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棺の皇国  作者: 天海りく
夜明け告ぐ雷鳴
108/115

4-2


***


 マリウス率いる革命軍は夜明け頃、ひっそりと戦地へと発っていった。

 最後の決着をつける時の民衆への印象付けがうすくなるので今回は目立たずに、ということをリリーは朝食の席でクラウスに聞いていた。

「そういうのばっかりね」

 ディックハウトとハイゼンベルクで戦をしていた頃も、『見栄え』ということは重視されていた。

 だが戦に出るリリーにとって大事なのは好きに暴れられるかどうかだけで、見てくれなどどうでもいいことだった。

「そういうのが大事なんだよ。今の戦は特にな」

 ハムと卵を炒めた物を口に運びながら淡々と返答するクラウスは、疲れているのがありありと顔に出ている。今日も昼食や夕食で顔を合せることができないので、せめて朝食ぐらいはということで一緒だった。

「でも、面倒くさくてたまらないんでしょ」

「そう。俺もこういう面倒なこと考えるのは嫌いだからな。俺は具体的なことは考えないで、意見のとりまとめ役。それはそれで、だけどな」

「どっちにしろ、やりたくない仕事ね」

 パンを囓り、リリーは物言いたそうなクラウスに怪訝な顔をする。

 言いにくいことを言いそうな気配がする。

「で、リリーにもちょっと面倒な頼みがある。八日後にある晩餐会に一緒に出席してくれないか? 大人数じゃなくて二家族ぐらいの身内同士のこじんまりしたやつだ」

 人数が多かろうが少なかろうが、そういった食事会が面倒なことはなくリリーはうんざりした表情になる。

「リリーがそういうの嫌いなのはわかってるけどな、そろそろ公的にリリーの立場をはっきりさせたらどうかって話がちらほらと出てるんだ。まだ時期が早すぎるっていう輩もいる。だから、ごく内輪の集まりで顔だけ見せるだけ見せるってことで」

 どうにも回りくどい言い方をするクラウスを、リリーはどうにか飲み下す。

「……要は、あたしはあんたの身内ってことになるの?」

 クラウスがそういうことだとうなずく。

「俺はリリーとそのうち一緒になるつもりっていうのは変わらないからな。婚約は明言しなくても、結婚する気があるっていうのを周りに伝えること自体に俺自身はなんの問題もない。リリーが決めるには早過ぎるのはわかってる。出るだけ出てくれれば助かる」

 クラウスが真面目に頼んでくるので、リリーも食事をするだけなら行ってもいいという気にはなった。

 だけれど、そこにくっついてくる体面や外聞がひっかかってしまうののがあった。

「……返事、一晩か二晩考えさせてもらっていい?」

 温かい紅茶を飲み込んで、リリーは少し考えさせてくれと返答を渋った。

「二晩までなら。考えてくれるだけでもありがたい」

 クラウスがほっとした顔をして、紅茶を飲み干す。

 そしてリリーは言葉少なに残りの朝食を咀嚼し始めたのだった。


***

 

