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状況は極めて最悪といった感じだった。
明は明北高校のベンチを見た。
水を打ったように静まり返り、これで勝負は決まってしまったような雰囲気が漂っている。
明はちょっとたじろいだ。
未来を変えるなんて意気込んでいたが、結局このまま終わってしまうのか。
いや、そんなことはないはずだ。
まだ試合は終わっていない。
これから逆転することもできるはずだ。
明は楢崎の元に駆け寄って声をかけた。
「楢崎先輩、まだ試合は終わっていないですよ」
「明・・・」
楢崎は顔をあげる。
「先輩は優勝目指してここまで来たんでしょう?だったら、こんなどころで負ける訳にはいかないでしょ?」
楢崎はゆっくりうなずく。
「・・・そ、そうだよな。まだ試合は終わっていないよな」
楢崎は立ち上がって、ベンチの方を向く。
「みんな!まだ試合は終わっていないぞ!ここから逆転するぞ!」
楢崎の声に、明北ベンチが応える。
中原はその様子を見ていた。
「うむ、そうでなくては倒しがいがないな」
「中原さん、誰に向けて言っているんですか?」
「この様子を見ている全ての人にだよ」
「よく分かりません」
田村は首をかしげた。
2回表。
明北高校の攻撃。
4番の藤田が打席に立つ。
「藤田!絶対打つんだそ!」
「打てるまで帰ってくるな!」
相変わらず厳しいヤジが飛ぶ。
ピッチャーは第1球を投げた。
藤田はバットを振った。
「ストライク!」
相手のボールはキレがいいのか、なかなかバットに当たらない。
第2球。
またしてもバットは空を切る。
「あぁ、打てないな・・・」
岩崎がうなだれる。
「とにかく当てろ、藤田!」
ベンチから指示が飛ぶ。
藤田はなんとも言えない緊張感に包まれていた。
ピッチャーが第3球を投げる。
藤田はバットを振り抜いた。
ゴツンという鈍い音が響いた。
藤田は1塁に向かって走る。
「すべりこめ!」
ベンチから指示が飛ぶ。
藤田はすべりこむ。
しばらく沈黙が続いた後、
「セーフ!」
と審判が言った。
明北ベンチから歓声が上がった。
ここからだ。
明は期待に胸を膨らませていた。




