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棺の皇国  作者: 天海りく
灰色の影
45/115

4-3

***


 ハイゼンベルク方の攻撃は城門に集中していた。上への攻撃は最低限で『杖』の防衛が主だった。

 馬から降りたバルドはじりじり後退していく味方を横目に、城の入口へとヴィオラを含む手勢の半数を引き連れて迫っていく。

「突入」

 仮の城門であった木柵は燃え尽き、灰すら飛び散ってがら空きになった場所に白の魔道士達が人で壁を築いている。

 バルドは自ら先陣を切って敵の中に飛び込む。

 いかなる魔術攻撃も、彼の血の染み込んだ漆黒のローブには無意味だ。

 真っ向から悠然と近寄ってくる姿に、白の魔道士達は本能的に後退る。

 バルドは神器を一閃して、雷の飛沫を撒き散らす。

 咄嗟に後衛にいるらしき『杖』が岩の防壁を築くものの、雷撃の飛沫は壁を粉砕しさらのその向こうの魔道士達をも強かに打ち付ける。

「皇主様、わたくしが前に……」

 背後に控えるヴィオラが告げて、バルドは静かに一歩下がる。

 さして手応えもなく、闘争心よりも恐怖心が勝っている敵はいくら譲っても惜しくなかった。

 深紅の炎がはためく深紅の布のように広がり、敵兵を包み込む。視覚的には大きな威力を持っているかに見えても、実際はそれほどでもない。いくらかの魔道士達はローブで防ぎ切れている。

 バルドは難しくとも、ヴィオラならば手傷を負わすことができるかもしれないと敵が俄に勢いづく。

 ここまでは策通り。

 後は小競り合いをして、敵勢の猛攻に怯んだ体を装って後退すればいい、

「お前達、下がっていろ」

 敵の後ろの方で声がして、雷撃が飛んでくる。

 それはヴィオラの火球をあまねく撃ち落とし、尚勢いを殺さずヴィオラすらも撃とうとする。

 白の魔道士達が道を空けて姿を見せたのは、ゲオルギー将軍だった。

「……敵将がきましたわね」

 ローブに魔力を供給し攻撃を防いだヴィオラがどうするかと、視線でバルドの判断を仰ぐ。

 敵将が出てきたので退くか、それとももう少し戦うか。

(戦いたい)

 バルド個人のとしては戦う以外になかった。

 強敵が闘争心を漲らせて眼前にいるのだ。戦わないなど、あり得ない。

「……炎将、他任せる。敵将、俺が相手」

 いずれにせよ自分が将を前にして尻尾を巻いて逃げるなど、不自然だろう。

 バルドは戦う言い訳を考えながら、ゲオルギー将軍以外はヴィオラに任せて踏み込む。

 振り下ろした剣は避けられる。

 相手の剣も自分と同じく大きい。神器が両刃、ゲオルギー将軍の得物が片刃というだけで魔術なしでも十分に受け止められたはずだ。

 先日剣を合わせたのはほんのわずかしかなく、互いの手の内はまだ知らないので様子見のつもりかもしれない。

 次はゲオルギー将軍が先に出た。

 細い雷光を巻き付かせ、雷の糸巻きのようになった太刀が真横から襲いかかってくる。

 バルドはそれを神器のみで受け止める。

 太刀の雷光が一斉に解けて襲いかかってくる。

 バルドはすぐさま雷撃で撥ねのけて、相手の間合いから出る。

 魔力も、剣技もやはり抜きん出て強い。

 否が応でも血が滾って闘争にのめり込みそうになる。

 このまま戦って勝利した後に、砦を攻め落とす余力は残らないだろう。ディックハウト側はさらに頑なにたてこもり、増援がくるまで護りに入る。

 わずかな理性が退くべきだと警鐘を鳴らして、バルドは歯噛みする。

「皇主様! 予想より敵の勢いが激しく、攻めきれません。一旦退くべきでは!」

 必死にバルドが闘争の欲求を抑え込んでいたところへ、ヴィオラが撤退を申し出る。

 少し早いのは、やはりこのまま自分が敵将との戦闘に夢中になってしまうと危惧したのかもしれない。

「……全軍、撤退」

 バルドは言いながら雷の塊を白の魔道士らの足止めをしてから後退する。

 ディックハウト側の追撃もなく一団は岐路の半ばで足を緩める。多少の負傷者はいるものの、死者重傷者はなく陽動作戦としてはいい結果だ。

「後は向こうの出方ですわねえ」

 ヴィオラがつぶやいて背後にそびえるゼランシア砦を見やる。

 皇国最古と言われる砦からは戦闘の名残の煙がたなびいている。しかし岩山と一体化した砦はどっしりとしていて揺るぎない。

「出なければ、攻め落とす」

 陽動にかからねば、一旦総攻撃をかける手はずになっている。モルドラ砦から一番近い半日ほどの距離にある城にも、すでに二千の増援が待機していた。

 どちらにせよ、もうすぐ敵の雷将と思う存分戦える時が巡ってくる。

 肌が粟立つほどの高揚を、バルドは一呼吸でおさめてリリーが待つモルドラ砦へと向き直った。


***


 貯蔵庫から繋がる隠し通路や隠し部屋、そこに何者が少なくとも数日は潜んでいたということで、隊列訓練は急遽とりやめとなった。そしてマリウスを筆頭にモルドラ砦に待機している上位官が軍議をしている大部屋に集まった。

