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プロローグの作り方(焼智探偵危機一髪!)

「先生、焼智先生! ポストにこんなものが!」

「どうした、KO林くん! おお、これは怪文20面相からの挑戦状!」

「今回の挑戦状は……ちょっと怖いです。中を見てください」

「どれどれ? 『憎い……憎い憎いあなた……でも、愛してる』……これのどこが怖いんだい、KO林くん」

「怖くないですか⁈ なんだかこう……物騒なことが始まりそうな予感がしませんか?」

「大袈裟だなあ、KO林くんは。でも、そうだね、『始まりそうな予感』でひらめいたぞ、きっとこれはプロローグの一文に違いない!」

「なるほど、では今回は、プロローグの書き方についてですね!」


こうして今回も怪文20面相からの挑戦状に挑むことになった名探偵、焼智中五郎。

はてさて、この文章を解き明かし、面白いプロローグが作れることはできるのか、乞うご期待。


「さて、プロローグについて、私が基本としているものは『4W1H理論』だ」

「先生、そこは普通、5W1Hじゃないんですか!」

「まあまあ、焦るでないよ、KO林くん。これはね、5W1Hからあえて情報を欠損させるという、プロローグの王道的作り方を説明するための、ただの名称だからね」

「なるほど! 確かに文章の基本は5W1H、ならば、プロローグを独立した一文と考えたときに5W1Hは本来含まれているべきと、そういうことですね!」

「さすがだね、KO林くん、その通りさ」


プロローグ、物語の冒頭というのは、これから始まる物語の紹介文だと思えばいい。

例えば誰か初対面の相手(ここでは読者)に、自己紹介もなしにいきなり自分のことばかり話すのは不調法だとは思わないかね?

つまり自己紹介だからこそ、この物語が「いつ、どこで、だれが、何を、どうする、それはなぜか」を語らなくては、読者にとってその物語は不審者と同じなのだよ。

ネタバレを恐れるあまり、ここの情報全てを欠損させて意味不明なプロローグを作り出す諸兄も少なくはないが、本来はこの5W1Hをいかに早く読者に見せるかの方が大事なのだと心得ておきたまえ。


「え、でも、いきなり5W1Hを書いてしまったら、読者は物語を読む必要がなくなって、ポイントもらえないじゃないですか」

「実は落とし穴があってね、どんなじょうずでも……いや。上手だからこそ全ての情報を冒頭のみに書き込むことは不可能なのだよ。もしもこの5W1Hを羅列したものを作れば、それはあらすじというものでしかないからね」

「だったら、隠せば隠すほどいいんじゃないですか?読者にはあとから、物語の中で説明すればいい。そうだ、先生がいつもやる推理ショーみたいに、ネタ明かしするシーンを作ればいい!」

「KO林くん、君も探偵の端くれなら、手に入る情報をつなぎ合わせて、初対面の相手の人格なり行動を予測したりはしないかね?」

「そのくらいしますけど、それとこれとなんの関係が……」

「例えばだ、見知った相手が手をあげたら、親愛の印に肩を叩くのだろうと予測して気にもしない。しかし、全く見知らぬ突然出てきた男が手をあげたら、相手の気持ちはわからずとも、つい警戒して本能的に身をすくめるんじゃないのかね」

「まあ……そうですけど、だからそれがなんの関係があるんですか」

「そういう本能的なことだと言っているのだよ。例えば読者がファンタジーということすら知らずに物語を読み進めていたら……つい迂闊に現代社会などを舞台にしてしまった場合、長々とごく普通の日常シーンが続いた後で唐突に主人公が魔法なんか使って見せたら、違和感があるんじゃないかい?人によっては嫌悪を感じるかもしれない。これはね、温厚な男だと予測していた相手が突然に拳を振り上げたような気分になるからさ」

「実に本能的ですね」

「ああ、本能的さ。しかし侮ってはいけない部分でもある。もしもこれがだよ、最初にガチ魔法バトルを繰り広げているシーンから初めて、手負いの主人公が街へ逃げ込む、そこからの日常シーンならば、どうかな?」

「あ、ありきたりではあるけれど、つながります」

「これはセオリー1、現実からかけ離れた設定ほど先出ししておけ、に由来するね」

「そんなセオリー、初めて聞きましたよ?」

「けっこう有名なセオリーなんだがなあ」

「だって人間はサプライズ好き、びっくりするような仕掛けはギリギリまで隠しておいたほうが、箱を開けた時の喜びがでかいじゃないですか。異世界だとか、ファンタジーだとか、そういう楽しそうな設定ほど後出ししたほうがサプライズ感が出ると思うんですよ」

「KO林くん、君、もてないだろう?」

「なんですか、急に!」

「相手が置き場所に困るような、馬鹿でかいぬいぐるみを贈って、『サプライズだ、びっくりしてくれた』と自己満足してしまうタイプだろう?」

「え、だって、だれだってびっくりするようなものをもらったら、嬉しいじゃないですか」

「ほらでた、ほらでた、自己満足理論」

「なんなんですか、いったい!」

「例えば君の想い人が儚い乙女だとしよう。彼女はカフェーの女給をしながら四畳一間の狭いアパートで暮らしている。そこへ贈られた人の背丈を越えるような、カフェオレ色の毛足の長いボア製の巨大な熊のぬいぐるみ、これをどこへ置くのかということだよ!」

