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棺の皇国  作者: 天海りく
終天崩落
65/115

4-2


***


 ゼランシア砦目指して行軍していたハイゼンベルク軍は、ふいに導となる砦の篝火を見失った。

 夜空と岩山の境の稜線がぼんやりとだけしか見えない。

「皇主様、少し、歩みを緩めますか?」

 横についているヴィオラが判断を仰いできて、バルドは首を横に振る。ここからでは砦の位置が把握できないとはいえ、真っ直ぐに進んでいればいずれ夜目が利く自分が配置の指示は出せる。

「……城門、見えたら一撃」

 雷撃を放てばその瞬間辺りも明るくなるだろう。

 バルドはそのままの速度で走り続ける。闇にも種類がある。目が慣れれば黒一色で塗りつぶされていた視界に、影の濃淡から景色が浮かび上がってくる。

 眼前の黒い巨大な塊もバルドの目には砦の形をゆっくりと成してきていた。

 バルドは予定の位置で馬を止めて、雷をひとつ落とす。

 蒼白い光に砦の全貌が一瞬明らかになるものの、その光は眩すぎるほどだった。

 それでも城門の位置を確認した魔道士達は攻撃準備に入る。すでにディックハウト側は魔術で防壁を張っているとはいえ、それを貫けば砦を削ることは難しくない。

 ディックハウトも直に兵を前に押し出してくるはずだ。

 まだ十分に魔力を温存しておかなければならないバルドは一度剣をしまい後衛へと下がる。

 前衛での指揮はヴィオラがするのだ。

「……あの、どうします、これ?」

 カイの側に下がると、彼の後ろに乗るシェルが背の包みを示して問いかけてくる。

「リーの位置」

「リリーさんがどこにいるかは分かりかねますね。まだあの砦にいるのかもはっきりしませんから……。いたとしても事前に話した通り、目の前に置くことしかできないので、自由が利かない状態や監視されていると彼女の手に渡らないということになるでしょう」

 リリーに双剣とローブを送っても、確実に彼女が使えるとは限らないというのはすでに聞いている。

「……今」

 自分を釣り出すためにも、十中八九リリーがまだゼランシア砦に囚われているだろうとは踏んでいた。

 武器もない身ひとつであるリリーを四六時中監視している可能性も低い。特に就寝の時間である今はもっとも監視の目が薄いはずだ。ディックハウト側もリリーを利用するなら、戦況をみてからとなるだろう。

 やるなら、まだ敵が息を潜める今しかない。

「これ一回きりしか機会はありませんが、大丈夫ですね」

 シェルが念を押してきて、バルドはゆっくりと首を縦に振る。

 そしてシェルは草地に降りて、馬の影に隠れるようにして背の包みを広げる。リリーの双剣とローブを包んでいるのはだだの麻布ではなく、魔術文字が円形にびっしりと描かれていた。

 さりげなく、カイも馬を移動させシェルの様子が周りから見えにくくする。

「……いきますよ」

 シェルが緊張した面持ちで魔術文字の円の端に、杖を振り下ろす。

 杖が触れた場所から文字が滲み溶け出していく。

 溶けた文字はどろりとした粘性の液体となって、双剣とローブに絡みついた。

「リリーさんが、あの砦にいることは間違いないですね」

 そう呟いたシェルがもう一度杖を振り下ろすと、完全に双剣とローブは黒い液体に包み込まれて姿形が見えなくなった。

 最後には蒸発するように、全てが消え去った。

 現実味のない光景にカイが唖然とし、バルドも目を瞬かせてもはや平原の草原しか見えないことを確認する。

「成功?」

「リリーさんの所に運べたとは思いますが、彼女が無事に受け取ったかどうかは……」

 こればかりは実際にリリーが戦に出て来ない限り分からない。

(リーは、戦うことを諦めない)

