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棺の皇国  作者: 天海りく
終天崩落
56/115

2-1

 モルドラ砦陥落から一夜明け、バルドは三日以内にゼランシア砦へ進軍することを決めた。

 この状況下で三日という準備期間の短さに異を唱える者もいた。ディックハウトの兵力、堅牢なゼランシア砦、そして奪われたモルドラ砦が新たな障害としてそびえている。

 それでもバルドは進軍すべきと頑なだった。

 まずは半壊したモルドラ砦を夜明け前に奇襲して駐在している敵軍ごと潰す。ゼランシア砦から出てくる敵援軍も進軍しつつ撃破、そしてゼランシア砦も半壊まで持ち込むつもりだった。

(クラウスが動いた。北を塞ぐもやむなし)

 軍議で炎将を含む半数以上のの重臣からあまりの強攻策に絶句され、夕刻まで時間をくれと懇願されたバルドはひとりルベランス城の廊下を歩く。

 けして自棄になった策ではない。

 南のベーケ伯爵家がこの先裏切る可能性が高いなら、北からの増援を経っておくのが苦肉の策というものだ。

(リーを、どうする)

 決行を見送らせたい者は、リリーが巻き添えになると訴えてきた。

 確かにそれが一番の問題だった。リリーを取り戻すこと自体が困難だ。しかし無理に攻め込めば自分の目の届くところに彼女を出してくるのではという期待もある。

 いずれにせよ、ここでいつまでも止まっていても仕方ないのだ。

 敵側が動く前にこちらから動きたい。

「皇主様」

 声をかけられ振り向くとカイがいた。

「……神器の件」

 まだ神器のことについての皇都にいる典儀長官の意見は聞いていなかったので、すぐ近くの部屋で話をすることにした。

「典儀長官からは、神器の『玉』は伝達の行き違いによるものとだけ説明をしたらいかがとのことです」

 『杖』の魔道士であるカイが防音の魔術を張り、そう告げる。

「行き違い……」

「はい。回収の命を誤ってふたりに出し、先に神器を確保した者が皇都につく前に、たまたま敵と遭遇し傷を負って退却中に死亡。この時死亡した者は神器を持っていることを敵に知られまいと、退却の途中で神器を隠しそのまま誰かに在処を伝える前に事切れて行方不明になったという筋立てです。死亡した者も、当時の戦死者の中から選んで決めています」

 確かにそれである程度は辻褄は合う。戦の混乱中には何が起こっても不思議でないと、無理は通せる。

「発見の経緯」

「死亡した近辺を長年捜索いていた所、山崩れが起こった場所に偶然小さな洞穴の入口を見つけたということにしてはと。洞穴の入口はその魔道士が魔術で入口を壊し塞いでいたが、山崩れで入口を塞いでいた倒木や石が崩れて見つかったのです」

 やや強引かと思われるが、なきにしもあらずといったところでそう告げるしかないかもしれない。

「エレン、所在不明。補佐官、敵に」

 最も不安なことは全てを知るエレンが敵側に渡っている可能性と、リリーがディックハウトの手中にあることだ。

「クラウスはどうすると思いますか」

「リーの命、最優先」

 クラウスがディックハウトで地位を得るために功績を挙げるとしても、それは全てリリーのためにだ。彼女の命が脅かされては元も子もない。

「エレン嬢にかかってるということですか。……灰色の魔道士は神器について知っていましたか」

 カイの問いかけにバルドはうなずく。

「補佐官の心臓が、魔術の要。補佐官の死、すなわち魔術の死」

 皇祖グリザドがかけたこの島の人間が魔術を扱えるようにするための魔術を維持しているのは、代々血を分けた兄弟同士で繋いでいた皇家の純血の系譜が引き継ぐグリザドの心臓だという。

