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棺の皇国  作者: 天海りく
灰色の影
48/115

5-2


***


「生きた魔術媒体、要するに、人間を剣や杖の代わりにすることです」

 シェルが一息で話しきって、リリーを見る。

「あたしは、グリザドの魔術の媒体ってこと……?」

 リリーは愕然とつぶやく。

 シェルの話す魔術と自分が知っている魔術の違いが大きすぎた。

 皇祖はただの人間でしかないのはわかった。そうして、自分が今持っている双剣と同じく、魔術の媒体だということも。

 しかしそれ以外はさっぱりだ。

「そうです。魔術を扱うには、必ず魔道士と媒体の間に紐付けが必要、というのは知っているでしょう」

「知ってるわ。媒体に自分の血を混ぜ込むか、染み込ませなきゃ魔術は使えないもの」

 双剣の刀身には自分の血が混ぜられ、ローブには血を染み込ませてある。

 媒体と魔術を使う者を結ばなければ、けして魔術を使うことはできない。

「……心臓が、魔道士。肉体が媒体?」

 バルドが先に理解したらしく、シェルに問う。

「そうです。ザイード・グリムは自分の心臓を永続的に動かすことで、島にかけた魔術を同時に維持しようとしたのです。しかし、そのためには媒体とは強い繋がりが必要なのです。つまり、自分と血を分けた子供ですね。血を薄めないために、近親婚を繰り返す必要があったというわけです。さらに、最初の媒体は双子が最適だったという記録から、何組か双子以外の自分の子を近親婚させて媒体となる孫を作ったらしいですね」

 我が子を魔術のための道具扱いしていた皇祖にリリーはぞっとする。

 狂った妄執が自分の体を利用して、脈打っているのだ。グリザドの心臓への嫌悪感はますます募っていく。

「ねえ、この心臓を取り出せないの?」

「取り出したら、あなた、死んでしまいますよ。心臓がふたつあるわけでもないんですから。ザイード・グリムの魔術を解けば、その心臓は普通の人間のものに変化する可能性はありますが……」

 シェルの言うことにリリーは目を見張って、前のめりになる。

「普通の心臓にできるの!?」

「え、ええ。あくまで可能性がある、程度なので詳しく施された魔術の構造を見ていかねばなりません」

 それでも、希望はあるのだ。皇祖の妄執が消え去れば、誰の意志も自分に介入しなくなれば、それだけでいい。

「魔術、解く。……魔道士はいなくなる?」

「ええ。島民にかけた魔術の維持のための魔術ですから。この島で魔術を使える者はいなくなります」

 しかし次に告げられたことに、リリーははっとする。

 一度にあれこれ説明されたことと、冷静さを欠いていたせいでそこまで考えが至っていなかった。

 魔術が使えなくなる。つまり戦う力を大きく損なうということだ。

 剣だけで戦うことはもちろん可能だ。しかし、今までと戦い方がまるで違ってくるだろう。

「魔術がなくなったら、この戦ってどうなるの? 皇家が、皇主の必要ってあるの?」

 なによりも、魔術がなくなってしまえば皇家の存在意義すら怪しくなるのではないか。

 政は長年、宰相が主導してきた。それでも皇主が玉座にいるのは、この島に魔術をもたらしたグリザドの末裔だからこそだ。

「そうですね。そもそもザイード・グリムが王となったのも、権威欲ではなく魔術の維持のためです。この島には何重にも魔術がかけられているのです。ひとつは魔力の少ない島民の魔力を増幅させる魔術。ふたつめがその魔力を使うための鋳型を作る魔術。これの媒体が神器の『剣』と『杖』となります。できれば、その『剣』も拝見させていただきたいものです」

 シェルがバルドが膝に上に置いてある神器に興味津々の目を向ける。

「後。魔術の話」

 バルドが眉を顰めて神器を自分の後ろに隠し、続きを催促する。

「はい……さらにその鋳型を定着させ血縁によって繋げる魔術。この魔術の維持には国家を築き、貴族という選民意識を植え付けるのが最も効率がいいわけです。ザイード・グリム亡き後も、人は血統の重要性を重視したわけです。魔力の増幅のための魔術も、島民の元々の資質によるものが大きかったので、力の強い者ほど選民意識も高くなり貴族階級の定着は容易だったでしょう」

