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棺の皇国  作者: 天海りく
夜明け告ぐ雷鳴
111/115

5ー2

 

***


 戦の準備は整っていたので、出陣までの仕度はそう手間取ることはなかった。

 クラウスは黙々と準備を進める中で気がかりなのは、やはりリリーのことだった。

 報告があって半日もすれば落ち着き、出陣当日である今日になると平静に見えた。しかし、表情には陰りが見えた。バルドに置き去りにされ、首都へ来たばかりの頃に戻ってしまったようだ。

 クラウスは屋敷の私室で肩肘の張る正装を整えて、リリーを迎えに行く。

 北への行軍は大々的にやるのだ。今から出立式を見届けるために議事堂前の広場へと向かう。そして、リリーが同行するのは彼女の希望だった。

「リリー、仕度できたか?」

 扉を叩くと、できていると返事があってリリーが出てくる。落ち着いた薄紫色のドレスにきちんと髪も結い上げている彼女の表情はやや硬い。

「あたし、横で座ってるだけでいいのよね」

「それでいい。……シェルは?」

 クラウスは振り返って向かいの部屋のシェルの様子を訊ねる。

「夕べも遅くまでやってくれたみたいだから、寝てるんじゃないかしら? 神器のことで結論出たら話すとは言ってたんだけど……」

 魔術を解く方法までは無理でも、神器の破損があった時に島にかけられた魔術がどうなるのかだけでも知りたいとクラウスはシェルに質問していた。

 それについてはまだ結論はでていないが、もう少しで意見をのべられそうだということで待っていたのだがまだ時間がかかりそうだった。

「まあ、すぐにってわけでもないし、こっちもあんまり時間もないから帰ってからだな」

 神器もまた複雑に織られた魔術のタペストリーの糸の一本というのなら、多少は影響があってくれればいいが。

 最終的に神器の破壊も戦の終わりの時にするのだから、何も分からないなら実際にやってみるしかないだろう。

 そうしてクラウスとリリーはこれといって会話をすることもなく議事堂前広場へと向かった。

 円形の広場を見下ろす望楼の役目も兼ねた分厚い石壁の上に設けられた席にふたりは座る。少し離れた所にヴィオラとマリウスの姉弟もいてリリーが会釈だけ交わす。

「ここって思ってたより高いのね」

 リリーが下の方へ目をやってぽつりとつぶやく。

「リリー、ここ昇ったことなかったか?」

「あたしは見下ろされて見上げる方だったもの」

 確かに言われてみればまだここが王宮前広場と呼ばれていた頃、出陣や式典でリリーは一軍人として下の広場で控えているばかりだった。公開処刑なども行われてはいたが、高みの見物をするのは貴族だけで、そもそもそんな悪趣味な見世物に彼女が来たことはない。

 今日も下でいいとリリーは言っていたが、あまり目を離したくはなかったので一緒についてきてもらったのだ。

「そういえばそうか、と。始まるな。リリー、俺は挨拶ぐらいはしないといかけないから行ってくる」

 クラウスは官吏に呼ばれて立って望楼の中央に立つ。

(白か。ここで、こういう光景見るとはな)

 魔道士達の纏うローブは白一色。ほんの半年近く前のバルドの即位式は黒一色だったことが、もう始めからなかったことにすら思える。

「……これが、最後の戦になる。勝てば、終わりじゃない。やっと本当の意味でエンデル共和国が始まる。私は国家元首となっているが、王ではない。ひとりの主君に忠誠を誓う時代はとっくに終わった。自分のために、自分の選ぶ大事な誰かの未来のために全力を尽くして戦ってくれ。そして、全員で始めよう。新しい自由の国を!」

