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棺の皇国  作者: 天海りく
夜明け告ぐ雷鳴
105/115

3-4

***


 皇祖の残した記録は元王宮の奥深くの地下書庫にあった。

 皇家の居住区だった区画の複雑に入り組んだ廊下を迷いなく進んでいくエレンに先導され、リリー達は書庫までやってきた。

「こんなとこにまで部屋があるのか。王宮内の見取り図はやっぱりいるな……」

 最後尾をついてきたクラウスが廊下の突き当りの隠し扉を振り返りながらため息をつく。

「見取り図の在処って誰も知らないの?」

 王宮や砦等の見取り図は防衛の為に残されていないことも多いが、厳重に保管されていることもある。

 エレンなら知っているだろうと思っていたリリーは、振り返ってクラウスに訊ねる。

「ない。だいたいそういう大事な物預かってるのは皇家への忠義心が強い奴ばっかりだから、死んでるか皇家軍に従軍しているかのどっちかだな。で、新政府に協力してくれる王宮内に一番詳しいエレンも知らないんだよな」

「見取り図は私も知りません。皇太子殿下の足代わりだったからこそ、知っているだけのことですので」

 エレンは自力で歩くことがままならなかったラインハルトの車椅子を押していた。ここの書庫は階段があるので彼女が代わりに出入りしていたそうだ。

「王宮というのは、やはり宝の山ですね」

 そわそわとした様子のシェルがエレンの肩越しに暗い書庫覗き込む。

「宝物庫は貧相なものだったぞ。父上が昔、恩賞に貴金属ばらまいたって話は聞いてたし、戦続きで財政難だったとはいえあそこまで減ってるとはな。ディックハウト側も似たようなものだったからここから立て直すのは大仕事だ」

「なにもかも駄目だったわけなのね」

 戦で財政が逼迫しているというのは知っていたものの、具体的なことに興味がなくリリーは知らなかった。

 皇国はとっくに瀕死の状態で、崩壊するべくして崩壊したのかもしれない。

「……奥の方に神聖文字で書かれた文書があります。保存状態が悪い物も多いですので、取り扱いにはお気をつけ下さい」

 すでに階下へと降りているエレンが燭台を書庫の奥に向ける。

「はい、では、早速失礼しますね」

 シェルが明らかに歩調を早めていそいそと部屋の奥へと行く。

「俺は長居できないから後はリリーとエレンに任せる。帰り道が分からないから後でエレンには送ってもらわないとなあ」

「国家元首様が元王宮で迷子になって行方不明なんて笑い話にもならないものね。蝋燭がつきる前には戻ればいいのね」

「そうだな。夕方ぐらいにはなるか……俺は屋敷で待ってる。しかし、本当に古いな」

 丸めた羊皮紙が無数に棚に整列しているのを見やり、クラウスが古びた紙や黴、埃などが混ざり合った独特の匂いに顔をしかめる。

「貴重な資料がもったいない……。いや、しかし読める物もずいぶんありますね。写本とおぼしきものもいくつか見受けられますが、素晴らしい。ザイード・グリム直筆の魔術文字です。値がつけられないほどの価値があるのものですよ、これは」

 幾つか机の上に広げるシェルが興奮しきっているのを聞きつつ、リリーはクラウスを見上げる。

「価値があるらしいわよ、これ」

「と言っても、この島じゃだたの古紙だな。皇家を廃する以上、場合によっては廃棄されるな」

「廃棄なんて、もったいない……!」

 クラウスが一枚広げてぼやくのに、シェルが批難の声を上げる。

「どうせ捨てるなら、持って帰れるだけ持って帰ってもらったらいいんじゃない?」

 元王宮の物とはいえ、捨てるならシェルに渡しても問題ないのではないだろうかと、リリーはエレンとクラウスに問うた。

「残しておいて、どうとなるものでもありませんしよろしいのでは」

 どうやらエレンも同じ意見らしかった。

「ああ、そうだな。ここに何があるかなんて知ってる人間は俺らぐらいだろうから、ちょっとぐらい減っても問題ないな。今日はもう、ここで読むんじゃなくて屋敷に必要な分を少しずつ運んでいくか」

