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棺の皇国  作者: 天海りく
終天崩落
57/115

2-2

***


 閉じ込められじっとしていることに、リリーは二刻も経たない内に耐えられなくなっていた。

 以前、剣を取り上げられて行動を制限された時は、自室に待機だからまだよかったが今度は見知らぬ場所であげくに敵の拠点だ。

「退屈……」

 寝台に寝転がって時間を潰すために寝ようとしても、丸一日近く眠っていたことと安心できない場所のせいで眠れない。部屋をうろつき、窓の外を眺めるのもすぐに飽きた。

 じっとしていてもじんわりと汗が噴き出る熱気にもまいる。

「暑いし、暇だし、もう、嫌」

 文句を言っても聞く者もいない。肉体的な拷問よりはましとはいえ、精神的にこの状況は想像以上に辛い。

 そして堅い椅子の上に座ったリリーは机に顔を突っ伏せる。

「いっそ、寝返るふりでもした方がましだったかしら。でも、駄目ね。クラウスがいるんなら、あたしがバルドを見限るわけないってすぐにばれるわ。というか、さっさと顔見せなさいよね、あの駄眼鏡」

 諸悪の根源はまだ軍議なのか、会う気がないのかなかなか姿を見せない。

 怒鳴りつけなければ気が済まない。

「起きてからどれぐらい経ってるんだろ……」

 フリーダと話してからそれほど時間は経っていないかもしれない。各部屋に時計はなくとも砦や城では、一定の間隔で鐘や銅鑼が鳴るはずだがそれすら聞こえない。

 ということは一刻も経っていないのかもしれないが、ここはもう少し間隔を空けるのかもしれない。

 平原にぽつぽつと立つ木の影が伸びる方向に変化が見られないので、そう長い時間が経っているわけではなさそうだ。

 部屋をまた一周するかとリリーは立ち上がって、それも馬鹿馬鹿しいと座る場所を寝台に変えようとした時、鍵が回される音がする。

「リリー、起きてるな……っ!」

 入ってきたのはクラウスで、リリーはすぐさま彼の元へ近づいた。そしてクラウスの向こう脛を思い切り蹴飛ばす。

「……元気そうでよかった」

 避ける素振りも見せず、そうされるのは当然というクラウスの態度はなおさら腹立たしい。

「今すぐ、ここで剣を持って暴れたいくらいには元気よ! あたしの剣、どこ!?」

「持ってくるわけないことぐらい、分かってるだろ。リリーが怒るのは仕方ないけど、俺は自分が間違ってるとは思わないから謝らない」

 クラウスがいつもの軽薄な口調ではなく、子供に言い聞かせる物言いである事がなおさらリリーの苛立ちに火をつける。

「あたしがいたいのは戦場で、欲しいのは剣よ。あんたがどう思おうと、それ以外、あたしはいらない。人の大事な物勝手に取り上げないで!」

 怒り任せに言葉をぶつけると、クラウスがため息をついた。

「全部なくなったら、もっといい物が見えてくるはずだって言っても今は全然分からないだろうな。先のことは置いておいて、大事な話がある。……リリーの、心臓について」

 クラウスが最後に声を潜めて言った言葉に、リリーは体を強張らせて口を引き結ぶ。

 そして彼の背後にひとりの女性が立っていて、それが砦の侍女でなくエレンであることにやっと気づく。

「喋ったの、その人……」

「中で話しましょう」

 エレンが静かにそう言って、リリーは仕方なく部屋の奥に引っ込む。そして扉が閉められて、音を遮断する魔術がかけられるのを感じてさらに身構える。

「リリーの心臓が神器だっていうのは、エレンから聞いた。血統のことも。俺らが今知りたいのは、灰色の魔道士が何を知っていたかだ。リリーの悪いようには絶対にしない。リリーを護るために知っておきたいんだ」

「……その人があたしを庇う理由はなんにもないでしょ」

 クラウスはともかくとして、エレンはまったく信用ならない。

「ええ。ありません。しかし、ディックハウトに情報を渡す理由もありません。……皇太子殿下は内心、あなたの心臓が自分の命を繋ぐものではないと気づいていました。私は、ただその心臓の正体を知りたいだけです。真実は、胸にしまっておきます」

 そう言われても簡単には信じられなかった。

 そもそもエレンのことをリリーはよく知らなかった。ラインハルトの忠実な側近ということを、バルドから聞いているぐらいなのだ。

(だけど、知ったところでどうなるのかしら)

 自分の心臓が鼓動を止めたとき、この島から魔術は消える。

 その事実を知ったディックハウトが、自分の心臓を無理に抉り出す暴挙に出るとは思えない。

 この戦が無為と知って主君であるディックハウトの皇主も、ハイゼンベルクの皇主も、グリザドの末裔全て排除することになるのか。

 両陣営に混乱しかもたらさない真実を、有益に利用できるとは思えなかった。

 むしろ話してしまった方が、半端に情報が伝わって心臓を取られる危険を減らせるのではないか。

 リリーは迷いに迷って、じっと返答を待つふたりを見やる。

 そうして自分の判断に自信がないまま、グリザドが大陸の魔道士でこの島が彼の魔術の実験場でしかないというシェルから聞いた話を、もたつきながらふたりに明かす。

 話している間、ふたりからはひと言も何もなかった。呆気にとられた表情で、絶句しているのだ。

「……どっちが勝ったって。どうせこの国は終わるのよ。魔術が消えたら、皇家の権威なんてないも一緒でしょ」

 魔術をもたらしたからこそグリザドは王となり得、血族も皇主として君臨し続けているのだ。

 魔術がなくなれば、政の実権を宰相に握られている皇家の存在意義は失われる。

「そういえば、シェルはどうしたの?」

 今の所ここにいるという話題が出ていないので、ディックハウトに囚われているのではないだろうが。

「灰色の魔道士は見つかってない。たぶん、ハイゼンベルクが撤退と一緒に連れて行ったんじゃないか。……その大陸の魔道士なら。この島にかかってる魔術を解いて、リリーの心臓を普通にできるんだな」

