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クモと僕のジレンマ

作者: とむやん

◆シャワーを浴びようとしたら、壁の腰くらいの高さのところにひっついてた。普段どおりにしてると流してしまいそう。できれば外に避難させたいけど、もう時遅く浴びちゃったので外に出られず、触るに触れず。壁も水気を帯びてきて、放っとくと足をすべらせて落ちそう。天井の方に登ってくれることを願いながら、こじんまりと頭を洗う。

頭を洗い終えてからチラ見すると、なんとも彼は、一歩も動いていなかった。おおい頼むよ。ドキドキさせないでよ。次はからだなんだ。頭のときより攻撃範囲が広くなるよ。


◆結局彼は、最初から最後まで一歩も動くことなく、約15分の水害に耐え抜いた。殺生せずに済んだ安堵感と、亡骸を片付けなくて済んだ安堵感。ほっ。そこで考える。「結局彼は、動けなかったのか、動かなかったのか?」。クモは頭がいい。多分彼は、動かなかったのだ。


◆クモが水に対して強くなく、濡れた壁だと滑り落ちてそのままクシャクシャになって召されてしまう可能性があることを僕は経験則で知っている。しかし今回僕は、そうならないギリギリのラインで彼の避難経路を死守したつもりだ。それなのに彼が登ろうとしなかったのは、おそらく、「(自分が)被害に合わない状況を(この人間は)生み出せるだろう」と踏んだからなのだ。

後から考えてみれば、確かに僕は、頭を無事洗えたことで、現在の彼の位置であれば(危険な位置なのは間違いないが)どうにかこうにか無事にやり過ごせる気がしていた。もし彼が動いて位置が変わってしまえば(それも何度も)、いくら天井という安全地帯に近づいているのだとしても、そのたびに僕は位置情報を更新し、柔軟に対応を変化させなければならない。ましてそこで滑ってしまえば一巻の終わりだ。だから彼は、動かなかったのだ。


◆これは、「囚人のジレンマ」の話に似ている。共犯で刑3年となっている2人の犯罪者(2人は事件について黙秘し合う約束をしている)が別々の取調室にいて、「このまま2人とも黙秘したら刑は3年」「裏切って自白すれば君だけ1年、ただし向こうには15年になる」「2人ともお互いを裏切って自白してしまうと、両方10年にする」と取引を持ちかけられる。自分が裏切り、相手が黙秘すればたった1年で出れる。しかし相手も裏切ると10年。自分が相手を信じて黙秘しても、向こうが裏切ったら自分だけ15年…一体どうすれば!というやつだ。この問いかけは、「減刑の魅力に捕らわれず、相手のことを考えてお互いが黙秘を選択すれば、2人とも3年で済む。ちょっとくらい妥協して協調した方が平和だ」という一つの教訓を得ることができる。


◆彼は、お互いが少しずつ妥協をすることで、「召される」「召された亡骸を裸で片付ける」という最悪の可能性を回避したのだ。まったく頭を垂れる思いである。



(おしまい)


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