「随分具体的な感じなんですけど……まさか……」

「何も背伸びすることなどなかったんだ。彼女には、熊のぬいぐるみなんかよりも少しだけ高級な、背伸びしすぎないディナーを……それで十分だった……うううっ」

「な、泣かないでください、先生!」

「こうした失敗を繰り返して、ひとは大人になってゆくんだよ……」

「もういいです!これ以上先生の古傷をつつくつもりはありませんから!そのセオリーっていうのを説明ましょう、ね!」


つまり、ね、熊のぬいぐるみが生活の役に立たないのにカサばかりはるのと同様、現実離れした設定というのは受け取る側に準備が必要になるのさ。

もしもサプライズにこだわらず、彼女に事前にプレゼントの内容を伝えていれば……いや、せめてぬいぐるみの大きさだけでも伝えてあれば、彼女は部屋を片付けるなり、棚を作るなりして余裕を持ってサプライズを楽しめたのさ。

もちろん、ぬいぐるみだと知っていたなら断る権利も彼女にはあった。最初からどのジャンルの物語なのか明らかであれば、選ぶ権利は読者にあるのと同じようにね。


「だからって、なんでもかんでもプロローグに入れてしまっては読者が読むべき情報がなくなっちゃいますよね? それはどうするんです?」

「それこそがセオリー2、4W1Hだよ」

「これ、セオリーだったんですか!」

「例えばだよ、例えばなんだよ? 『わが輩は猫……』」

「らめえ!先生、迂闊なこと言わないでっ!」

「ああ、うん。じゃあ言わないけど、あれの優れているところは、あの短い一文の中に『だれが主人公であるのか』を筆頭に『いつ、どこで、どのような物語なのか』までの必要な情報がすでに提示されていることだよ」

「ああ、あの後で猫の出生の話が続きますもんね」

「いや、私が言っているのは「……名前はまだない』までのことだけど?」

「ええっ? いや、確かに主人公が猫で、まだ名前がないってことまでは書いてありますけどね? はてさて、そんなこと書いてあったかなあ」

「ヒントは、雰囲気も武器である、かな?」

「雰囲気……あ、そうか、僕たちから見ると『わが輩』って古風ないいかたにきこえるけど本来はなんだかインテリっぽい人が使う言葉だし、猫がそれを言うと間抜けてて可愛いですもんね!」

「そう、ちょっと気取って『オレ様はインテリ猫にゃりんよ』なんていう猫が主人公なら、堅っ苦しいお文学『ではない』ということが一目でわかるだろう?」

「でも、『いつ・どこで』は? それを指す単語は何一つないんですよ?」

「そう、つまり『いつという設定は必要ない』と『どこでという設定も必要ない』という情報がここには置いてあるのだよ」

「え、明治時代、作者のお家が舞台なんじゃないんですか? 本編で書かれますよね?」

「本編でこの時代の日常が事細かく書かれているからといって、絶対に必要な情報だと思うかい? 明治時代という縛りがなければいけないならば、例えばワガハイくんではなくブチくんが主役でも良かったわけさ。舞台がここでなければならないなら、これまた主役がワガハイくんである必要はない。この家で拾われた猫がたまたまワガハイくんだったというだけの話しだ」

「難しいですね……」

「そんなに難しくはないさ。私はこれを『ムカシムカシアルトコロニ効果』と呼んでいる」

「昔話でよくあるあれですね!」

「そう、この言葉はつまり、定型文でありながら『今じゃないいつか・ここじゃないどこか』という情報を含んでいるのだよ」

「そうか、どのぐらい昔なのか、あるところとはどの地域を指すのかすら特定されていませんものね」

「そう、裏を返せば『ソンナコトハドウデモイイカラおじいさんとおばあさんがいました』という、読者に対する強制力を持っているのだよ」

「実はこれ、けっこういろんなお話で使われていますよね」

「ああ、きちんと言葉にしていないというだけで、敢えて省略することで時代や場所は重要要素ではないよ、と主張する手法だね」

「あ、でも、超有名な狐のアレなんかは、これじゃないですよね。ちゃんと『与平さんから聞いた話』って明記しちゃってるし……」

「何を言うんだい、あれこそぼかしの芸術じゃないか!『与平から聞いた』つまり近所のおじちゃんが何気なく語った話だということで時代も、場所も、物語の真偽すら誰にも問わせない。かつ、近所のおじちゃんが語った話であれば、我々のイメージの中にするりと入り込みやすいという、とんでもないムカシムカシアルトコロニ効果なのだよ!」

「ああ、なるほど!」

「おまけに、誰がどう聞いても普遍的な子どもに対する語り口、ここからまさか『兵十は金色の艶かしい毛皮に誘われてゴンの尻尾の付け根に顔を……』みたいなエロ展開はさせないだろうという安心感がある。つまり、子供向けの話であると冒頭で提示されているのと同じなのだよ」

「ところで先生、ひととおりの説明はりかいしました。怪文20面相から送られてきたアレをプロローグに仕立ててみましょうよう」

「そうしたいのはヤマヤマだが、ああ、KO林くん!どうやら時間のようだ!」

「では、また次回ということですね、先生!」


こうして事件の解決に向けて動き出した焼智探偵とKO林少年!

次回、誰が死ぬのか死なぬのか!

乞うご期待!

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