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棺の皇国  作者: 天海りく
夜明け告ぐ雷鳴
109/115

4-3


***


 リリーは考えた結果、クラウスの頼みを聞いて晩餐会に出席することにした。

「それで、こんなに……」

 屋敷に遊びに来ていたカルラがリリーから事情を聞いて、寝台の上に置かれた十着近いドレスを呆気にとられながら見る。

 ちょうどカルラがいる時に、クラウスからドレスが届いたのだ。

「手持ちので着て行けそうなのあるのに、どっからこんなに調達してきたのかしら」

 クラウスから以前譲ってもらったものもあれば、衣装棚にいつの間にか追加されていたものもあるのだ。たった一度の晩餐にこんなにも必要なはずがない。

 リリーは古着というには綺麗すぎるドレスにため息をつく。

 当日好きなのを着て、後は衣装棚にしまって他の機会に着てくれればいいということも使用人から伝え聞いていた。

「きっと、嬉しいんだわ。リリーが自分のために苦手なことしてくれるのだもの」

「あんまり貸し借り作りたくなくて承諾したのに、これじゃあたしの借りが大きいじゃない」

「そう思ってないのよ。クラウス様にとってはこれに見合うぐらいのことなんだわ」

 カルラがそう言っても、やはりリリーには過剰な報酬に思えた。

「とにかく、これしまっとかないと」

 いまひとつ納得しきれないまま、リリーはカルラと一緒に衣装棚にドレスをしまい始める。

「リリー、どれ着ていくの?」

「んー、この水色のかしら。せっかくだから、カルラに誕生日にもらったコサージュを髪留めに使って、それに合わせるのにほら、これ着ていくつもりだったから。色が近いでしょ」

「……あれは、このドレスに合わせるのにはちょっと安っぽすぎないかしら?」

 カルラが不安そうな顔をするのに、リリーは首を横に振る。

「大丈夫よ。すごく綺麗だったもの……どうぞ」

 扉を叩かれて、リリーは誰だろうと入室を承諾する。

「すいません、リリーさん何か食べるものを……あ、お友達がいらっしゃったんですね。お邪魔してしまって」

 寝起きらしくぼさぼさ頭のシェルがやってきて、リリーは呆れ顔で机の上に置いてある胡桃入のパンを示す。

「それ、持っていっていいわよ。昼食、置いてたでしょ」

 昼頃に確かにシェルの部屋に昼食を届けたはずだ。まだあれから二時間と少ししか経っていないはずだ。

「皿が空だったので食べたと思うのですが何分記憶が薄くて……」

「あんた、見かけによらず大食いなのね。足りないってクラウスに直接頼んだら?」

「あ、いえ。さすがにそこまでしていただくわけには。では、少し頂いていきます。失礼しました」

 そしてシェルは小さくなりながらもちゃっかりパンを持って、向かいの自分の部屋に引っ込んでいった。

「あの方も長く滞在されているのね」

 誕生日会の席で一度だけシェルに会ったカルラが物珍しそうに言う。

「もうしばらくいるみたいだわ。シェルのことはいいから、お茶にしない」

 シェルはグリザドの魔術を解く糸口を見つけたらしいものの、そこからまた何やら壁にぶつかっているらしくこの頃は寝起きの時間も不規則だ。

「ああ、そうだわ。ドレスですっかり忘れかけていたけど、リリーはまた剣を扱う職につくの?」

 椅子に座りながら、ドレスが届く直前に話していた話題をカルラが思い出した。

「そのつもり。今の所、警備部隊かしら。すぐにとはいかないらしいけど、クラウスにも少し話してあるわ。宿舎があるならそこで住むし、なかったらどこか部屋を借りるつもり」

「このお屋敷は出てしまうの?」

「うん。居心地は悪くなくても、いつまでも世話になってるのものね」

 クラウスは適度な距離を保ってくれるし、屋敷の中での暮らしもすんなりと馴染んできたけれどもやはりこの屋敷で暮らすのはやはり違うと思うのだ。

「そう。よかったわ。リリーはもうずっとこの街で暮らしていくつもりなのね」

 カルラがほっとした顔で紅茶に口をつけるのに、リリーはうなずく。

 ぼんやりとながらも、自分がここで生きていく先は見えてはきた。ただ今は考え過ぎずに動くことがいいはずだ。

 そうでないと、ふと後ろを振り返ってしまいそうになる。

「あ、カルラ、ショール、できたからちょっと見てくれる?」

 リリーはようやく出来上がったショールをカルラに見せて、次に作るものの相談をする。縫い物ももう少ししっかり覚えておきたいので、何から始めればいいかも聞いてみる。

 そのうち、また剣を持つ職務について、空いた時間で編み物や裁縫をして、カルラと時々お茶をしてそんな毎日をすごしていく。

 それでいい。自分の行く道はそんな穏やかで、退屈な道でいい。

 リリーは自分自身の手を引いて、来た道を振り返らないように進むべき道を進んでいく。


***


 晩餐会は聞いていたとおり、十数人ほどの小規模なものだった。いつも通りリリーはひとりで身支度を調えて出席したものの、惜しみなく使われた無数の蝋燭で照らされた食卓はやはりあまり居心地がいいものではなかった。