「できるかもしれないだから、確実じゃないわ。解いてどうするの? あんたは戦は嫌なんでしょ。魔術が消えたら、今よりもっとややこしい戦になるわよ」

 後に待ち構えるのは、王の座の奪い合いだけだ。

「俺は戦は好きじゃない。ただでさえ皇主なんてお飾り同然で、宰相同士が権力争いを五十年もやってるなんて馬鹿馬鹿しいと思ってるのに、肝心の皇家の祖がただの頭のおかしい魔道士なんてやってられない。だったら、皇家なんてとっぱらって玉座が欲しい奴は好きに取り合って戦でもなんでもすればいい」

 クラウスの言うことは、きっと皇家に忠誠心など持たない者の多くが抱えている本心かもしれない。

 リリーはまだひと言も発していないエレンへ、視線を向ける。

「……私は例えこの戦が無意味なものだとしても、皇太子殿下が生きる意義となったのならそれでかまいません。あの方が己を生きようとしたことそのものに、意味があったと思っています。今の戦が終わった後が、新たな戦だろうと、平穏だろうとかまいません」

 エレンの言葉は、バルドのものにも思えた。だからこそ、彼は簡単に戦を投げ捨てられない。

「魔術がなくなっても、いいの?」

 戦のことももちろんだが、魔術を手放すことにふたりは抵抗はないのかとリリーは首を傾げる。

「私は、こうして今も使っていますが、特に必要と感じたことはありません。なければないでかまわないものです」

「俺もそうだな。ないならないでいい。別に戦うのが好きなわけじゃないしな。……戦も好きにすればいいとは言ったが、俺はリリーのために戦はなくしたい。時期を見計らって魔術を解けば、少なくとも今の兵を動かして殺し合いをする必要はなくなるかもな……」

 クラウスが顎に手を当てて思案する。

「そんなこと、戦わないでどうやって決着つけるのよ」

 この国に戦はつきものだ。魔術が軍事利用しかできないものだからこそ、小さな戦を度々繰り返して魔術というものの威力を誇示し続けていたのだとクラウスは言っていた。

 魔術がなくなったからといって、長年の慣習がそう簡単になくなるものだろうか。

「リリーやバルドみたいに剣を振り回すのが生き甲斐なんて人間より、できれば戦なんてない方がいい人間の方が多い。政っていうのは、詭弁とはったりで戦してるものだから、そっちで方をつけられる程度には収められるかもしれない」

 政はリリーにはあまりよく分からない戦だ。あまり楽しいものでもない。

「そうだな、そもそも血統で王位を決めるのがそもそもの間違いかもな……灰色の魔道士をこっちに連れてくるのが先決か」

 そうしてクラウスが何か思いついたようにつぶやくが、リリーには彼の考えがまったく見えなかった。

 ただ分かるのは、本気で自分からこのまま戦うことを奪い取るつもりということぐらいだ。

「あたしは戦えなくなるなんて嫌よ。本当にいらないのよ。戦わないで生きていく先なんていらない。何度もあたしは言ってるでしょ。人の話、ちゃんと聞きなさいよ!」

 今この瞬間でさえ、手元に剣がないことに落ち着かない。そして戦場に出られない毎日が死ぬまで続く退屈に自分が耐えられるとはまったく思えなかった。

 何度、クラウスにそう訴えただろう。

 それでも彼は自分の生き方を否定し続ける。

「何度聞いても、俺はそう思わない。この話はしばらくやめにしよう。戦から離れて落ち着いた頃にな」

 いつまでもクラウスと自分の意見は平行線で交わることはなさそうだった。

「……魔術を解いてもよろしいですか?」

 疲れてきたのか、エレンが問うてクラウスがうなずく。

「肝心なことは聞けたからもういいよ。助かった。リリーとふたりきりになりたいところだけど、な」

 クラウスが視線を向けてくるのに、リリーは目を逸らす。

「あたしは、あんたに言いたいことは言ったから、後は話したくない。逃がしてくれる気がないなら、出て行って」

 怒りも不満もまだまだあったが、これ以上話してものらりくらりとかわされて余計に鬱憤を溜め込むことになるのは目に見えていた。

「分かった。でも、またくるからな」

 リリーはため息をつくクラウスに今度は返事もしなかった。

 子供じみた態度だと自分自身でよくわかっていても、これ以上喋るのも顔をみるのも嫌だった。

 そしてクラウスとエレンが出て行ってから、はたと気づく。

「これから攻め込むのか待つのかぐらい聞いておけばよかったわ」

 地の利があるこの砦からディックハウトは早々には動かないだろとは思うが。

 何よりも肝心なことは自分がバルドの釣り餌として、どう利用されるかだ。

「早く、戦が始まらないかしら」

 寝台に寝転がってリリーは目を閉じる。

 思い起すのは戦場の音と匂い。そうして、その中で自分と同じぐらい戦場に喜びを感じながら剣を振るう、黒い巨大な獣。

「バルド……」

 またふたりで戦場を駆けたい。

 リリーは指先を自分の腰元に持っていくが、そこに愛刀があるはずもなく、空を握る間隔は虚しいばかりだった。



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