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夢から小説を書き起こす(焼智探偵のBロマンス)

 夢を見たときに、創作家であればその夢を写し取って作品を書きたくもなるだろう。現に夢からインスピレーションを得て名作を生み出した作家もいる。

 しかし、夢がもたらすのはあくまでもインスピレーション、ここを心得ていなければ、逆に夢はあなたの創作を惑わす悪魔の言葉にしかならない……


「どうしたね、KO林くん、そんなうっとりとした顔をして」

「あ、焼智先生! いや、実はですね、昨日見た夢がとっても感動的で、未だにこうしてその余韻に浸っているのですよ」

「うん、若いときにはそういうこともあるよね」

「ち、違いますよ! エッチな夢じゃありません! きちんと一編の映画のように組まれた、大長編ファンタジーな夢でした!」

「ほう、ならばそれを小説に書き起こせるかね?」

「余裕ですよ! もう、あんな素敵な夢……隅から隅まで覚えてンですからね!」

 そう言って原稿用紙に向かったKO林くん、しかし、冒頭の数行を書いて手が止まってしまったようだ。

「どうしたね、KO林くん、ほれほれ、続き書いて書いて」

「いや、ちょっとまってくださいよ、この後、主人公は海の街にいたはずなんですが……おかしい、シーンが飛びすぎだ」

「おかしくなんかないさ」

「いや、おかしいですよ、ボクは記憶の確かな方なんで、冒頭のシーンの次は海だったんです!」

「君の記憶を疑っているわけじゃあないさ。夢なんてどれほど長編の物語を見せられようとダイジェスト、そのまま書き起こして物語にするには不足が多すぎるのが当たり前なのさ」

「ダイジェストって、あれですよね、物語の盛り上がるシーンをつないで作った『ここまでのおさらいっ☆』的なあれ、あれですよね?!」

「それだよ」

「そんなものを見せられて感動するわけないじゃないですか、ボクは確かに昨夜の夢に感動して、起きてからもこうして余韻に浸っては胸のキュンとなるのを楽しんでいるんですよ」

 焼智はそんな彼のおでこをつつき、フフと微笑んだ。

「それはね、君がすでに本編を見ているからさ」

「ええ? そんなわけはない、初めて見た夢でしたよ?」

「そうだね、もっと正確にいうなら、『本編を見せられた気になっているから』だね」

「全くもってわかりません」

「わからなければこの物語を完成させることなどできないよ。君は脳が作り出す万能の幻影をそのまま現実の時間の流れに当てはめようとしている、だから無理が生じるのさ!」

「はあ……なんか心理学的な話ですか? 夢解析とか……」

「そんな眉唾物の推理に私が傾倒するとでも思っているのかね!」

「いや、先生の方が眉唾……」

「そうだね! 私は存在自体が眉唾物だからね!」

「威張らないでくださいよ……」

「ともかく、解説スタート!」


 私たちは起きている間、時間の流れを飛び越えて行動することはできません。

 朝、目が覚めなければ朝食を食べることはできないし、その朝食を咀嚼も嚥下もしないで満腹になることはできない……ところが、文章ならこうです。


"いつのまにか、気づくと教室に立っていた。朝食はパンを一切れ食べたので、空腹だということはない"


 この文章だけを読んで、私たちは教室に人物が立っているのだと即座に判断することができますね。ここまで歩いてきた時間や、歯を磨いただの靴を履いただのといった雑事は全部すっ飛ばして世界を構築できるわけです。

 これが脳と肉の違いです。

 肉は何かを行動するのに必ず動作する時間が必要である、しかし脳は行動した結果だけを抽出してしまうのだから、わかりやすく書くならこうですね。


“脳は命じた。

「剣を取れ!」

 そこにはすでに宝玉のうめこまれた柄を強く握り締め、これを頭上高くへ掲げた雄雄しい姿が思い浮かんでいる。

 ところが肉は、まずは足元に落ちている剣に向かって右手を伸ばし、膝を軽く曲げてこれに近づいた。五指は柄よりもやや広くに開かれ、指先は軽く曲がる。

 ミシッ!

 長時間同じ姿勢でいた背骨のいくつかが悲鳴を上げる。それでも地面へ向かう手の動きに合わせて、背中は軽い曲線を描いた……“


 ここからさらに剣を拾い、それをつかみ、頭上まで上げて……という動作をしなくては肉は脳の描いたイメージに近づくことはできません。

 肉はどうしても時間の法則に逆らうことができない、なんとなく感覚はつかめましたか?

 ここから先は焼智先生にお願いしましょう。


「つまりだよ、そういった肉の制約を受けない脳だけでみている夢というものには、時間の流れが存在しないのだよ!」

「理解できました。私たちがリアルの世界でダイジェスト版を楽しむには、その元となる物語を理解するための時間が必要になる。ところが脳は、その時間を必要としないから、『本編を見た』とだけ考えればそれがすなわち夢の中での絶対真理となるわけですね」

「つまり、そういうことだよ! KO林くん!」

「そして見せられる物語はダイジェスト版だから、シーン同士のつながりに合理や納得がいかなくても、『本編ではこのシーンがあった』と考えるだけで納得してしまえる、それが脳の……!」

「そう、脳の!」

「つまり、夢という物語がダイジェスト版だということに気づかないと、物語として不足している部分があるということにさえ気づけないんですね!」

「もっと恐ろしいことがあるよ、KO林くん、きみが見せられているダイジェスト版は物語のあらすじをなぞって作る『おさらい版』ではなく、物語のクライマックスシーンばかりを集めた『コアなファン向けサービス特典版』なのさぁ!」

「な、なんだってー!?」

「もちろん、脳には『本編を見た』という大前提がドーンと置かれているんだから、コアなファン気分でそれを楽しめてしまう、しかし、今からきみが書く物語の読者はどうかな?」

「う、ご新規ファンさま……ですよね」

「そうさ、何もわかっていない相手に一からその物語の魅力を語らなくてはならない」

「な、なんてめんどくさい……」

「そう思ってしまっては、どんな物語も書き始められないよ。つまり、逆転の発想さ!」

「逆転ですか?」

「そう、君は感動するほど素晴らしいダイジェスト版を見せられた、ならばそのダイジェスト版にふさわしい『本編』を書けばいいと、たったこれだけの話ではないか!」

「な、なるほど……つまりは不足している部分を大胆に補えと」

「そのとーり! どうだね、練習として今夜みた夢を物語に書き起こしてみては?」

「そんな都合よく夢をみられるわけがないでしょう」

「ならばっ! ふんすふんす、私の腕のなかでっ! はふんはふん、甘く夢のような一夜を過ごしてみるとかっ!」

「なに言ってるんですか、先生」

「いや、夢には足りないかもしれないが、少なくとも創作の糧には……」

「BLとか書くつもりはないのでご遠慮いたしますよ?」

「そういわず、一度だけ、一度だけ、先っぽだけ!」

「先生が壊れてきたので今回はここまで、みなさま、良い創作を~」

「ああっ! 勝手に幕を閉じるな~……」


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