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棺の皇国  作者: 天海りく
逮夜の花燭
78/115

2-1

 発端は『剣』の社近くに領地を持つ男爵家の分裂からだった。

 元はディックハウト側であった男爵家は、革命軍につく当主の兄派と皇家につく弟派で意見が割れ二分していた。

 そうはいっても社からは川を隔てた山間の盆地にある小さな領内でのことだ。魔道士の数は五十にも満たず、二分したといっても大きな火種になるとは誰も思っていなかった。

 しかし、兄弟が相打ったことによって状況は一変した。

 跡継ぎがまだいなかった男爵家の領地は、これによって領主不在となった。

 これが安定した統治下ならまだしも、内乱の混乱の真っ直中である。そして魔術という絶対的な力と血によって確立してきた貴族の地位が揺らいでいる状態だ。

 近隣の領主がすぐさま動いた。小さな領地とわずかな兵とはいえ、少しでも足しにしたいと革命軍寄りである東隣の領主と、皇家派の西隣の領主が相対することとなった。

 主を失った魔道士は西側と東側に別れ、小さな領地を巡っての対立は革命軍派と皇家派という建前の元に拡大し、さらに近辺の領主を巻き込んだ大事になっていた。

(早急に対応って言っても、無理な話よね)

 軍議で状況の拡大の仔細を確認する中で、リリーは内心でため息をつく。

 領主不在となった時点で何かしらの対策を取らねばならなかったが、戦況の影響で状況把握が遅れている内にこの様である。

「炎将が鎮圧に出ておられますが、我らも出陣すべきでは」

「いや、今はあちらに戦力を偏らせるわけにはならん。炎将殿ならば鎮圧してくれると信じて我々は、南の防衛を強化すべきだ。なんとしても皇都への侵攻は食い止めねばならん」

「とにかく、まずは情勢を見極めて慎重に動かねばならん。出来うる限り、味方も増やさねばならんだろう」

 議場は様々な意見が飛び交っているが、やはり慎重派が多い。

(出られるなら出たいけど、バルドが動くわけにもいかないか)

 戦は始まっても戦に出られないことはほぼ決まりとなると、途端に軍議が面倒になってくる。

 リリーはついぼんやり話を聞き流してしまいそうになりながらも、なんとか全ての意見に耳を傾ける。

「炎将に一任。南と同時に、デルン方面も警戒。北側への退路の確保。以上」

 ある程度意見を聞いてから、バルドが話をまとめる。異論はなく、さらに誰がどこを受け持つかの詰めに入り軍議が終わったのは夕刻前だった。

「今から、演習は無理よね」

 空いた時間があればバルドと剣の稽古をしたかったリリーは、廊下の窓から暮れていく空を見ながら落胆する。

 剣を振るうのには、まだ体が少し重たい感覚があるので早い所本調子に戻りたいところだが、バルドもこれからまだ執務がある。

「……明日はする」

「実戦までには、まともに動けるようになるといいんだけど……あたしらが出るとしたら、皇都かデルンよね」

「同時進行の可能性あり。俺達はデルン」

 デルンは『剣』の社を南西に向かった場所にある平野だ。元はディックハウト領内であり、社より近いものの川や深い谷によってハイゼンベルク領内と隔てられ、そこから侵攻してくるには大軍では少々厳しい。

 だがこちらの手勢が手薄で社近隣で戦火が上がっているなら、革命軍側は出来る限りの兵を送り込みながら、近隣のどっちつかずの魔道士を取り込み無理にでも進軍してくるとバルドは考えているらしい。

 その時皇都も同時に攻められれば否応なく南東側、南西側で皇家側は兵を二分して防衛にあたらねばならなくなる。

 そして、食い止めきれなかった時は、北へと退路を取るしかない。

「バルド、皇都は向こうに渡してもいいと思ってるでしょ」

「……内側が、もたない」

 皇都の内部崩壊は止められない。止める気も、バルドにはなさそうだった。

「そう。ゼランシア砦よりも北になると、この先本当に寒そうね」

 戦う意志はあっても、バルドに戦に勝つ気はなさそうだった。それはディックハウトとの戦の時からであるものの、その時よりもずっと諦観が強く思える。

 今のバルドはただひたすらに死へ向かって突き進んでいる気がする。時々置いていかれそうなほどに、彼の歩幅が広がっていっていると感じる時すらある。

「寒い。雪、頻繁に降る」

「雪か……。食料もだけど、薪も毛布もうんといるわね」

 物資は足るのだろうか。雪の中動けず物資もつきて終わりというのは避けたい事態だ。

「確保、進める。北は味方多い」

 敗戦は目前だ。それでも、誰もが負けることなど微塵も考えていない素振りで物資を整え策を立てる。

 これはこれで魔術という力に、戦うことに取り憑かれた者達の葬儀の準備なのかもしれないと、リリーは思う。

 魔術のでもって築かれた皇国という棺に己自身と生きてきた全てを収めて、燃え尽きるまでの段取りを自らつけていく。

(皇太子殿下の棺には、バルドは何も収められなかったわね……)