 クラウスも納得したところであまりにも静かなシェルに、リリーは目を瞬かせる。

「いらないの?」

「いえ。こんな貴重なものをいただけるのですか? 本当に、好きなだけ持って帰ってもよろしいのですか?」

 唖然とした顔でシェルが何度も確認するのに、クラウスがもちろんとうなずく。

「魔術を捨てるこの国にはいらないから好きにしていい。あってもほとんど読めないしな

「で、では遠慮なくいただきます。なんと親切な……」

 そしてシェルが感動に打ち震えながらもエレンに案内してもらって必要な物を見繕っていく。

「ねえ、それって全部魔術のことなの? 全然読めないわ」

 リリーはシェルが紙を広げて中身を確認するのを覗き込んで訊ねる。魔術文字というのはやはり意味不明の模様の羅列にしか見えなかった。

「皇太子殿下も読み解こうとはしていましたが、一部しか読み解くことができませんでした。私も、ここに何が書かれていたのか知りたいです」

 エレンにしては珍しく感情が見える声だった。ふたつ返事で書庫への案内を引き受けたのは、彼女自身が興味があったからもしれない。

「魔術文字の原点は古代に使われていた文字ですので、それでもって記されています。島の様子や魔術の構想に関すること、様々なことです。魔術を持たなかった人々が、未知の力を前に変化していく様子もかかれているようです」

「まさに実験場だったわけだ、この島は」

 クラウスが悪趣味と言いたげな顔で眉を顰める。

「千年も崇め奉られる人間じゃないわね……やっぱりこの心臓嫌だわ」

 リリーも皇祖への不快感が深まって、自分の胸で脈打つ心臓から皇祖の妄執を取り払いたいと強く思う。

「一番にはリリーの心臓の問題を片付けてくれないとな……よし俺はもう行くから適当に見ててくれ。エレン、悪いけど頼む」

 そしてエレンとクラウスが一度離れて、リリーはシェルとふたりきりになった。

「皇祖の血を受け継いでても、あたしも他の皇族も魔術文字を使った魔術は使えないのよね……」

 何度見ても神聖文字と魔術が自分の中で繋がらなかった。

「おや、本来の魔術を使ってみたいのですか?」

「そういうんじゃないわ。皇祖の魔術を解くのに皇家の末裔ふたりがいるっていうことは、できないことはないってことでもあるんじゃないかしらって思ったのよ」

 シェルから魔術を解くことに魔術を使えるかどうかは関係ないとは聞いていたものの、ここまで大がかりな魔術を解除することに魔力も何もいらないというのは信じられない。

「一定の魔力さえあれば、魔術を学べばできないことはないかもしれません。ただ、以前に話した、ザイード・グリムの魔術によって魔力を増幅させているだけだと、難しいでしょう」

「そうなると、この島では本当に魔術がなくなってしまうのね……」

 口にしてみると、いまさらながらに喪失感がわいてきた。

 これまで自分を支えてきたものが全て消える。だけれど失った物を補う足がかりも確かにあって、そこからもう一度自分自身を築き上げられる気はする。

(やっぱり一度、捨てないと駄目ね)

 魔力がこの身に残り続けるかぎり、自分は足枷をつけたまま歩くことになるだろう。

 リリーはその後は静かにシェルが本を吟味するのをうたた寝をしながら待つことにした。


***


「エレンが知ってる王宮の隠し部屋ってあれぐらいか?」

 クラウスは知っている場所までエレンに送ってもらう道すがら、彼女に問うた。

「隠している財源になりそうな物をお知りになりたいのなら存じ上げません。宰相家が資産の管理は全て行っていたでしょう」

「だよなあ。俺の家もしらみつぶしに調べたけど、大した財産残ってなかったからな。財政の立て直しは後はできる奴に丸投げしとけばいいか」

 国家元首としてあまりに雑な物言いに、エレンが呆れた視線を向けてくる。

「あなたを長とするとは、血迷った選択でしたね。……リリー・アクスは最近はあのような調子ですか?」

「うーん、あんなかんじだなあ。ものすごく普通すぎて、なんだかな。大丈夫そうに見えて、大丈夫じゃないかもしれない。ただ、俺にはちゃんとしたことはわからないし、リリーも自分でわかってなさそうだからな」

 ここへ来た時こそ、暗く沈みがちだったリリーの表情はこの頃はごくごく平常に戻ってきている。

 あくせくと使用人の真似事をして、カルラと連絡を取り合って仲良くしていたりと穏やかな人生を歩み始めているかに見える。だがまだバルドと別れて三月と経っていないのだ。

 そう簡単にバルドのことも、戦のことも振り切れるものではないはずだ。

「そうですか……」

 エレンがしばし傷ましげな顔をして黙り込む。

「やたらリリーのこと気にかけてるな」

 エレンはあまりリリーのことは好きではなかったはずだ。

「気にかけているほどでもありません。ただ、少し気になるだけです」

 不服そうな声に、クラウスはこれ以上問い詰めることはしなかった。同じ立場に立たされた者同士で、引っかかるのかもしれない。

「では、私はここで」

 そして会話のないままエレンは書庫へと引き返していって、残されたクラウスは重々しくため息をつく。

 魔術がこの島から消えない限り、リリーが戦へと駆り立てられる不安は消えない。

「頼れるのは、あの胡散臭い魔道士だけか」

 あまりにも心許ないが、できるだけ早く魔術が解けることをひたすら祈るしかなさそうだった。




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