 用意された原稿のまま、クラウスはもっともらしく演説を打つ。

 年若い指導者の明日への希望に満ちた言葉に広場から熱気に満ちた歓声が上がる。

 その高まった熱情を抱えて兵達は最後の戦に赴いていく。

 それを見守る民衆からも応援の声が上がり、首都は終戦に向けての熱気に包まれ沸き上がる。

「……国家元首様なのよね」

 席に戻ると、リリーがぽかんとした顔で待っていたのでクラウスはどうにもいたたまれない気持ちになってくる。

「あのな、改めて言われると恥ずかしいからやめてくれ。俺はああいうのは、本当にきらいなんだからな」

「でも、以外と様にはなってたわよ」

 リリーがくすりと笑ってくれて、クラウスは面はゆさもありながらやっと見られた少しでも明るい彼女の表情に安堵する。

「あと、五年は格好つけなくちゃならないのかと思うと、いやになるな」

「あっという間よ。きっと、あっという間……」

 リリーが自分自身に言い聞かせるような口ぶりで言って席を立ち、望楼の縁まで歩いていく。

 風にドレスの裾を揺らされるリリーの後ろ姿が、今にも落ちていってしまいそうに見えてクラウスはすぐに彼女の側まで寄っていく。

「風将と地将もいたわね。他にもディックハウトの将軍もいたのよね。ディックハウトの方は顔、覚えてないからよくわからなかったけど……」

「風将と地将は絶対に出陣するって自分から志願した。寝返ったとはいえ、最後までハイゼンベルクについてたんだから、多少は忠誠心もあるんだろ」

 バルドへの一番の餞は戦うことだ。それを分かって出陣する者もぽつぽつといる。

「でも、『剣』より『杖』が多いのね」

 リリーがそんな所まで見ていたことに驚きつつ、クラウスはうなずく。

「バルドの神器は厄介だからな。こっちも兵を無駄死させるわけにもいかないし、杖で魔力を削ってから総攻撃する。ただ、最初に当たった部隊の損害が思ったより大きかったから、なおさらな」

 最初の皇家軍と革命軍の死者は二十人足らずだったとはいえ、負傷者の数はおびただしかった。備えが不十分だったことは否めない。

「そうでもしないと勝てないわね。バルドは力押しばっかりと思ってるのも多いわよね」

「だいたい力押しでなんとかなるからな。上の方はあの皇太子殿下が軍略まで仕込んだのは知ってるが、下の方は実際に何いわれても力押ししかできないと思って侮ってる馬鹿もまだ多い。そこがまとめきれてないから弱いんだ」

 革命軍は元々戦をしていたハイゼンベルクとディックハウトの混成部隊だ。ある程度は統率がとれているとはいえ、綻びがまったくないわけではない。

 この最後の戦は綻びを繕う意義もある。

「でも、皇家軍は一万と少々。革命軍は四万以上は動員できるんでしょ。数で押すのは簡単よ」

「……簡単に勝たせてくれるといいな。リリー、下にいくか。寒いだろ」

 まだ春と呼ぶには寒く、じっとしているとじんわりと体が冷えてくる。

 クラウスは下ではなく空の彼方に視線も心さえも向けているリリーを、自分の方へと引き戻す。

「国家元首様、リリーちゃん、お借りしてもよろしいかしら」

 ふたりで階段を下りていると、ヴィオラが声をかけてきてクラウスは眉を顰める。

「ふたりで食事する予定ですよ。その後はリリーに聞いて下さい」

「じゃあ、ついでだからわたくしも食事に同席させていただこうかしら。マリウスもいらっしゃい」

「……姉上、勝手に決めてしまうのはご迷惑です」

 ヴィオラが好き勝手言うのに、マリウスが申し訳なさそうな顔をする。

「あたしはかまわないわよ」

 リリーはこのところ剣の相手をしてもらっているせいか、昔ほどヴィオラに対して苦手意識を持たなくなってきている。

 リリーが籠らずに他人と一緒に食事をするのはいいことではあるので、クラウスはふたりを昼食に招いた。

「リリーちゃんの様子はどうかしら? 元気がないのはしかたないことだけれど……」

 屋敷に戻ってすぐ、クラウスはリリーが自分から厨房へ人数分の昼食の仕度を頼みに行った隙にヴィオラに少し話があると止められた。

「最初は落ち着きがなかったけど、今の所はかろうじてってところです。正直、俺にもひとりにしない以外にやれることはないです」

「……変わりましたわねえ。こんな男にリリーちゃん任せるのは不安だとわたくしは思っていましたけれど、多少は認めて上げてもよろしいのかしら? ああ、でもやっぱり嫌かしら」

 複雑そうな表情で見上げてくるヴィオラに、クラウスはため息をつく。

「ヴィオラさんの許しはいらないでしょ」

「…………皇主様に勅命を頂いているので」

 ほとんど気配もなく近くで佇んでいるマリウスが静かに口を開いて、クラウスは一瞬驚いた。

「だから、俺はその皇主様に任されてるんだ。いや、あいつが何言おうが俺はリリーを大事にするのは最初から決めてるけどな」

 バルドの言うことを素直にきくつもりはないというのに、先に手を回された以上はこういうことがつきまとうのだ。

(分かってなくてやってるのが分かるから腹立つな)

 バルドがリリーのことだけ考えて自分に託したことが分かっているからこそ、怒りのぶつけ場所もない。

(お前とももうすぐ、本当にお別れだな)

 物心ついた頃から一緒にいるバルドのことは昔から嫌いで、今でも友好的にはなれない。

 それでも別れに少しぐらいの寂しさはあった。

 戦も佳境となる頃には、自分も赴いてバルドの最期を見届けることになる。

 その日を思うとやはり感傷的な気分にもなる。だが、それ以上にリリーのことが不安だった。

(どうなるんだろうな……)

 リリーがバルドの死を乗り越えられるのか。その時自分は一体何ができるのか。

 国の先行きよりも未だに答を見つけられないそのことばかりが、クラウスにとって一番気がかりだった。

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