(隠し通路の場所ってみんな知らないのかしら……)

 リリーは対応策を話し合っている者達の顔を眺めながら、ひとり無言で様子を見ていた。

 この場にクラウスはおらず、貴族でもなければ皇主に忠実な臣下というわけでもないリリーは他の上位官の中で浮いていた。

 この場にいるのも将軍補佐という立場上、いないといけないというぐらいでリリー自身の考えや意見が欲しいわけでもない。バルドが帰ってくるまでは、じっと座っているのが仕事だ。

「アクス補佐官、入口を見つけたのはフォーベック統率官で間違いないか」

 マリウスから不意に質問を投げられて、リリーはうなずく。

「砦や城に隠し扉はつきものだった言ってました……扉の仕掛けもフォーベックの屋敷にあるのと同じだって」

 貴族の屋敷の事情など、リリーには知らない。

 だが、貴族である他の上位官達は珍しい仕掛けでもなく自分の領地の城や屋敷に似た隠し扉があると言う者も多く、たまたま見つけたということではということで落ち着きそうだった。

「アクス補佐官は、灰色の魔道士については何も聞かされていなかったか」

 マリウスが顎に手を当てて考え込むのに、リリーはうなずいて手元の書類に置いた腕をに白を切る。

(早くバルド帰って来て)

 自分のローブの中に隠した灰色の魔道士の荷物の中にあった紙束は、今、他の書類の束の間に置いてある。

 ローブの中といっても内ポケットに無理につっこんでいるだけで、明るい所だと不自然にローブが膨らんでいるのが丸わかりになる。どこかに置きっぱなしにしていて灰色の魔道士が持っていってしまっては、元も子もないので常時携帯しているために後でバルドに渡す他の書類で隠すしかなかった。

 灰色の魔道士や隠し通路のことに気が向いているので気付かれていないが、リリーは冷や冷やとしながらバルドの帰りを待つ。

 やがて話題が堂々巡りになった頃になってやっとバルドの帰還が告げられる。

 ゼランシア砦への陽動作戦は特に大きな問題もなくすんだとのことで、さっそく話題は隠れ潜んでいた侵入者についてとなった。

「おかえり」

 リリーはバルドが自分の近くに腰を下ろしたのを見やって小声で言って、隠してある紙束をちらりと見せる。

 それでだいたいのことは察したバルドは、侵入していた灰色の魔道士を砦の外で探索することと、砦内の見廻りを増やすことを即時決めた。

 そうして隠し通路に関してはバルドが全て把握していることを告げ、それを全員に教えるかどうかは保留となった。

「やっと終わった……」

 緊急の軍議も終わり、バルドの執務室でリリーは長椅子に深く座り込んで緊張を解く。

「理解不能」

 隣に腰を下ろしたバルドはリリーから渡された紙束を見ながら、眉根を寄せる。

 自分もひととおり書かれているものは確認してみたが、神聖文字に胸がざわつくものがあったぐらいで他はさっぱりだ。

「大事なものだと思うから取り返しにくるでしょ。どうせ、バルドとあたし今日はもうずっと一緒にいるんだから、ふたりで見張るわよ」

 今日中に取り返しに来るとは限らないとはいえ、灰色の魔道士を捕らえるならもうこれに賭けるしかなさそうだ。

「早急に捕縛。神器、外せればよし」

「そうね。あたしの心臓のこと、向こうは気づいてそうだった? あたしが出て行かないことには、そんなことわからないか」

 いまだに神器に関しての情報をどうするか皇都の方から連絡はなく、ディックハウト側に情報が渡ったかどうすら把握できていない。

「敵、特にリーを探す気配なし。敵雷将、強かった」

 バルドの言葉は低く落ち着いているようで、興奮が隠し切れていなかった。

 これだけバルドがはっきりと強いと言うのも珍しいことで、本当にディックハウトの雷将は強かったらしい。

「向こうの将軍も出てきたのね。いいわね。あたしも出たかったわ。シュトルム統率官は、いた?」

 フリーダがどうしていたか気になって、リリーは訊ねる。

「上からの攻撃におそらく」

「じゃあ、あたしは出てもつまらなかったかもしれないわ。……向こうが攻め込んでくるなら、灰色の魔道士はその前に捕まえておきたいわね。隠し通路ってあとどこにあるの?」

 うっかりディックハウト側に捕まえられても困るので、早々に捕まえるにこしたことはない。

「貯蔵庫を覗き五箇所。道は三本。隠し部屋はみっつ。隠し扉一箇所は俺の寝室」

 リリーはバルドから聞かされた言葉にきょとんとする。ここ数日ずっといるのにそれらしきものにまったく覚えがなかった。

「どこ?」

「タペストリーの裏。地下通路への階段、ある」

 そういえばバルドの部屋に草木の模様を縫い取った大仰な壁飾りがあったが、皇主の部屋だから普通のことだろうと気にしなかった。

「そこから入ってくるかしら。でも、好きに移動できるんだから扉は使わないかもしれないわね」

「いずれにせよ、取り戻しにくるならよし」

「そうね。あたしとバルドでなら、戦力は十分だけど、向こうに移動の魔術を使わせないようにしないと」

 戦って勝てるかよりも、逃げさせない方が問題だ。

 リリーとバルドはそれからふたりで作戦を練りながら床についたが、その日枕の下に隠した紙束を灰色の魔道士が取り戻しにくることはなかった。

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