 ひとり得心してうなずいて、シェルが一呼吸してリリーへ視線を向ける。

「他にも細々とした魔術で全ての魔術が結びつけられています。そして、その全ての魔術を維持するための魔術が、生きた魔術媒体というわけです」

「だから、あたしの心臓が普通の心臓になったら、全部の魔術が解けるのね……」

 この国の魔術を支えているものが、この心臓ひとつということはあまりに話が大きすぎて実感がわかない。魔術そのものが失われるということもだ。

 グリザドの心臓と共に千年続いた全てが消え去るのだ。

「どのみち、近いうちにこの島の魔術は解けますよ。魔術の要は純血。必ず血を分けた兄弟でなければ、魔術の媒体になりえませんから」

 あっけらかんとシェルが言って、リリーとバルドは驚きに言葉を失う。

「……じゃあ、なんで皇祖はあたしを皇都におくるように言い残してたの? そもそもあんな場所に隠れ住んでたの」

 もしひとりしか子供が産まれなかった時、皇都へと届けろという言い伝えにのっとり祖父と父は自分を皇都に送った。兄妹の代わりとなる、もうひとりのグリザドの子孫に引き合わすためだ。

 もし兄か弟がいたなら、山深く、魔術によって隠された場所でリリーは次の媒体を産むはずだった。

「血縁同士という禁忌を侵す必要がある以上、その定めに従わせるために隔離しておいた方が都合がよかったからでしょう。ザイード・グリムが自分の正体を隠していたので、心臓を引き継ぐ理由の説明もできませんし、島民が興味を示して心臓の引き継ぎの障害になるかもしれませんからね。表向きは皇家を作って隠れ蓑にして、最も重要な純血は隠したのでしょう。それと、この島自体、大地の魔力が薄いので魔力を集めておく必要があったのもありますか」

「大地の魔力が薄いってなに?」

 また知らない言葉にリリーは首を傾げる。

「ああ。それを知りませんか。魔力は消費するものですよね。どうやって回復してると思っていました?」

「どうやってて、勝手に元に戻るものだって思ってたわ。ねえ」

 魔力は空になっても、放っておく内にまた体に満ちてくるものだと、リリーはバルドと確認する。

「大地には魔力が満ちています。それを息をするように人は吸い込み、体に溜め込むのです。この魔力を体に溜め込みやすい人間は、魔力が高くなるのです。人は体の中にそれぞれ大きさの違う魔力を溜め込む容れ物があると考えていただければよいかと。この島の島民が持つ魔力の容れ物は元々はとても小さかったということです。それに、大地から供給される魔力も少ない。ザイード・グリムは島民の容れ物を大きくして、さらに少ない魔力を体に取り込んで増幅させる魔術を施したということです。もっとも、それには限度があるので、あなたがたが使える魔術が限られているのもそのためでもあります。私のローブにも似たような魔術を施しているんですよ。だから、あれを返していただかないと魔力が全く回復しなくて困ってるんですが」

 シェルが懇願する顔をして、暗にローブを返して欲しいと訴えかけてくる。

「それは後で考えるわ。結局、皇祖はなんであたしをバルドに会わせようとしたのよ」

「さあ。私にもまだ解明できていません。薄まった血同士では、魔術は繋げないと分かっていたはずです。それでも、分けたふたつの末裔をひとつにしたい何かがあったのかもしれませんが……以前、あなたを少し調べさせていただいたのですが、お爺様と比べてかけられている魔術が変容していました」

「あれ、あたしの魔術調べてたの? 何が違うの?」

 最初にシェルと接触があったのは、『剣』の社での戦の後に眠っていた時だ。額に手を触れられて、目覚めると灰色のローブを纏ったシェルと遭遇したのだ。

「短い間のことでしたので、詳細はまだ解析できていませんが、心臓の受け継ぎの魔術の構文が見当たらなかったんです。ですが、かの天才のやることですから自分の血のふたつの末裔を出会わせることには、何らかの意図があるはずです。……まだ、おふたりに子供はいませんよね。失礼な質問ですが、もう何年ほど性交渉を……」

 あまりにも直接的な物言いにリリーは赤面して返答に詰まる。

「ない」

 バルドが代わりに答えて、シェルがきょとんとする。

「え。ああ。すいません、てっきりとっくにと思っていましたが、そうですか。申し訳ない。そこから何か推測はできませんか。やはり、きちんと彼女にかけられている魔術を検証しなければ詳しいことは分かりませんね。ということで、拘束を解いていただけないでしょうか」

 シェルが愛想よく笑いかけてくるのに、リリーはバルドと一旦牢の隅まで移動する。

「ねえ、全部、信じていいと思う?」

 全てが嘘だとは思わない。しかしシェルの全てを信じるきる材料がない。

「……神聖文字、解する。使う魔術、違う」

「それぐらいしかないわよね……ねえ、だいたいなんの目的で大陸から、皇祖の足跡追い駆けてきたの?」

 リリーは根本的な疑問に行き着いていて、シェルを振り返る。

「単純に学術的興味からです。自分で言うのも恥ずかしいのですが、私はザイード・グリム以来の天才と呼ばれてまして、ええ。しかし彼の残した数々の魔術を見れば、自分が到底彼に及ぶ魔道士ではない。比べられるうちに、気になって彼が生涯最大の魔術を用い、人生の終わりを迎えたこの島にはるばるやってきたのです」

