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棺の皇国  作者: 天海りく
背信者が踊る夜
16/115

 リリー達はアッド子爵邸から離れ帰路についていた。行きと違って帰りは薄曇りで陽射しが弱く、快適といえば快適だった。

「雨はいらないから、このまま皇都まで曇りでいいわ」

 皇都まであと一日。途中の林道で休息を取ることになり、馬に水や草を与えて木陰で魔道士達は体を休める。

 他の魔道士達と離れて木陰で座るリリーは、鬱蒼と茂る木々の合間から覗く灰色の空を見上げる。

 その時、どこかへ行っていたバルドが手に白い小花を持って戻って来た。

「散っていたから、代わり」

 そしてリリーの高く結った髪の結び目に花を差す。行きにはあった、木に咲く花は散っていたのでその代わりらしかった。

 リリーはバルドが律儀に約束を守ってくれたことが嬉しくて頬を緩める。

 惜しむべくは手鏡がなくて自分の姿が見えないところだが、後でこっそり確認すればいい。

「ありがとう。……誰も見てないし、いいわよね」

 木の陰になって自分達の姿は誰にも見えないはずだとリリーは確認する。

「見ていない。もう少し、近寄ってもいいか」

 クラウスから言われた距離感が気になるらしく、ここ数日のバルドは妙にぎこちない。

「もうちょっとこっちこないと、周りから見えちゃうでしょ」

 バルドの袖口を引くと、彼は安心した様子で肩が触れ合いそうなほどに近くに腰を下ろした。

 微かな緊張感と大きな安心感が混じる距離が一番居心地がいい。

「似合う?」

 顔を傾けて問うてみると、バルドはじっと頭の花とリリーの顔を交互に見る。

「……似合う」

「嘘。よくわかんないでしょ。あんたってそういうの疎いもの」

 バルドが花を贈ってくれるのは、自分が時々そうして花を飾っているからだというのは知っている。

 ほんのちょっとだけ期待してみたものの、バルドには難しいことだったらしい。

「リーがいつもより表情がよい。花はいい」

 嬉しい気持ちは隠していないので、そのことだろう。

 自分の喜ぶ顔を好いてくれているのだと思うと、幸せな気分に胸がぽかぽかとする。

「花がいいんじゃなくてね、バルドがあたしのためにくれるからいいのよ。……何言ってるんだろ、あたし」

 声に出してみると思いの外恥ずかしくなって、リリーは膝を抱えてそこに顔を埋める。きっと耳まで赤くなってしまっているのに違いない。

 バルドが無言で肩を寄せてきてそろりと顔を上げる。

「……静かね」

 人々の話し声はどこまでも遠く、ふたりだけの空間。

(まだ、帰りたくないな……)

 リリーは皇都の慌ただしさを思ってもうしばらくここで過ごしたくなる。

 自分の出自についてまたラインハルトも動き出すだろう。胸がざわついてしかたないが、もう決めたことだ。

 一度口にしたことは翻さない。

(もうちょっとだけ)

 ただ、今だけは穏やかな時間に浸っていない。

 リリーは目を伏せて、バルドと言葉もなく寄り添い合う。

「リリー、バルド」

 しかし、その願いも虚しくクラウスが深刻な様子で間に入ってきた。

「どうしたの?」

「兄上が死んだ。事情はよく分からないけど、直ぐ戻れって連絡がきたから俺は今から急ぎで戻る」

 さすがにクラウスも困惑しているらしく表情が強張っている。

「死んだって、どっか具合が悪かったってわけでもないでしょ」

「健康そのものだよ。本当に、訳分からないな。俺を殺そうとした兄上が先に死んでるなんて……一安心といえば、一安心だけどな。そういうことだから行ってくる」

 クラウスが急いで立ち去るのを見送って、リリーはバルドを見上げる。

「何があったんだろ……」

 クラウスの身の安全はこれで保証されたとはいえ、宰相家の次期当主が急死となると大騒動だろう。

「あれ、これって、クラウスが次期宰相ってこと?」

「おそらく」

 バルドが肯定してリリーは皇都の方角を見やる。

「なんか、帰ったら大変そうね」

 ますます皇都への帰還が気重になるばかりの事態に、リリーは同じく憂鬱そうなバルドと顔を見合わせて再び肩を寄せ合った。


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