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棺の皇国  作者: 天海りく
夜明け告ぐ雷鳴
113/115

5-4

***


 空を覆っていた雲が晴れる頃、先行したのはまだ数が揃いきっていない革命軍だった。

 西側と南側から『杖』で強固な透明の防御壁を築きながら、緩やかに砦に向かって進軍していた。

 対する皇家軍はまだ動かない。

 最上階の物見台の上に立つバルドはじっと進軍を見渡し、南からと西からの二手に別れてやってくる二部隊の距離が最も近づく瞬間を待つ。

 うっすらと残る灰色の雲の下、緩やかな風にゆらゆらとローブを揺らしていたバルドは厳かに剣を掲げる。

 黒銀の刃は光を反射して敵にその存在を知らせる。

 しかしまだ革命軍にバルドがいることはまだ視認できない。砦の上で時々光るものが何かの合図かと注視する。

 そうしてバルドはふたつの部隊の間に雷の拳を振り落とす。距離があるため威力は削がれたものの、地が揺れ動くだけの衝撃はあった。

 攻撃に革命軍の動きが一瞬乱れる。

 バルドはすぐさま下へと駆け下りる。

 待機していた皇家軍も動き出す。革命軍が追撃に多少の動揺を見せながらも体勢を立て直して行軍し、両軍がぶつかる。

 砦の門前に用意されてた馬に飛び乗ったバルドは西と南への攻撃を加えながら、単騎で東側へと駆ける。

 東側には皇家軍の横腹を突くために攻撃に特化した部隊が控えている。

 様子を窺っていた東側の革命軍は、バルドがひとり向かってくることに虚を衝かれながらも将の首を取る好機と進軍を始める。

 バルドは勢いを落とすことなく軽い攻撃を仕掛けながら、敵の動きを左手側に見える木立の方へと誘導する。

 そして馬を降りて、糸のような雷撃を繰り出して敵勢を絡め取って動きを鈍らせる。

 革命軍側へ木立の方から火の雨が降り注ぐ。皇家軍の伏兵だ。

(数は少ない)