 主催も賓客も落ち着いた雰囲気で始終和やかだった。ちょうど両家の嫡男と子女それぞれが婚約者を招いており、話題が自分とクラウスの婚約になって少々困りもした。

「あんまり、食べた気がしないわ」

 食事と談笑を終えて馬車に乗るとやっと肩の力が抜けて、リリーは数々の料理の味を堪能できなかったことにため息をもらす。

 鴨肉など普通に食べていればきっともっと美味しかっただろうと思うと、もったいないことをしたと思う。

「そういうもんだからな。今日は助かった」

 向かいでそう言うクラウスは出掛ける前から機嫌がいい。

「二度とはごめんだわ。嫌な人達じゃなかったけど、ああいう上品なのは苦手」

「知ってる。だから無理言ったと思ってる……俺だってああいうのは好きじゃないからできるだけ出たくはない」

「でも、慣れてるでしょ。人が多くても話す必要がない大人数の夜会の方が気楽ね」

 人混みは苦手なものの、その分壁際にいてゆっくり食事をつまんでいても誰も気に止めない。

「そうだな。人が多いと逃げやすい」

「あんたは女の子から逃げてばっかりだったわね」

 懐かしいとリリーは苦笑すると、クラウスも同じように笑う。

「正直、今も逃げてるけどな。リリー、屋敷はどうしても出て行くつもりか?」

「決めたの。自由になったらあんたの家に厄介になる理由はないもの」

 何度目かの応酬にリリーは唇を尖らせて返事する。

「そうか。それまでに気が変わることを期待しとくか。出て行ったとしても、さすがに全然顔を見せてくれないってこともないよな」

「時々は会うんじゃない?」

「他人事みたいだな」

 クラウスが呆れるのに、リリーは自分もこれからクラウスとの繋がりが薄れた後どうなるかはよくは分からなかったが、なんとなしに会う機会はある気がした。

「あたしはともかく、あんたは忙しいでしょ」

「時間作るし、会いにも行く。おっきな花束でも持って行くか?」

「それはやめて」

 冗談にお互い笑い合って、リリーはなんとなしにヴィオラと話したことを思い出す。

 自分を受け入れてもらって、そうして相手も受け入れられる出会いは簡単にはないという。

(クラウスのことは、そうなのかしら)

 なんだかんだでお互い、相容れない所も気が合う所も知っているけれど自分の中で噛合わないものあった。

 ずっと一緒にいられるとは思えても、一緒にいたいかというと違うのだ。

「リリー?」

 自分の思考に固まっていたリリーは、クラウスによばれてぎこちなく表情を崩す。

「疲れたわ。帰ったらゆっくり休みたいわ」

「そうだな。俺も、明日は早い」

 そうして馬車がクラウスの屋敷について、クラウスが先に降りてリリーに手を伸べる。

「……今日は本当にありがとうな」

 リリーは戸惑い気味にその手を取って、屋敷の中に入る前にふと空を見上げる。

 満月が煌々と輝く夜空は澄み切って冬の様相だが、肌に触れる空気にもう鋭さはなく春はもう近そうだった。


***


 雪解けと共に、南部での皇家軍の蜂起敗退がバルドの元に届いていた。

「皇主様、もう時期でしょう」

 軍議の中、誰もがそう口を揃えて動き出すべき時と告げる。

 すでに革命軍も近隣に駐在し今か今かと開戦の時を待ち望んでいる。ここで決着をつけて真の意味でこの島は新しくなるのだ。

「……攻撃開始。三日後」

 バルドは重い口を開いて、最後の戦を始めることを告げる。

 勝てる戦ではない。だが誰しもが望む生き方をまっとうできることを喜び、戦うことを心待ちにしていた。

 少数精鋭でいかに大軍に立ち向かい、いかにして戦い抜くのか。

 そのことばかりを考えて幾月も待ち侘びてきた。

 皆、闘志に心を燃やして歓声を上げる。

 バルドも彼らの姿を見渡しながら、やっと力の限り戦えると静かに喜んでいた。

 ただ一抹の心細さがあった。

(リー……)

 もうとっくに手放したはずのものが恋しくてたまらない。最後に一目でもと思っても、そんなことはもう叶わないし、叶ってもいけないことだ。

 そうして、春よりも一足先に皇国の滅亡の時がやってこうようとしていた。

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