 リリーなら、剣があろうとなかろうと必ず戦う手段を探し出すはずだ。そして目に見える所に愛刀があるならきっと、どんな手段を使ってでも剣を抜く。

 バルドはリリーが剣を手にすることを信じて、戦況に目を向ける。

 ハイゼンベルク側が攻撃を仕掛けているものの、まだ前に出てはいない。敵は『杖』の魔術で砦を護ることに専念していた。

 総力戦は夜明けとなるだろう。

 こちらの目的はゼランシア砦の半壊なので、敵兵殲滅は二の次だがどちらにせよ正面衝突は避けられない。

 バルドは城門に向けて、さらに雷撃を加える。

 力を加減したので魔術の防壁に威力を削がれたものの、手応えはあった。広い入口を塞ぐほどにするには、やはり砦を半壊する他に手立てはない。

 どうせぶつかるなら早いうちに向こうから動いてくれれば、一気に方を付けにかかれるのだが。

 朝を間近にする中、ハイゼンベルクの放つ炎や雷の光が明滅し破裂する。それでもディックハウト側が攻撃に転じる様子は見えない。

「停止。前進」

 頑なに誘いに乗ってこない敵勢に、バルドは味方陣営の魔力の温存のために一旦攻撃をやめ部隊を前に進める。

 それからは両者共に沈黙を保つ。

 ディックハウト側は魔道士の数は多いとはいえ、いつ来るかも分からない攻撃に備えて常時防壁を張っていなければならないので多少は消耗するはずだ。

 やがて夜が白み始めて、ハイゼンベルク軍を覆う夜の帳が剥がされる。

 ゼランシア砦からは真白い陽の光の帯のように魔道士達が溢れ出し突撃してくる。

「……始まった」

 馬の間で身を潜めているシェルが、緊張感に身を震わせて呟く。

 そうしてバルドは、先頭にゲオルギー将軍がいるのを認め、この強敵と剣を交える瞬間が必ずやってくると気を昂ぶらていた。


***


 一方、リリーは目の前に現れた物体にぽかんとしていた。

 背後の方で何かがごとりと落ちてきて振り返れば、黒い塊がもぞもぞと蠢いていたのだ。さすがにこれには驚き怯んだ。

 そして塊が毛糸の塊のように解けたかと思うと、それは蒼白く仄かに発光して消えた。

「あたしの、剣、よね……こっちはローブかしら」

 おそるおそる近づいて闇の中目を凝らしてみて、やっと自分の愛刀と黒い布の塊がローブであることを確認できた。

 だからといってまだ触ることには躊躇いがある。

「うん、あたしのだし、こんなことできるのシェルぐらいだろうし……」

 別におっかないものでもなければ、誰の仕業かも分かる。リリーが意を決して手を伸ばしたとき、何度目かの揺れが砦を襲う。

「バルド……」

 この攻撃がバルドのものと察したと同時に、リリーは双剣を手に取った。

 掌に馴染んだ感覚にほっとするものを覚える。鞘を抜いて白刃を目の前に晒すと、高揚感が増して今すぐ真下の戦闘に加わりたくなった。

「まだ、動くには早過ぎるわ」

 しかしまだ戦闘は本格的には始まっておらず、ディックハウトの兵はひとりたりとも砦から出ていない。

 今この部屋からひとり出て砦内で戦うのは自殺行為である。

 リリーは双剣とローブを寝台の上に置いて上掛けで隠す。戦いを始めるなら砦から兵が出払った後の方がいい。

 この状況で捕虜に朝食を運んでくることもないだろうから、扉は自分で開けるか向こうが作戦に利用するときに開けるのを待つかのどちらかである。

「できれば、穏当に部屋は出たいけど、これを持ってじゃ目立つわね……」

 頭を使うこと自体はあまり好きではないものの、戦に関することを考えるのは好きなリリーは作戦を練りながらわくわくしていた。

 そのうち攻撃がやんで、リリーは窓辺へ戻って外を確認する。

 小さな攻防が続いていたさっきとうってかわって辺りは静まりかえっているが、ディックハウト側が魔術の防壁を解く気配はない。

 やはり動くとしたら夜明けなのだろうと、リリーは見えないバルドの姿を探す。

 黒山の塊のどこか、おそらく後方にいるはずだけれどここから目視はいくら目がよくても無理そうだ。

 やがて陽が昇り始めて、うっすらと辺りが明るくなってきてハイゼンベルク側の全貌が見えてくる。

「思った以上に少ないわね……」

 この短期間で出てくるのだから、増援も見込めないと分かっていたものの実際に見ると一万に満たないどころか、五千いるかどうかも怪しい。

 対するディックハウトは倍以上はあるはずだ。

「あたしが、内側から攪乱できればちょっとは変わるかしらね」

 リリーは改めて戦略を練り直して、寝台の上のローブを羽織り双剣を手に取る。そして鎧戸を閉め切って、部屋を真っ暗にする。

 あとは机の影へと身を潜めた。

 砦の中で、味方は自分ひとり。僅かな判断の過ちが命取りになる。

 始めて経験する状況で、なおかつ命の危険も高い。生きてこの砦から出られたら奇蹟と言えるだろう。

「駄目だわ。すごく楽しくなってきた……」

 死線の際に立っていることへの恐怖や焦りはまったくないが、気持ちが高まりすぎて冷静になれない。

 リリーは目を閉じて深呼吸をし、気持ちを宥める。

 それで幾分は落ち着いてきたものの、久方ぶりの戦闘と愛刀の感触に気持ちが完全に鎮めることは無理そうだった。

 

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