 ざっと見渡してすでに戦意喪失しているらしい者もいる。数はあれど使い物になる人数は三分の二程度しかいないかもしれない。

 そう思っていると、敵陣の奥から見知った顔が前へと出てくる。

「命が惜しい者は下がれ! 下がれ!!」

 部下達に檄を飛ばしながら前に出てきたのは、ハイゼンベルクの風将ユリアン・フォン・ビュッサーだった。

「皇主様、お相手願いたい!」

 そして一騎打ちを申し入れてきた。

「……是」

 バルドに断る理由はなかった。

 何度か風将とは打ち合ったことはあっても、実戦は初めてのことだ。これが最初で最後の機会となるはずだ。

 他は伏兵に任せてバルドはユリアンとの勝負に専念する。

 望んでいた戦いができることに、喜びを感じる。

 バルドは昂ぶった感情のままユリアンへと襲いかかる。

 中降りの片刃の剣が水よりも柔らかく、風のように鋭く応戦してくる。この柔軟な動きがバルドは苦手だった。

 剣と同じく大振りな動きの隙間に入り込んでくる切っ先を、バルドは躱していきながら演習とはまるで違う張り詰めた緊張感に戦意を高める。

 お互い魔術を繰り出さなかった中、バルドが正面から攻撃を受け止め力任せに弾こうとするとユリアンが一気に風の塊を放った。

 塊はすぐに破裂して細かな刃となりバルドのローブを何カ所か引き裂いた。続いてさらに下から切り上げてくる。

 バルドは避けるときにずれた軸足を戻して、剣を受け止める。

 この男はこれほど強かったのか。

 何度も剣を合わせた相手だというのに知らなかった。

 驚き喜びを噛みしめてバルドは何度もユリアンと剣を打ち合わせる。双方、退かずに攻め続けた。

 勝負は毛先ほどの刃の噛み合わせのずれで決まる。

 バルドの大剣の重さをまともに受けてユリアンの剣が折れる。折れる間際に彼は魔術を放って追撃を避け、首から右肩に浅い傷を負っただけに踏みとどまった。

 バルドの胸は勝利の喜びに震える。

「皇主様、最期にお相手していただきありがとうございます」

 目の前の戦意を失い死を覚悟したユリアンがじっと首を撥ねられるのを待ち受ける。

「終わり」

 バルドは剣先をユリアンへ向けることはしなかった。戦意の欠片もなく死を受け入れた男に、興味が失せた。

 ユリアンが無言で背を向けかけているバルドを見据え、深く一礼する。

 その頃、伏兵に攻撃受けていた他の魔道士も押されバルドが再び剣を向けると幾人か後退し始めた。

 こうして東側の皇家軍は一時撤退を余儀なくされる。残る西と南の軍勢も革命軍の猛攻に手こずっていて、バルドが加わると撤退していった。

「……被害」

 完全勝利というわけではない。見渡す平野に黒のローブを纏っている者が横たわっているのが見える。

「それなりにやられましたねー」

 返り血と己の血で汚れきったラルスが指揮官ふたりの戦死と、他多数死傷者が出ていることを告げる。

 一足先に終わりを迎えた同胞らを生き残った者達は静かに砦へと運び込んでいく。ここまで共に戦ってきた仲間を失ったことに悲しみはあれど、寂しさは薄かった。

 そう遠くないうちに同じように終わりを迎えることを知っているからだ。

 それぞれが様々な思いを抱えながら、悲しみを共有する中でやはりバルドはひとりきりだった。

 これまで見てきた戦の後となにひとつ変わらない光景。

(風将、強かった)

 勝利の高揚感を反芻して、終わりまで後何度強敵と戦えるのか楽しみですらあった。

 だが思うように戦は進まなかった。両軍にとってだ。

 未明頃、再び天候が乱れて雷が鳴り風が吹き荒れ雹が降り注いだ。

 空を覆う黒雲の中を這う青紫の雷光に革命軍はすわ奇襲かと取り乱し、やがて氷の粒が打ち付けられ時々大きな塊が天幕すら突き破った。

 暗がりの中で状況がはっきりと把握できず、混乱は深まるばかりで皇祖の怒りによりこのまま夜明けがこないのではと絶望感すら漂った。

 これ以上皇主に剣を向けるのは無理だと言う者まで現れる始末だった。

 嵐は革命軍のわずか一刻で戦意すら掻き乱して、通り過ぎて行った。

 皇家軍も夜明け前に砦を打ち叩かれる音に、やはり奇襲かとざわついた。敵勢の姿が全く見えないことで落ち着きはしたものの、氷の礫で砦がどれだけ被害を受けるか気が気でなかった。

