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棺の皇国  作者: 天海りく
逮夜の花燭
75/115

1-1


 革命軍の蜂起からひと月、リリーとバルドは皇都に戻れず、島の北部のルベランス城に留まっていた。

 森の中に佇む城の周囲は戦のことなど嘘のように静かだ。

 だが、周囲は騒がしい。多くの魔道士が裏切る一方で、戦場を求める者も想定以上に多くいた。

 この北部のルベランス城から北東に位置する皇都、そして島の中央部近くにある剣の社を頂点とした三角区内に皇家に追随する魔道士のほとんどが終結している。

 島の南東部には玉の社があるが、その周囲はベーケ伯爵家が裏切り一緒に離叛した者達で占められている。

 よって最も革命軍より遠いルベランス城に皇主であるバルドが留まり、剣の社近くのアッド子爵邸には炎将のヴィオラが赴いて指揮を取っている。

 そうして、皇都は残る水将、地将、風将の三将軍が前皇主の元で防衛を務めているが、最も混乱をきたしていて危ういのもまた皇都だった。

「クラウスの義理姉と、伯爵家次男はもう家に戻った頃かしら……」

 ゼランシア砦で受けた傷も痛まなくなったリリーは、バルドの執務室で柱時計を見やりながら言う。

「帰さない理由はない」

 ふたりを生家に戻す決断を下したバルドが、静かにうなずく。

 皇都において、ベーケ伯爵が殺害された。実行したのは伯爵の実娘であり、宰相家嫡男の妻であったアンネリーゼだった。

 アンネリーゼは夫の弟であるクラウスに思慕を寄せ、数ヶ月前に夫を殺害している。そしてその事実を知った父親が次男を連れて、娘へ直接事情を問いただし適切な処罰を科すために皇都にやってきた。

 しかし、アンネリーゼとふたりきりになったベーケ伯爵は自分が殺されることになった。

「結局、裏で手を引いてたのは伯爵家の嫡男と次男の思惑通りってことになっちゃったわけね」

 アンネリーゼは最初、父親と面会することを拒絶した。そこで伯爵家次男が妹を説得しにふたりきりになった後に、やっと父親と話をすると決めた。

 問題は当主不在のベーケ伯爵家の屋敷を預かる嫡男と、伯爵に同行した次男が皇家を裏切る腹づもりであったことだ。

 『剣』の魔道士であったアンネリーゼに刃物を持たせることはしていなかったはずなのに、彼女は魔術で父を殺めた。

 次男が凶器を渡したことは明らかだろう。だが、気が触れた妹が父親に殺されるという妄想を抱き、凶器を隠しもっていたと次男は主張したのだ。

 そしてこれはベーケ伯爵家の問題であり、すみやかに父親の遺骸と妹を連れ帰り次の当主である長兄と話し合いたいと訴えた。

 これに、皇都の重臣達は頭を抱えることになったのだ。確かにアンネリーゼは正常とは言いがたい状態で、身内同士の諍いとなれば口を挟むにも厄介だ。

 しかし、アンネリーゼはすでにディックハウトへ寝返ったクラウスとの関係も疑われている。

 皇都に留めている内に、嫡男から父と弟の帰りが遅い何かったのかと白々しい書簡が届いた。そのすぐ後に革命軍の蜂起だ。

 忠誠心を求めないバルドは、次男とアンネリーゼの帰還を許した。すでに新しくベーケ伯爵となった嫡男は、皇家廃絶に賛同していた。

「皇都はどうなるのかしらね。水将はこっちだとしても、風将と地将はわからないし」

 もはや投げやりともとれるバルドの判断に、皇都内も紛糾しているという。水将のラルスは魔術そのものに狂信的で、風将と地将はハイゼンベルクを選んだ自分の選択肢に意地になっている側面があるという。