 昼食を前にした頃、クラウスの屋敷に突然ヴィオラがリリーを訪ねてきた。

「リリーちゃん、突然お邪魔してもうしわけありませんわね。お庭、借りられるかしら?」

「……たぶん、断れる人はいないと思うんですけど戦支度ですか?」

 ヴィオラが毛皮の外套を脱いだ下は、男物の衣装と長靴に剣と、ローブ以外の軍装だったのでリリーは何事かとぽかんとする。

「いいえ。わたくし前線から身を引きましたもの。だけれど、体を動かしたくなったからリリーちゃんに相手してもらおうと思って」

「相手って、あたし、剣は持ってま……」

 言い切る前にヴィオラの侍女が一抱えある荷物を持ってきてリリーに渡す。

 中身は演習用に刃を潰した二振りの小ぶりな剣だった。重量は以前自分が使っていのよりも少し重く両手にずっしりくる。

「手に馴染んでいないからやりにくいでしょうけれど、お付き合いいただけるかしら」

 にっこりと微笑むヴィオラにリリーが首を横に振れるはずがなかった。

 両手に剣を持ってしまったのだ。そして目の前には将を務めていた実力者。これで、できないないなどと言えない。

 久方ぶりの剣の感触に気が昂ぶっていた。

 リリーは屋敷の使用人のとりまとめ役に中庭を使うことをひと言断って、ヴィオラと中庭に出る。

 端の方では洗濯物がはためいているが、魔術を使うわけではないので広さは十分だった。

「リリーちゃん、ちょっと重いかしら」

 ヴィオラがリリーが剣を軽く振って重量を確かめている様子に首を傾げそう

「重いです。でも、うん、なんとかなりそうです」

 まだ間合いは掴みきれないが、重すぎることもないので問題ないだろう。

「なら結構。では、いきますわよ」

 ヴィオラも演習用のレイピアを構えて、ふたりの間の空気が張り詰める。

 心地よい緊張感に、胸の高鳴りは増すばかりだ。

 先に攻撃を仕掛けてきたのは、ヴィオラだった。リリーは避けて、動きながら剣の重さに体を慣らしていく。

 久しぶりということはもちろん、長年の愛刀ととも違ってまだ色々としっくりこない。

 避けた先を突いてくる剣先を、刃で受ける。

 鈍い金属音が懐かしい。

 剣と剣がぶつかり合う音が続けて鳴って、リリーが次第に感覚を掴むごとに小気味いい音へと変化していく。

 しかし体に馴染んだ愛刀との間合いの違いに、狙いがはずれる。

 右下斜めから切り上げた刃は、上手くヴィオラの攻撃を返せずにそのまま体の重心がとれずに大きく体勢を崩してしまう。

 ここから持ち直すには、ヴィオラが強すぎた。

 間髪入れず入ってきた鋭い突きはもう首元に迫っていた。

「……降参、です」

 リリーは潔く負けを認めて剣を収める。

 風が吹いて体がひんやりとし、自分が汗だくで息もずいぶん上がっていることに気づく。

「わたくしもですけれど、リリーちゃん、なまってますわね。でも、やっぱり剣術は楽しいですわね」

 同じく汗だくのヴィオラが清々しい笑顔を見せる。

「はい。でも、なんっでわざわざあたしに。軍にもっと強い人もいますよね。魔術だって使えるし……ありがとうございます」

 よくよく考えてみれば、こんなところまで足を伸ばすよりも魔術も剣術も楽しめる相手は軍にいるずだ。

 リリーはヴィオラと一緒に近くに置いてある長椅子へと腰掛ける。そこへ様子を見ていたらしい侍女が、檸檬水を持ってきてくれた。

「わたくし、今は夫捜しの最中ですもの。あまり、大立ち回りしていては殿方に逃げられてしまいますわ」

「それぐらいのことで、逃げる人と結婚するんですか?」

 純粋な疑問をぶつけると、檸檬水を飲んでいたヴィオラがむせこんだ。

「まあ。そうですわね。わたくしは、子供が欲しいから結婚するのが前提ですもの。自分よりも子供のためいよさそうな夫を選びますわ。ありのままのわたくしを好いて下さる方がいるのなら、最良なことですけれど」

「……あたしには、なんだかよくわからないです」

 ヴィオラの結婚の条件、というのはリリーはまったく理解出来なかった。

 そんな自分を押し殺して窮屈な思いをすることが、いい結婚になるのだろうか。

「自分のありのままを受け入れてくれて、自分が受けいれられる相手なんて簡単にみつかるものではありませんのよ。わたくしは貴族の生まれですから、本当は家同士が勝手に決める所を自分で選ばなければならなくなりましたけれど」

 自分にとってそんな相手は、たったひとりだけだ。

 リリーは口を引き結んで、そういえばとヴィオラにクラウスから今朝聞いた話をする。彼女なら晩餐会を招かれている人物のことは知っているだろう。

 クラウスがあえて話していないこともあるだろう。

「今、幾つか派閥が出来上がってその中でも大きいふたつ派閥の大臣ですわね。そのご家族に招待されてクラウスと一緒にいくというのは、結婚前の顔見せになりますわねえ」

「そいうことにはなるとは聞いてはいます……」

 ヴィオラの話しぶりからして、思ったよりも大仰な話らしいとリリーは考え込む。

「リリーちゃんの立場があやふやなのは、本当の話ですものねえ。でも、リリーちゃんは体面や外聞は気にしませんものね」

 ヴィオラに言われて、リリーは確かにと思う。誰に何を言われようが、自分は気にしない。

 クラウスと食事に行って婚約者扱いされても、それはそれで自分の気持ちが何か変わるわけでもないのだ。

「行っても行かなくても、あたしは変わらないですね……」

 それならクラウスの顔を立ててちょっと食事に付き合っても問題はないが、しかし面倒くさいことに変わりはない。

「そうですわね。さあ、リリーちゃん、もう元気になったかしら?」

 ヴィオラが立ちあがって、もう一勝負と持ちかけてきてリリーは望むところだと受けて立つ。

 二戦目にはずいぶん剣にも慣れて、体も動くようになったとはいえあと一歩の所でヴィオラに届かなかった。

 しかし、負けてもやはり剣が好きだとまざまざと実感すると同時に、実戦での高揚にまでは得られないことに物足りなさもあった。

(剣は手放せないわね)

 それでも、剣は持ち続けたいとリリーは両手にある重みを感じながら、自分の行く先を探し始めていた。



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