 死者への最後の贈り物をバルドはできなかった。今、この全てがその代わりなのかもしれない。

(あたしは……)

 自分の棺に収めるものは、剣と、バルドとの約束ぐらいだ。

「リー、明日、早起き」

「ん、そうね。早く起きたら稽古できるわね」

 バルドが声をかけてきて、リリーは思考を切り替え、時間が取れないなら作るしかないとうなずいた。


***


 父からの手紙にエレンは眉間の皺を深く刻む。

 自分が今は革命軍側についていると連絡したものの、父は皇家に刃を向けるつもりはなくこのまま静観するらしい。

 かといって生家周辺は革命軍がすでにひしめいていて、いずれ決断を迫られるだろうに。

 どちらにもついていないというのは、自分も同じといえば同じなのだが。

 エレンはため息をついた所で、部屋の扉が叩かれる。

「何か?」

 部屋に入ってきたのは、クラウスだった。

「そろそろ皇都を落とすらしいから、協力してくれだってさ。王宮内部の事情はエレンの方が詳しいだろ」

「皇都を、攻め落とすのですか……」

 直にやってくると分かっていても、実際にその時が迫ると胸に迫ってくるものがあった。

 皇都で過ごしたのはほんの数年だが、何よりも思い出深い。ラインハルトに使えた日々の全ては王宮にある。

 王宮の外に出ることすらままならなかったラインハルトは、それでも屋上庭園や中庭に度々出ていた。自分はいつも車椅子を押して、彼の望む場所に連れて行った。

 海が見える屋上庭園をよく好んだ。体の調子がよければそこで少しの間執務をしたりもしていた。

 だけれどラインハルトが本当に行きたい場所は、王宮の外だった。その願いは灰になってからやっと叶った。

「といっても、最低限の犠牲ですませたらしい。皇都で確実に敵に回って手強いのは水将とジルベール侯爵ぐらいだからな」

 海にラインハルトの遺灰を撒いた時の事を思い出しながら、クラウスの話にうなずく。

「ええ。地将と風将はおそらく最後まではつかないでしょう。ジルベール侯爵のご息女らの方はどうするのです」

 かつて炎将を務め今は軍司令部で重責についているジルベール侯爵の嫡男と長女は、マリウスとヴィオラだ。今は剣の社近辺の戦に出ていると言う話だが、クラウスはこのふたりはどうにか味方に引き入れられないかと考えているらしい。

「ヴィオラさんは皇家への忠誠心が強いわけじゃないからどうにかしたい。マリウスがいなかったら、さっさとこっちに来てると思うんだけどな」

「御嫡男を討てば。炎将は寝返るとお思いですか?」

 むしろそれは復讐心をあおり立てて敵に回すだけではないのか。

「いや、そこまではやらない。だけど、マリウスも片腕なくしてる。ヴィオラさんも、いよいよとなったら自分でマリウスを説得にかかるだろう」

「そう上手く行くでしょうか」

「さあなあ。今の戦によるな。俺がやれることも大してない。先に炎将との戦を片付けたら、上の連中は皇都に進軍するつもりだ」

 剣の社近辺の戦が終わる目処はついているらしい。

 エレンは事の進行にそう感じながら、やはり父にもう一度だけ手紙を出しておこうと思う。

「……上の連中と仰っていますが、あなたもそちら側では?」

 クラウスは革命軍の中でも中枢の立ち位置にいる。どうやらもっと上の地位に就けて表に立たせておこうという革命軍の思惑もあるらしいが。

「俺は都合のいい人間。面倒ごとの的にちょうどいいって奴だから、そういうややこしいのはごめんだ」

 口は上手く若く見栄えのいいクラウスは確かに、革命軍側としては態のいいお飾りにはなるだろう。ただし信頼できる人物には足らず、上層部でも扱いには慎重といったところか。

「エレンは、終わった後の身の振り方、決めたか?」

「いいえ。終わってからでないと、どうしたいのかもわからないでしょう……」

 ラインハルトの代わりに全てを見終えるのが自分の役目だ。

 戦が終わった後に自分が何を思うのか、何を望むのかは何も見えなかった。きっと全てが終わった時に、見える物があるだろう。

 それはラインハルトが見たかったものなのか。

 何も想像がつかない。だけれど、その瞬間をとても自分は待ち侘びていた。


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