 残っている魔道士も、このままバルドについていくのをよしとしない者も多いだろう。

「好きにすればいい。皇家への信奉、不要」

「そうね。元から皇家に本気で忠義を誓ってる魔道士なんてほとんどいなかったんだもの。向こうにつきたいなら早くすればいいわ。でも、前の皇主様は本当にいいの?」

 バルドの父は皇都にいる。皇家断絶が宣言された以上前皇主もまた、討たれるだろう。

 皇都の情勢がおぼつかない中で、真っ先に首を取られる可能性は高い。

 幼い頃から父親との触れ合いはないに等しいとはいえ、母を産まれてすぐに失くし、先日兄を失ったばかりのバルドにとっては唯一の身内である。

 ハイゼンベルクの戦況が悪化した時点で、とうに覚悟は決めていただろうとバルドは言ったのだけど。

「いい。父上は、己のことは己で決める。助けが必要なら、行く」

 救援を求められない限りは、父親のことは当人に任せるという意志は変わらないらしい。

(あたしは爺様に、もう一回だけでも顔を見せたほうがいいのかしら……)

 終わりを間近にして、リリーは祖父のことも少し考えていた。

 皇祖に命じられるままに、近親で血を繋いできただけのこととはいえ、自分にとってやはり祖父は唯一の身内である。しかし、存在を知ったのも最近で共に過ごした時間も一日足らずといったところだ。

 グリザドの築いた特殊な空間にある城にいる祖父が、戦火に巻き込まれることはまずないだろう。

 皇祖グリザドと同じ大陸からやってきたという魔道士、シェルに祖父に事の真相ともう血を繋げる必要はないと伝言を託す気ではいるが、自分で直接会いに行ったほうがよいのか迷っていた。

(まあ、そんな暇、もうないだろうけど)

 このまま戦が始まれば、祖父の元へ行く時間もない。何よりバルドの側を離れたくはなかった。

「向こうの準備が整のうまで後どれぐらいかしら」

 今はまだ、大きな武力衝突はどこにもない。各地でベーケ伯爵家のように身内の間で揉めているところもあれば、革命軍も軍勢が増え指揮系統を整えるのに時間がかかっているところだ。

 こちらもゼランシア砦での戦の損失が尾を引いていて、まだ本格的に戦ができる状態ではない。

「おそらく、ひと月もかからない。侵攻は南側から」

 北のゼランシア砦が塞がれた今、敵本拠地に近く多くの兵を抱えているベーケ伯爵家がいる南側からの侵攻が濃厚とみられている。

「もう少しでこの戦、仕掛けてきたのがクラウスって噂が本当かどうかもわかるわね」

 革命軍の中枢の多くはディックハウトの重臣らが占めている。その中にしれっとクラウスの名が混じっているのだ。末席の立ち位置ではあるようだが、ディックハウト皇主の崩御の混乱の中で、皇家廃絶を真っ先に言い出したのは彼だという噂があった。

 皇家を滅ぼせば数十年の間に魔術が消えるという話を広めたのがクラウスである事は間違いない。

(戦をなくす、か)

 ゼランシア砦に囚われていた時、クラウスは戦をなくしたいと言っていた。血筋で王を決めることがそもそもの間違いだともだ。

 彼は戦をせずに事を進める気らしかったが、状況が状況なのでこれを最後の戦として決着をつける気なのかもしれない。

「クラウスは、人を動かせる。だが、支配はしない……王のいない国を纏めるには、適任」

 後一歩、踏み出せずにいる人間の背中を押すことを、クラウスは得手としている。誰を動かせば自分の望むとおりに事が動くか、よく分かっているのだ。

 誰かを跪かせることもせずに、のらりくらりとした態度で思うように事態を動かすことができるというのは恐いものがある。

「うん、頭はいいのよね。仕事はできないんじゃなくて、やらない駄眼鏡だし。でも、クラウスがまとめ役っていうのもしっくりこないわね」

 なんでもかんでも面倒臭がって、仕事を放り出してばかりだった。そして貧乏くじを引かされるのは、いつも自分だった。

「全部、リーのため」

 不意にバルドから投げられた言葉に、思い出で苦虫を潰した顔になっていたリリーは目を瞬かせる。

「……誰も頼んでないわよ、そんなこと」

 クラウスは戦のなくても生きられるといっていたけれど、戦場以外に自分は楽しみも生きる場所も見いだせない。

 今、皇家側へついている人間も同じだ。

 戦場で生きて死ぬことを選んだ者達は、これからまだ増えるのか減るのか。

(後は戦うだけだわ)

 何も考えずに戦に興じればいい。だけれど、ゼランシア砦で元部下のフリーダとの戦闘が忘れられない。

 これ以上ないというほどの高揚を味わった戦の後では、先の戦への期待感が薄い。

 それでも戦いたいという本能はうずいてもどかしいばかりだった。

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