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棺の皇国  作者: 天海りく
終天崩落
66/115

4-3


***


 ディックハウトの白い魔道士達が砦の前を埋めつくしたのはあっという間だった。

「これは、圧倒的に数で不利では……」

 シェルが見るからに数で押されている状況に顔を青ざめさせる横で、バルドは馬上から敵の布陣を確認する。

 壁を築くようにずらりと白の魔道士達が城門前に並んでいた。迂闊に突っ込めばヴィオラを頂点とした、逆三角形の陣形を少数で取っているこちらは一気に囲まれてしまうほどの数はいる。

 目的は砦の破壊なので必要以上に近づく必要はない。敵隊列を乱しながら砦へと攻撃を加えられれば、やり遂げられるとはいえそう簡単にいく話ではない。

 先にあちらが動いて取り囲まれてしまうのだけは回避しなければ、袋の鼠になってしまう。

 前衛のヴィオラから、隊列を横に伸ばすという指示がきて逆三角形の陣形を保ったまま、列を半分にする。

「……削減」

 その最中、バルドは雷を剣に纏わせて敵隊列の中に、まばらに雷撃を落とす。

 杖で威力を削がれながらも数は多少は減った。魔力が無尽蔵であればもっと減らせるのだがと思っていると敵が動き始める。

 一斉攻撃に杖が防護をするものの、全ては防ぎ切れない。

 炎に水に、雷に風。あらゆる攻撃が襲いかかってきても、ハイゼンベルク軍も取り乱しはしなかった。

 前進はせずに砦と敵勢へ二手に分かれて攻撃する。しかしやはり敵勢の数が多く、砦自体も魔術に護られていて打ち崩すのは容易いことではなさそうだった。

「皇主様、少し後退されては」

 ディックハウトがこのまま前進してくるのを危ぶんだカイが、バルドの身の安全を図ろうとする。

「不要。砦への攻撃を増やす。敵は俺が」

 しかしバルドは首を横に振って敵を食い止めるなら将自ら単騎で突入した方がよいだろうと、むしろ前に進んでいく。

「皇主様! ……灰色の、戦えないなら後方で待機してろ」

 カイがシェルにそう告げて、先に進んでいくバルドを追い駆ける。そして最前列にバルドが立つと、ヴィオラも硬い表情で将自ら囮になることに難色を示す。

「でしたら、わたくしが参りますわ。皇主様の御身が最も大事ということをお考え下さいませ」

「勝たねば、俺は死ぬ。ならば前に出る」

 どのみち勝利する以外に生き延びることはないのだ。突撃して勝利できる可能性が高まるならその方がいい。

「……ベッカー補佐官、皇主様の護りをお願いしますわ。わたくしたちは砦の破壊に集中いたしましょう」

 絶え間ない攻撃の中で熟考する間はなく、仕方なくといった口調でヴィオラがうなずいた。

 それと同時に、バルドは馬の腹を蹴って前に飛び出す。

 微塵も躊躇いなく数千の敵陣の中へ猛進する様は、破れかぶれかぶれに見えそうなものだが誰の目にもそうは写らなかった。

 剣を抜いたバルドは雷を纏わせた大剣を振り、敵の攻撃も防護の壁も魔道士ごと打ち払う。

 そして器用に馬から飛び降りて次々と白の魔道士を屠っていく。

 その姿は巨大な獣が矮小な餌の群れに突っ込んで食い荒らすかのようだった。

 一振りで数十人を打ち倒していく猛攻に、ディックハウト側も動揺し隊列が乱れる。

 目の前で暴れる獣に気を取られ怖じ気づくあまり、砦に攻撃を加えるハイゼンベルク軍への対処すらおろそかになっていた。

 ヴィオラの放った火球が防壁を打ち崩し、崩れた砦の残骸が降り注ぐ。

「お前達は、砦の護りに集中しろ! 将は俺が相手する」

 ゲオルギー将軍がバルドへ向かいながら、体勢を取り直させる。

 力を発散する心地よさはあっても、手応えの薄さに物足りなさを感じていたバルドは向かってくる強敵に闘争心を昂ぶらせた。

 バルドの頭上に雷が落ちる。

 剣先でそれを払いながら、バルドは求める闘争へと足を進める。その間、すでに周りの白の魔道士達は道を空け相手をすることを避けていた。

 次第にはっきりとゲオルギー将軍の姿が見えてくる。

 太刀を構えるディックハウト雷将に隙はない。しかしバルドはそんなことはお構いなしだった。

 地を蹴ってゲオルギー将軍の間合いに飛び込む。

 すかさず太刀が懐めがけて襲ってくるが、神剣で弾いた。

「御首、頂戴する」

 ゲオルギー将軍が怯むことも動じることもなく、続いて打ち込んでくる。

 一撃ごとに彼の強さを感じて、バルドはますます闘争心を滾らせていく。

 清々しいほどの殺気、放たれる魔術の威力、なにもかもが戦う喜びを高めてくれる。

 周囲で繰り広げられているハイゼンベルクとディックハウトの絶え間ない攻防は、意識の遙か彼方に追いやられていく。

 それほどまでに、ゲオルギー将軍との戦闘にバルドは夢中になっていたのだった。


***

 