 リリーが死すれば魔術は解け、島の人間は誰ひとりとして魔術が扱えなくなる。

 バルドは驚き目を丸くするカイに言葉少なに説明を補足する。

「魔術が、消える。一体、灰色の魔道士がどうしてそんなことを」

「それだけ知っていればよし。今から灰色の魔道士と話す。防音」

 これ以上の説明は喋ること面倒であり、バルドは会話を打ち切って部屋を出る。そして戸惑うカイが追ってくるのを待たずに、灰色の魔道士、シェルがいる場所へと向かう。

 命じた通り、臣下はモルドラ砦からシェルも一緒に連れてきていた。怪我もなく元気なものだという。

 バルドは城の奥まった場所にたどりつくと、ふたりいる見張りの魔道士を下がらせる。カイも戸惑いながらもついてきていた。

「壁の外、待機」

 しかしながらカイを部屋に入れるつもりもなければ、話を聞かせるつもりもなかった。防音の魔術をかけさせるためだけに連れてきたのだ。

 カイが少々不服そうな顔をしながらも結界を張るのを確認して、バルドは小さな部屋に入って扉を閉める。

 天井近くの格子の嵌められた窓から灯は差し込んでいるものの、森の中とあって昼でも薄暗い。

 人ふたりが横になれる程度の狭い部屋の壁際には、粗末な寝台が壁際に備え付けてあり、そこでシェルは座っていた。

「あー、よかった。何がどうなってるのか、ちっとも誰も説明してくれないので困っていた所です。いや、遠巻きに見る魔術戦争は希少で興味深いですが、巻き込まれるとたまったものではありませんね。本気で死ぬかと思いました」

 よく口が回る人間は苦手なバルドは今すぐ部屋を出て行きたくなったが、そういうわけにもいかず顔を顰めるだけに留める。

「…………反乱。砦陥落」

「内から崩されたのですか。なるほど。ところで、私の杖とローブ、それと記録帳は持ち出せていただけたのでしょうか」

 そのことが一番気になっていたらしく、シェルが真剣な眼差しを向けてくる。

「ない。命あるだけよしとすべし」

 シェルの杖やローブ、記録帳は全てモルドラ砦のバルドの寝室に保管してあった。当然持ち出すことなどできる状況ではなかった。

「いや、よくないですよ! 杖は一年がかりで作った物ですし、記録帳がなければこの島に何をしに来たのか。それにローブがないと魔力の回復が遅れますし。自分で取り戻しますので、新しい杖を作らせていただけますか。できるだけ古い木と宝玉かいくつかあれば簡易の杖を作るには事足りますから、お願いします」

 くって下がるシェルに一歩退きつつ、バルドは首を傾げる。

「取り戻す。魔力回復」

 まさかひとりで乗り込むつもりなのだろうか。シェルはどこにでも移動でできる魔術を扱うものの、魔力を消費しすぎて今はその魔術を使えないはずだ。

「杖とローブには、もちろん私との魔術的繋がりがあって、記録帳にもなくしてもすぐに見つけられるように魔術を施していますから、それを頼りに魔術で自分の手元に移動させるんです。これならできるだけ物がある場所に近づけば、移動魔術よりも少ない魔力ですみます」

 大陸の魔術とはなんとも便利なものだと、バルドは感心する。

 シェルはこの島から遠く離れた大陸からやってきた魔道士だ。そして、皇祖グリザドもまた、同じだ。

 人為的に魔道士をつくりだす魔術の実験のために、グリザド、本名はザイード・グリムという男はこの島を利用したという。シェルはザイードの足跡を学術的好奇心で追い駆けてきたらしい。

 シェルのの扱う魔術と自分達の魔術は、彼の話を信ずるしかないと思うほどに違う。

「なぜ、もっと早くにしなかった」

 しかし、それができるなら自分達がシェルの記録帳やローブを持っている内にできたのではいのだろうか。

 今、シェルがここに囚われているのはそもそも自分達から記録帳を取り戻そうとして、返り討ちにあったからだ。

「あの時は砦から逃げるための魔力も必要でしたから。それにリリーさんが持っていたでしょう。魔道士が持っている物を奪おうとすると、互いの魔力が干渉し合って失敗する可能性があったからです。一度だけ魔術なしで取り戻せないかと試みて、上手く行きそうになかったら、魔術で取り戻すしかないと思ったのですが……」

 見通しが甘かったらしいシェルががっくりと肩を落とした。

「……天才魔道士。自称」

 妙に抜けているこの魔道士は、自分ことを天才と言っていたが疑わしくなってくる。

「自称って、ちゃんと周りからも認められてます。酷いですね。グリザドの再来は誇張が過ぎますが、ここ数百年の魔道士の中では飛び抜けて優秀なんですよ」

 他の大陸の魔道士を知らないバルドには、シェルの言っていることが嘘か本当かは分からなかった。

「……取り戻したら、逃げる」

 まだシェルにはグリザドの魔術について教えてもらわねばならないことが多くある。

 ここで逃げられては困る。

「逃げません。私の目的はザイード・グリムの魔術の全容を知ることなのです。……ところで、リリーさんは?」

「捕らえられた」

「そうなのですか。彼女がいなければ、困りましたね」

 思案顔でシェルが腕を組んで首を捻る。

「……魔力回復。リー、連れ出せる?」

 移動の魔術が使えれば、リリーを取り戻せるのではと淡い期待を持ってバルドは問う。

「いや、無理です。他人を連れての移動魔術は自分を運ぶ三倍以上の魔力はいるんですよ。そこまで大がかりな魔術を使うには、下準備も必要ですし、私の魔力が回復しきったとしても困難です」