 そして統率と戦意を高めるために革命軍が国家元首と数人の閣僚を予定より早く戦地へ呼び立てることとなった。


***


「明日……?」

 窓を拭いていたリリーはクラウスに明日には出立すると本人に知らされて、あまりにも早過ぎることに困惑する。

「ちょっと、天候不良で予想以上に動揺が出てるみたいだからな。リリー、雹見たことあったっけ? 空から氷が降ってくるやつ」

「ないと思うわ。雪じゃなくて氷?」

 少しずれたことをクラウスから訊かれたリリーは、さらに頭の中がわけがわからなくなってくる。

「そう。雷が鳴って大風が吹いて、氷が落ちてきたから皇祖の天罰とか言い出す奴もいてな」

「皇祖様もバルドも神様じゃないわ」

 リリーはおかしなことを考えるものだと、思考が麻痺している頭でそう答える。

「そうだな。神様じゃない。ただの偶然だ。ま、そういうことだから何日か留守にする。リリーは普段通りに過ごしてればいい。……待っててくれるか?」

 クラウスが苦笑しながら、何かを懇願する目で見てくるのにリリーは、何を待つのだろうと思う。

 クラウスが帰って来るのを。

 戦が終わるのを。

 バルドが――。

「……嫌。待つのは嫌。あたしも一緒に行く」

 気がつけばリリーは首を横に振って、そんなことを口にしていた。

「それは駄目だ。リリー、剣は持てない。戦えないのに、戦場に行ってじっとしていられるのか。戦をみてるだけなんて、一番嫌いだろ」

「でも、バルドが戦ってるわ」

 クラウスが言い含めるのに、声を強めてリリーは彼を見据えて言う。

「見届けないと、納得いかないか」

 胸に渦巻いている感情のひとつを、ふいにクラウスが言葉に表してリリーはうなずく。

「だって、あれであんなので最期なんて納得できるわけがないじゃない。最後まで一緒にいるって約束したのに。そんなの、納得なんてできない」

 バルドの想いを呑み込んでここで自分の道を探して、歩き始めたけれど心の中のどこかでは呑み込みきれないものがあった。

「見届けたら、それでリリーはいいのか。リリーがどうしても、ここで新しい生き方をするのに必要なことなら連れて行ってもいい。でも、俺の気持ちとしてはすごく嫌だ。これ以上、あいつのことリリーの中に残したくない。バルドが負ける瞬間なんて一生忘れられないだろ」

 クラウスが困っているというより悲しげに見てきて、リリーは視線を落とす。

「あと一個ぐらい、いいじゃない」

「その一個は重いな……」

 お互い下がることも進むこともできずに、無言で向き合う。しばらくして長い、長いため息をクラウスがついた。

「分かったよ。ただし、条件がいくつかある。ひとつは、常に俺の横にいること。もうひとつはこの街にいる誰かに、手紙を書いて遠出することを報せて帰って来たら一緒にしたいことを書くこと。誰かって言っても、カルラとヴィオラさんぐらいか」

 ひとつめはとにかくとして、ふたつめは不思議な条件だった。

「手紙……?」

「そう。明日の朝までに書いて送る。ああ、ローブはないとな。そこまで前には出ないけど、念のためだ」

 難しい条件ではないと、リリーは承諾する。

 そしてその夜、手紙を二通書いた。

 カルラに裁縫を教えてもらうことと、ヴィオラに剣の相手をしてもらうことをお願いした。


***


 再びクラウス達が仰々しい出立式をしている間、リリーはクラウスが乗る予定の馬車の中でひとりでローブを仕上げていた。出掛けにもらった白いローブに針で刺した指に浮いた血をつけていく。

 懐かしい作業だが、黒のローブと違って白のローブは血の色が鮮明で新鮮な感覚だった。

(バルド、あたしに気づくかな)

 遠く離れた場所に白いローブで武器も持たずに立っている自分の姿は、革命軍の『玉』の魔道士にしか見えないだろ。だけれど、クラウスの横にいたら気づくかもしれない。

 見つけて欲しいと言うより、顔が見たかった。表情は見えないほどの距離だろうが、それもその視線がもう一度自分に向いて欲しい。

 今、バルドが望む道を歩こうとしている自分を見せれば、もっときちんと踏ん切りがつく気がする。

「待たせた」

 クラウスが馬車に乗り込んできて、リリーは退屈していないから平気だと告げる。

 馬車が動き始める。

 リリーは出来上がったばかりのローブを羽織、目深に被って顔を隠す。馬車の窓は開けておくので、クラウス付きの魔道士のひとりと見せかけるためだ。

 見送る人混みが沿道を埋めつくす街を降りていく中、リリーはふっと懸命に人混みをかき分け前に出てくる息をからしたカルラを見つける。

 彼女が自分に気づいて手を振って、リリーも小さく振り返す。

 手紙が届いてすぐに来てくれたのだろう。帰ったらたくさん、たくさん彼女と話をしたいと思った。

 そして馬車は街を抜けると、速度を上げて北へと向かっていった。

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