為な地形で戦闘に望むしかない。

 背後に警戒しながら、皇都軍は進軍を早める。

「敵増援、前方よりきます!! 数はこちらのほうが多いです!」

 しかし、想定外の奇襲を喰らう。谷の出口からも敵が来ているというのだ。

「……あっちもこっちも敵だらけね」

 こちらの動きを読んだわけでなく、近隣の革命軍派がたまたま進軍を目にして一斉に会したといったところだろうか。

「後方。防御。前方、強攻突破」

 急揃えの有象無象の軍を切り抜けることはそう難しいことではないだろう。

「露払い、いい?」

 うなずかれなくともすでに飛び込んで行く気のリリーは、バルドに軽い調子で聞く。

「前方、リー、頼む。俺はしんがり」

 将であるバルドがしんがりを務めることを、誰も咎めることはしなかった。自分達の将が戦狂いであり、誰よりも強いのは百も承知だ。

「シェル、あんたももういいわ! どっかに退避しといて!」

 リリーは釣り橋の下を通り過ぎる前に、シェルに撤退を促す。

「了解しました。 みなさん、ご武運を!」

 シェルが両手を振って橋の上から一目散に逃げ出す。

「……あいかわらず緊張感ないわね。道開けて!」

 リリーは苦笑して前の仲間達を両脇に避けさせる。

 そして右から炎を、左から風を解き放ち灼熱の暴風を前方に向けて解き放った。


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