 攻撃に大きく揺れるゼランシア砦内は、負傷者と補充の魔道士の往き来で慌ただしかった。

「また、派手にやってくれるな」

 西側の砦の壁が破壊された報告を聞きながら、クラウスは外の様子を見る。

 眼下ではバルドとゲオルギー将軍が戦闘を始めていた。

「リリーを別の部屋に移した方がいいな。殿下は下手をすれば彼女が瓦礫に押し潰されることまで、考えていないのか?」

 状況に合わせて対応を指示しているフリーダが、不愉快そうに言う。

「さあな。リリーの命が惜しいのはバルドぐらいだろうけど、今の内に奥に移した方がいいのは同意だ」

 ハイゼンベルクの上層部にとってリリーは目の上のたんこぶ同然だ。このまま裏切るなり、死んでくれた方が都合がいい。

「彼女を壁際に立たせて盾にする案は無理だったな。君は彼女を使う気はないだろう」

 一時上がったがすぐに拒否した策を上げて、フリーダが問いかけてくる。

「……バルドの気を一瞬逸らすぐらいはできそうだから、もう少し様子を見てからな」

 クラウスはバルドとゲオルギー将軍の戦闘を横目で見て答える。

 思った以上にゲオルギー将軍が善戦している。ほんの少しでもバルドに隙が出来れば勝てるかもしれないとすら思える。

 だがバルドが持つのは神剣だ。皇祖の右腕が持つ力は計り知れない。

 正直言えば、リリーに戦を見せることすらしたくはなかった。しかし、今はどこでもも戦場になる可能性を持っている。仕方ないことだ。

「そうか。まずは彼女を動かさないとならないな……ここも少し危うい」

 強い衝撃が再び襲いかかってきて、天井からばらばらと埃が降り注いでくる。今現在、攻撃は損壊が少ない西側から中央にかけて集中していた。

「じゃあ、俺はリリーの所に行く」

「いや、他の者を行かせればいい。君と私は、上から援護にあたる」

「……それなら、仕方ないか。手荒に扱わないように言っといてくれよ」

 不安や心配があるものの、クラウスはあまり勝手をしすぎても立場に響くだろうと、自分から迎えに行くのは諦める。

 そしてちょうど真横の部屋で轟音がして、足下が大きく揺れる。

「人のことを心配している場合ではなさそうだな……。総員、奥へ一度待避!」

 フリーダが命令を飛ばして、部屋にいた者達が一斉に動く。廊下に出ると、隣の部屋から続々と負傷者が出てきて、クラウスはリリーのことがなおさら心配になってきた。

 かといって今から向かうこともできそうにないので、フリーダがリリーの移動を指示するのを聞きながら、彼女ができるだけ早急に安全な場所に行けることを祈るしかなかった。


***


「……待ってる間にあたし、部屋ごと潰されそうだわ」

 物陰で身を潜めているリリーは、何度目かの大きな揺れにこのまま戦闘の巻き添えになって死ぬのだけはごめんだと外に出るか迷う。

 攻撃の音はまだ遠いとはいえ、ハイゼンベルクは確実に砦の破壊に勤しんでいるらしかった。

 せめて鎧戸を開けて外の様子を見ようかと立ちあがろうとしたとき、扉の近くで音がするのを聞いた。

 今の砦は騒々しいがこの部屋は隔離されているせいか、人通りもなく近くで物音がすることはなかった。

(一応は人質だし、安全な所に移してくれるのかしら)

 そうであればありがたいと気配を潜めて、リリーはじっと待つ。

 鍵を回す音と、扉を開く音。足音はひとつ。

「……暗いな、リリー・アクス、どこにいる!?」

 相手は灯を持っていないらしく陽が昇ったというのに暗い部屋に戸惑っていた。

「まさか、脱走したわけじゃないだろうな。おい、出て来い。ここは危険だから貴様を他の部屋に移す。ここで味方の攻撃の巻き添えで死にたくなかったら出て来い!」

 苛々とした男の声が近づいてくるのに、リリーはそっと様子を窺う。中肉中背の背丈も普通の男だ。

 こちらが丸腰の小娘ともあって油断し隙だらけだ。

 もう少し近づいてくれれば、やれる。

 リリーはわざと物音を立てて男を誘い込む。

「そこか。まったく、素直にでてこないか」

 灯がある廊下から差し込む弱い光だけを頼りに部屋を進む男には、奥の最も暗い場所で黒いローブを纏うリリーの姿を目視するのは困難だった。

 だから、何かが動いたと思ったときには遅すぎた。

 鳩尾に剣の柄を叩き込まれて男は体を曲げて言葉を失う。

 そうしている内に首の後ろをさらに剣で殴打されて完全に意識を失った。

「……呆気ないわね。死んでないかしら」

 リリーはうつぶせに倒れた男を見下ろして眉を顰める。戦いは好きだが、まだ剣を抜いてもいない相手を殺すのはあまり好きではない。

 しかしもはやここも戦場だ。この程度で死ぬならば、それまでのことだ。

 リリーは男の持っている鍵を奪い取って、部屋から出ると目立ちすぎる黒のローブを脱ぎ、寝台の上の上掛けを取る。

 そして双剣とローブに上掛けを被せて隠して、寝具を取り替える下働きの態を取り繕う。

「さあ、どこまで誤魔化していけるかしらね……」

 人気のない廊下に出て部屋に鍵をかけてリリーは、ひとつ深呼吸をする。

 まったくどこへ行けば外に出られるかはわからないが、人気のある方へ行けばいいだろう。

 あまりにも適当すぎるものの、自らの闘争本能に従ってリリーはだれひとりとして味方のいない戦場を歩き始めたのだった。

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