「リーの剣とローブ、届ける」

 そんなうまい話はないとかとがっかりしながら、せめてリリーが戦える手立てをえることはできないかとバルドは思いつく。

 物を運ぶ方が魔力がいらないというなら、不可能ではないはずだ。

 今度はシェルは即答せずにしばし唸っていた。

「…………できないことは、ないと思いますが。ローブと剣がリリーさんと魔術的繋がりがあれば、第六構文をいじって、うーん、やるとしたらやはりあの杖がないことには」

 どうやらできないことはないらしいが、いずれにせよモルドラ砦置いてきた杖が必要となるらしい。

「戦、ついてくる」

「できれば、終わってからがいいのですが……」

 シェルが及び腰で愛想笑いをする。

「砦、崩す。瓦礫からも発見可能?」

 崩れた砦からでも取り出せるというなら、こちらとしてもシェルが邪魔にならずに助かるのだが。

「さすがに、簡易の杖では難しいと思います。しかし、もったいない。歴史的価値が非常に高そうな砦を」

「……砦は砦」

 戦での利用価値しかわからないバルドに、シェルの言うことは理解出来なかった。

「何を仰りたいのかよくわかりませんが、含蓄ある言葉にも思えますね。しかし、戦争に巻きこまれることになるとは……」

「戦をしたことがない?」

 シェルがまるで戦に出たことがないような口ぶりで、バルドは気になった。

 グリザドはとある国の王に、軍事利用できる魔道士を作るよう命じられたという。だからこの国において、魔道士は戦をするものではあるが大陸に限っては違うらしい。

 しかしなんらかの形で戦に関わることはあるだろうに。

「私の生まれ育った国は、もう六十年ほど戦争がない、ひとまず平和な国ですから。他国から軍事に役立つ魔術をという依頼を受けたことはありますが、私はそちらの方面には興味もなかったのでお断りしてきました。私は魔術の歴史を専攻していまして、それ以外に魔術をやる気もありません」

「戦がない、国」

 五十年もの間続く内乱の中で生まれ育ったバルドには、それがいったいどんな国か想像がつかなかった。

「貴族や王族が政治で揉めてはいても、戦争はないですね。戦争するのにも費用も人材もいる。あまり益にならないから周辺国と牽制しながら、六十年といったところです」

 剣を振るい戦う戦がない代わりに、楽しくない政争だけのというのは考えただけでもうんざりする。

「……退屈」

「退屈でも、戦争なんてない方が私達庶民は幸せですよ。できればあくまで遠巻きにみているだけでいたかったのですが、しかたありませんか……」

 確かに戦に出ない者達は早く終結を望んでいるのは分かる。

 しかし、自分のような戦う以外に己を生きられない人間はどうしたらいいのだろう。戦がなくなれば、他に何があるというのか。

(……俺が死なねば、戦は終わらない)

 戦の後のことは、自分には関係ないことだ。だが、リリーは。

 何度も反芻した疑問がまた頭をもたげる。

 自分とリリーは違う。自分が戦場でしか生きられないとしても、彼女もそうだとは限らない。

「それで、杖を作らせてもらえるのでしょうか」

 シェルが返答を求めてきて、バルドは逡巡する。

 リリーが今求めているのは、戦うことだ。それは間違いないと確信している。だが、このまま自分の元へ帰ってこなければ、彼女の何かが変わるかもしれない。

 変わってしまうかもしれない。

「……三日以内」

 同じになれなくとも、できるだけ近い場所にいて欲しいという利己的な願望を抱いて、バルドは変じををする。

 どんなリリーであろうと自分はいいけれど、違えば違うほどリリーの関心が自分から薄れていくかもしれないと思うと恐かった。

「たった三日しかないんですか。じゃ、ローブも作らせてください。魔力はできるだけ回復させておきたいんです」

 シェルが要求を重ねるのに、バルドは許可を出す。

 誰が口を挟もうが、次の出陣は三日後と心は決まっていた。

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