(9)
「うぁっ、すごい重い」
長瀬が苦しそうな顔をしてボールの入ったカゴを持ち上げた。
「一年だけこんな重労働なんて不公平だよな」
長瀬が口をとがらせた。
「おい長瀬、早く運べよ。日暮れちゃうぞ」
立脇が急かすように長瀬をつついた。
「へいへい」
長瀬がかったるそうな声で言った。
地方大会目前ということで2、3年達は練習に熱が入っている。地方大会で優勝すれば、甲子園出場をかけた全県大会のシード権を獲得できる。だから、練習も自然と身が入るという訳だ。
「おい、さっさと部室に運べよ。明日もはやいんだぞ」
明たちの後ろから3年の岩崎秀則が注意した。
「あ、岩崎先輩。お疲れ様です」
長瀬が岩崎に向かって会釈した。
「先輩、すごく気合い入ってますね」
立脇が岩崎に向かって言った。
「そりゃそうだよ。俺たち3年生はこれが最後のチャンスなんだよ。だから絶対甲子園にいくんだ」
最後のチャンス…か…。
明は岩崎の言葉にハッとした。
「じゃあな」
岩崎はそう言って部室の方向に歩いていった。
明はいつもの帰り道を歩きながら考えていた。
これが最後のチャンス…。岩崎が言った言葉だった。
岩崎は高校最後の夏だから絶対に甲子園に行く、と言った。その目は迷いのない目だった。
明は知っている。先輩はこの後、後一歩のところで破れて甲子園に行けなかったこと。泣きながら甲子園の土を拾っていたこと。明は全てを知っている。これからのことを何もかも。
ーーそうだ。これが最後のチャンスなのかも知れない。未来を変えるチャンスなのかも知れない。明はそう思った。
自分がタイムスリップして来たのも、何かの縁かもしれない。自分が未来を変えてやるーー。明はいてもたってもいられなくなった。
明は意気込んだ。俺が未来を変えてやるーー、と。
地方大会は明日だ。