(86)
楢崎は、中原に第2球を投げた。
ボールが少し高めに浮いてしまった。
中原はそれを見逃さず、バットをスイングした。
ボールは快音を響かせて高く舞い上がった。
2塁ランナーはスタートを切った。
このままではまだ点を入れられてしまう。
井川が懸命にボールを追う。ボールは明の所からは見えないが、かなりの飛距離があることは分かる。
井川がグローブを伸ばした。
ボールはそのグローブの先をすり抜け、スタンドに落ちていった。
観客席が一気に歓声に包まれる。
ツーランホームラン。
この回で一気に3点。
勝負を決定づけるには十分すぎるぐらいだった。
ヤバい。
明は気温のせいではないダラダラとした冷や汗をかいた。
今まで様々な相手と戦ってきたが、ここまで強い相手は戦ったことがない。
これまでの相手とは何もかもが違いすぎる。
もしかして、ここまでかーーー。
明の冷や汗は止まらなかった。
「タイム!」
明北ベンチがタイムをとった。チームメイトが一斉にグラウンドに集まる。
ほんの何分かの時間だろう。
しかし、明にとっては長い時間に感じた。
選手達がそれぞれの守備に戻っていく。
楢崎は、深呼吸をした。
ゆっくりマウンドを見る。
そして、ゆったりとしたモーションで第1球を投げる。
「ストライク!」
楢崎は、またそこで息をついた。
息を吹き返したか。
明は胸を撫で下ろした。
「チェンジ!」
やっとチェンジになった。
これからだ。
これからだ。
明は無意識のうちに心の中で繰り返した。