「興味本位の物見遊山ってことね」

 観光しにきたというのは、あながち嘘ではないらしいとリリーは呆れる。

「……移動の魔術、使わなかった」

「ああ、そういえば、今まで移動の魔術を使ってたのに、今度に限ってなんで使わなかったの?」

 バルドの問いにリリーもうなずくと、シェルが気恥ずかしそうに顔を逸らす。

「うっかり魔力を使いすぎて移動の魔術が使えなくしまったんです。探求心に気を取られてこんな初歩的な失敗をしまって……。移動の魔術はとても魔力が必要なんですよね。だから八百年ほど前にこの島の観測が打ち切りになったんです」

「交易、魔術……?」

 かつて大陸と島とには交易があった。しかし八百年前から島と大陸との交流は断絶されている。

「そうです。ザイード・グリムはとある国王に仕えていたと説明しましたが、その国王が息子に魔術実験を行っていることを知られて、『学院』にも伝わりました。しかし時すでに遅し。ザイード・グリムはすでにほとんどの魔術実験を終えていたのです。結局、『学院』は起こってしまったことは仕方ないと、ザイード・グリムをこの島に追放し彼を含めてこの島を観測することにしたのです。『学院』は彼に罪を押しつけて、歴史上類を見ない大がかりな魔術を見てみたかったのもあるでしょう。その関係で、島民に何か勘づかれてはと、大陸に魔道士はいないということになっていたんです」

 そしてそのあと、『学院』は船を魔術で近くまで運んで交易を装い島の様子を観測していた。だが島まで船を動かせるほどの魔力を持つ魔道士の減少や費用の面、そして倫理におおいに反する魔術の実験場に、これ以上関わるのはよくないという当時の風潮で観測は打ち切られたのだとシェルは語った。

「私としてもあなたたちに非常にまだ興味は尽きませんし、できればザイード・グリムの魔術の全容を解き明かしたい。ということで、逃げも隠れもしないので拘束を解いてローブと杖も返していただけませんか?」

 シェルが再度懇願してバルドが動いた。

「拘束、解く。部屋はここ。杖とローブは後」

「あ、ありがとうございます。腕が楽になっただけでもやはり違いますね……」

 シェルがほっとした顔で強張った腕を動かしてほぐす。まったくもって呑気な囚人だ。

「では、さっそくあなたにかけられている魔術を見ましょうか。それとも、神器からの方が」

 まるで餌を前でよだれを垂れる犬のようなシェルの態度に、リリーは渋う顔をして身を退く。

 知りたくないことはないのだが、こうも明らかに興味本位で探られるの気持ちが悪い。

「……あたしの心臓が、普通の心臓になったら、魔術はなくなってしまうのよね。そうじゃなくても、あたしが死んだら終わり」

 リリーは自分の左胸に手を置いて考える。

 どのみち自分は戦場で生きて死ぬつもりだ。魔術がなく剣だけでも戦えるものなら、戦う。

 ただ魔術がなくなって戦がどうなってしまうのか予想がつかなかった。

「ええ。そういう魔術ですから。あの……?」

 戸惑うシェルにリリーは首を横に振る。

「あたしにかけられてる魔術がどいうものかは知りたいし、知るつもりだわ。この心臓だって、自分だけのものにしたい。でも、ちょっと待って。頭の中がぐちゃぐちゃで、なんだかよく分からないから、また後にして欲しいの」

 あまりにも多くのことを一度に知りすぎて、すでに頭の中はいっぱいいっぱいだった。これ以上何か言われても、自分の現実をただ聞き流すだけになってしまう。

「分かりました。また、気持ちが落ち着いたらでかまいません。お待ちしています」

 シェルが素直に引き下がって、リリーはバルドと共に牢を出る。

「リー……」

 心配そうに名前を呼ばれて、リリーはバルドの手を握る。

「先に報告すませて、やること全部終わらせてからで大丈夫よ。ふたりきりでゆっくり考えたいの」

 正直、軍務どころではないが他の兵達もシェルについてせっついてきて、落ち着かせてくれないだろう。

(全部、崩れていくのね)

 真実を明かされる度に自分の信じてきたものが、脆く崩れ去っていく。

 変わらないのはバルドと一緒にいることだけ。

 持っている気持ちも一緒に理由も、状況もなにもかもが変化していても自分はバルドの側にいる。

 リリーはこれだけはいつまでも変わらないんだろうかと、バルドと握り合う手の力を強めた。

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